リアムの帰還
「そこまでしなくても僕が絶対に守ってみせるよ」
いつも彼が口にする台詞ではある。しかし、この場面では何か白々しさが含まれているように思えて仕方なかった。
言うなれば、ぴったり填まり過ぎて、取って付けたような感じが拭えない。先ほどまでの誠実さが少し欠けているように感じる。
(あら? どういうこと?)
チャムの中に疑念が浮かぶ。
(この人なら、私の覚悟だって我が事のように分かるはず。簡単に良い返事がもらえると思ったのに)
妙に煮え切らない反応を見せる。
「ダメ?」
ここは押して更なる反応を確かめるところ。
「……うーん、身体の負担も小さくないからね。前にも話したけど、
固有形態形成場に刻印するという事は、魔力で浮き出させた情報体に外部から傷を付けるように変形させるという意味になる。浮き出させる操作にも魔力を注ぎ続けなくてはならないのに、変形させた部分から血が噴き出すように魔力が流出してしまう。その状態が、施術が完了して元の固有形態形成場に定着させるまで続くと言う。
もっともらしい理屈だし事実だとは思うのだが、一度疑いの目を向けると言い訳がましさも感じてしまう。
「嫌なの? やりたくないのね」
わざと手間を惜しんでいるのだと責める。
「嫌じゃないよ! そりゃあ、チャムに
「何が問題なの? 言って」
「その……、ね?」
この期に及んでも非常に言い難そうにしている。
「何でもいいから」
「地肌じゃないと無理なんだよ」
「ん?」
思ったより簡単な理由だが、ふと我に返る。
「上半身くらいははだけてもらわないと出来ない! それも結構長時間!」
「あ!」
真っ赤になって顔を背けるカイ。
(あー、なるほど! そういう事ね)
妙に納得してしまった。
「君が耐えられても、僕の理性が耐えられないの!」
可愛らしいと思ってしまう。
先ほどまでの激しい感情が消えてしまった訳ではないが、それを上回るほどの異なる感情が湧き上がってきた。
「して」
「何を!?」
「いやらしい」
青年が苦悩する様を見ていると気分が明るくなってきた。悪いとは思うが、今は勘弁してくれてもいいだろう。
「ちゃんと刻印して」
彼は降参して首を垂れる。
「はい」
「叔母様をきちんと弔ってから、お願いね」
「はい」
涙目で頷く。
野営地に戻ってきた麗人がずいぶんと気が晴れた様子を見せたのに、誰もがどんな手管を使ったのか気にはしたようだが、一人として尋ねてこなかった。
◇ ◇ ◇
冷却刻印を塗布された布で包まれたリアムの身体は、車輛の後部に安置される。
帝国北西門から直接赤燐宮に戻り、転移魔法陣の置かれた地下から彼らが姿を現すと、連絡を受けていたラークリフトやドゥウィムは悲嘆に暮れた。
大々的に国葬が執り行われる。
「
三百人のゼプルと千人近いエルフィン皆がリアムの眠る安置台に頭を垂れて一斉に祈り歌う姿は壮麗であった。
いつの間にやら集まったセネル鳥や
葬送の儀の終了後、ゼプル女王チャム・ナトロエンから参列者に感謝の意が述べられ、続けてジギリスタ教会の一部組織
それに対してラムレキアとラルカスタン、中隔三国からも共闘の意が示されたが、感謝の言葉とともにやんわりと断られる。
夜になって還しの儀が始まり、リアムの遺体は炎に包まれる。ほうぼうから嗚咽が聞こえる中、
各国大使はこれからの東方動乱の激化を予感する。
◇ ◇ ◇
一度ホルムトに向かい、ホルツレイン首脳陣に断りを入れる。
今のところ攻撃対象は
自宅でくつろぐ四人は、キルケがニルドにじゃれ付く様に心を和ませる。それは戦いの前の一瞬の静けさに過ぎない。
「チャムさん、今夜もお邪魔して良いですかぁ?」
フィノは、二
「今夜は良いわ。カイが来るの」
「え?」
(あれ? あれ? お二人はもうそんな関係だったのですかぁ? もしかしてフィノはものすっごくお邪魔していたのですぅ?)
思わず目を白黒させる。
表情の変化を察したチャムはくすりと笑い、彼に
「しばらく寝込むかもしれないけど心配無いから」
そう告げる彼女に、犬耳娘は就寝の挨拶を送ると振り返ってからほくそ笑む。
(頑張ってくださいねぇ、カイさん)
魔法刻印にも知識のある彼女は何が行われるか察していたのだった。
◇ ◇ ◇
一糸纏わぬチャムの上半身に黒髪の青年は集中している。半球を形作る白い肌に決して触れないよう、極めて緊張した様子で指を這わせていた。
(ドキドキする)
その微妙な距離が麗人を高揚させる。
彼が最大限の忍耐力を発揮して刻印に臨んでいるのは確かだ。危機感を覚えるほどの速度で流出する魔力がそれを証明している。
一つずつ刻印する度に小休憩を挟み、今は四つ目の
倦怠感も強いが、その懸命な姿勢に弱音など吐けない。そして指を閃かせた青年が眉根を寄せて大きく息を吐くと手を下ろした。
「終わり?」
頷くのを確認すると、教わった魔力操作を終えて刻印を定着させる。
「ありがとう」
感謝の言葉に何の反応も示さない彼を不審に思っていると、いきなり力強く抱きすくめられた。我慢の限界が訪れたらしい。
「……いいわよ」
背中に手を回して優しく答えた。
「いやだ! 抱かない!」
噛み締めた歯の隙間から絞り出すような声が聞こえる。
「どうして? 私は嫌じゃないわ。拒んだりしないから」
「駄目なんだ! 今、抱けば僕は君に溺れてしまう! 溺れて何もかも許してしまう!」
心の叫びが直接響いてくる。
「君が一人で復讐に向かいたいと言えば行かせてしまう! それだけは絶対に駄目だ! 奴らは僕が消す!」
カイはチャムの激情を正しく理解している。通ってきた道だから。
これ以上彼女の魂を傷付けないよう誓った思いが伝わってきて、感動に身が震える。その思いも拒めない。
「ありがとう」
もう一度感謝を伝える。
心を込めて抱き締める腕の力を強めた。
◇ ◇ ◇
翌朝、どうしても気になったフィノは、チャムの寝室の扉を叩くが応えはない。そっと開いて覗き込むと、彼女は非常に満足げな面持ちで寝息を立てていた。
「ひいぃ!」
視線を下に向けて思わず悲鳴を上げる。
床には行き倒れたように黒髪の青年が倒れ伏して眠っていたからだ。
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