属性セネル

 王宮敷地にあるセネル鳥せねるちょう繁殖場をカイ達は訪れた。トゥリオはまだ戻ってきていないが、新輪しんねんまで家族と過ごしたフィノも合流して自宅での生活に戻っている。三人で顔を見せると、事前に遠話器で連絡をしておいたセイナは満面の笑みで待ち構えていた。


「ようこそおいで下さいました、カイ兄様」

 一時は王家番騒動の所為で、彼と会うのを自粛していた王太子一家も今は解禁されている。その際の不満は延々と遠話器で垂れ流されていたので、その鬱屈は溜め込まないで済んでいた。

「おはよう、セイナ。壮観だねぇ」

「随分増えたでしょう?」


 チャムやフィノとも挨拶を交わすセイナは、カイの問い掛けに自慢げに返す。

 以前は王宮練兵場の馬場の一画を占めていたセネル鳥繁殖場だったが、今はしっかりと仕切りと鳥舎が設けられその中に多くのセネル鳥の姿が見られた。

 既に午前も遅い時間なので、多くのセネル鳥が城壁内に散歩に出ている筈なのだが、それでも結構な数のセネル鳥が残って思い思いにくつろいでいる。盛んに駆け回っているのは元気が有り余っている仔セネル達。パープルの姿を見た時は少しざわついたものの、鳴き交わした後は普通に戻っていた。


「研究のほうが順調に進んでいるみたいなんで、興味をそそられて観に来たよ」

「今のところは一応秘密にしているのですけれど、カイ兄様になら喜んでお教え致しますわ」

 成果が上がっているのが余程嬉しいのか、そこに言及するとセイナは更に饒舌になった。


「最初は動植物学者の皆様と、発生条件に関しまして討議致しました」

 何らかの条件下に於いて、通常セネルからも属性セネルが発生する事をカイより示唆されていたセイナは、考え得るその条件を羅列していったのである。遺伝子に潜在するのであろう属性化の因子の発現に関する下りは、さすがにセイナにも理解は出来なかっただろうが、その概要は理解して条件確定の実験に入った。


「基本的に外因に拠るものと仮定して詰めていったのです」

 外因とは、主に環境に拠るものだ。気温などの気候条件や、摂取栄養素などがそれに当たる。

 対して内因とは、その種内部で起こる変化を指す。例えば、或る種の魚類では範囲内での雌の割合が一定を越えると、雄が生まれるようになったりする。その逆の事例も然りだ。しかし、それに言及すると条件は極めて多様化してしまい、取っ掛かりさえ見失いかねない。学者によって諭されたセイナは、外因から攻める方針を決定したのであった。


「それでも大別して二つの外因が有ったんです」

 それは抱卵時の環境で変化する場合。亀などは卵の周囲の温度で雌雄が決まったりする。これは人手ではどうにもならない。こちらから意思を伝えて、抱卵時間を少なめにしてもらったり、転卵の頻度を多めにしたりする。野生ではそうのんびりと抱卵している訳にはいかないという考えからの実験だったが、全く結果には反映されなかった。

 もう一つは、親の生活環境で変化する場合。この外因にはカイの推した摂取栄養素が含まれる。人間の、食事の影響による男女の産み分けに関しては迷信に過ぎないが、栄養素や栄養価の影響は確実に産仔に影響を与える。


「これはあまりに条件が多過ぎるので、南部の野生状態を前提に詰めていこうと考えました」

 セネル鳥は肉食寄りの雑食性。肉ばかり食べている訳ではない。解り易くて、変化を付け易い条件である。与える餌を豆主体にしたグループと、菜類を多く与えるグループを作って産仔の雌雄に注視したのだそうだ。

 それは良い選択だとカイも相槌を入れる。


「ところが、これが全く結果が出ませんでした」

 属性セネルを絡めたペアに、僅かに一羽色付きが生まれただけであったと言う。根本的に考え方を変えなければいけないとセイナは思ったそうだ。


「そこへ、保険にと思って南部の生息域に派遣していた調査団が帰還しました」

 警戒心の強いセネル鳥の群れとの接触は予想通り不可能だったが、遠方からの食性の観察は可能だった。更に加えて大きいと思われるのは糞の回収だ。何を食べているかが或る程度分析出来る。実験は一時中断して、観察記録と糞の分析に傾注した。

 しかし、その結果が思わしくない。観察記録が示した結果は、菜類系のグループの栄養バランスとほとんど差が無かった。そして、持ち帰った糞の中身と、繁殖場で回収した糞の中身との差が見られなかった。セイナを長とした研究グループは頭を抱える事になる。


「行き詰まった実験の突破口は、言うなれば単なる偶然でした」

 苦し紛れに南部から持ち帰った小型魔獣を餌として与えると、なんと通常セネル同士のペアから色付きの仔が生まれたのだ。研究メンバーは湧き立つ。偶然ではないと思いたいのだが、いかんせん理由が解らない。とにかく、同種の小型魔獣を南部から取り寄せる。

 その痺れ鼠ショックラットは、ホルムト周辺の森林帯にも生息しているのだが、何らかの差が有るかもしれないのでその為の措置だ。並行して冒険者ギルドに痺れ鼠ショックラット捕獲の依頼を出す。


「それが見事に結果を出してくれたのです」

 属性セネルを絡めたペアでなら八割近く、通常セネル同士のペアでも五割以上の確率で属性セネルの仔が生まれてきたのだ。

「その痺れ鼠ショックラットは死体で構わないんだね? 生餌でなくとも」

「はい」

「他の小型魔獣でも実験してみた?」

「さすがカイ兄様。目の付け所が違いますね?」

 他の小型魔獣でも同様の結果が出た。ただし、そこには一定の条件が存在する。

「もしかして、冒険者が捌いた小型魔獣ではダメだったんじゃないですかぁ?」

「御明察です」

 フィノも気付いたし、チャムも納得顔になっている。

「属性セネルを生み出す条件はこれだったんです」


 そう言って、セイナが小さめの肩掛けカバンから取り出したのは、小指の先ほどの魔石であった。テッテッテと一羽のセネル鳥が駆け寄ってきて、彼女が手の平に転がした魔石を咥え上げるとガリゴリと噛み砕いて飲み込んでしまう。


「普通に食べちゃうわけ?」

「これにはわたくしも驚いたのですけれど、彼らにとっては当たり前の事のようなのです」

 当然と言えば当然の事である。野生のセネル鳥は小型魔獣も狩って食べる。その際、わざわざ魔石を選って吐き出したりはしない。その鋭い牙で噛み砕いて丸まま飲み込んでしまうだけだ。

「雌雄、両方に与えている?」

「はい、双方に与えたほうが確率が上がる結果になっています」


(魔石の主成分は水晶。それそのものは絶対に消化できないから、影響を与えているのは魔力絶縁体のほう?)

 魔力絶縁体が消化酵素と化合して、違う効果を生む物質に変わっているのだろうとカイは予想する。これまでそれが判明しなかったのは、飼育するセネル鳥に価値のある魔石まで与える者など居なかったからだろうと思われた。


「そこまで解明出来たので、冒険者ギルドへの依頼を切り替えました。このような小さな魔石を買い上げるようにしています」

 俗に「屑魔石」と呼ばれる利用価値の低い魔石を王家が買い上げている。

「情報を抑えておかないで属性セネルを生み出していたら、そこから情報が漏れてしまうわよ?」

 チャムはセイナの権利を守る為の忠言をする。

「いえ、構わないんです。わたくしはこの子達が人間社会に溶け込めるなら権利は主張しません」

「セイナ様、素晴らしいですぅ」

「偉いね、セイナ」


 カイに褒められて頭を撫でられたセイナは、非常に満足げであった。

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