街壁崩壊
「じゃあ、後はよろしくね、フィノ」
正直、回答に困る。カイがつまらない嘘を吐く事は無いが、本当に街壁を切り取ってしまうとは思わなかった。だがここまでお膳立てしてもらった以上、フィノも出来ると言った事はやらなければならない。
「はい。始めます」
昨夜、軽く
「
トリガー音声を唱えた直後は変化は無かった。しかし
最終的には
この状態を見て、うんうんと頷いたカイは「じゃ、移動しよっか」と軽く言う。
チャムは苦笑い。トゥリオは額に手をやって項垂れ(ご愁傷様)と思う。フィノでさえ自分のやった事なのに少し申し訳ない気分になっていた。やはりこの男だけは怒らせてはいけないし、ましてや戦争などやってはいけないという事だろう。
「これで撤退中の侵攻軍は逃げ込みやすくなったね」
「いや、笑い事じゃねえし。中の人間はたまったもんじゃねえぜ」
◇ ◇ ◇
カイから報告を受けたホルツレイン軍幹部はロアジンを臨む高台からその姿を見て開いた口が塞がらなくなる。早朝からの僅かな時間で皇都は事実上丸裸にされていた。籠城戦など望むべくもない状態だ。
「ずいぶん殺生な事をするもんさね」
「攻め込んでくれと言わんばかりですぞ」
「魔闘拳士殿がやったのでありますか?」
「難攻不落と呼ばれた城塞都市がこの有様とは……」
意見は様々だが、一様に終わりを示唆している。
「カイ、君は攻め込めと言うのか?」
「ダメですよ。攻め込んだら市民に被害が出るって言ったじゃないですか? あとはお膳立てしてあげれば良いんですって」
「お膳立て?」
その後にカイによって語られた献策に、一部の者を除いたその場にいる全員が顔を青くする。
「え、えぐいさね」
「何をどう考えてその結論に至ったかは、私は聞きたいとは思わんよ」
「えー、そうですか? そうかな、チャム?」
「自分の胸に聞いてみなさいな」
どんよりとした空気が流れる。
カイにとっては不本意だったようだが。
◇ ◇ ◇
ガラテアは騎馬四千魔法士百の分隊を二つ編成し、それぞれの崩落した街壁前
そのままでは簡単に侵入されてしまうと、工兵や街区衛士の手によって土塁が作られ、積み上げられていく。すると騎馬分隊が前進を始め、近付いてくる。すぐさま工兵達を下がらせて迎撃態勢を整えると、騎馬分隊後方から魔法が飛んできて、積み上げた土塁が破壊された。それを確認すると騎馬分隊はスッと後退し、元の位置に戻って整然と並ぶ。またそこには平地が残った。
様子を見た後にまた土塁が積み上げられると、再び魔法によって破壊されると言う工程が再現される。そんな事が数度繰り返されると、内部の兵は
「攻め込むな」
「ただ監視しろ」
「挑発に乗るな」
「街壁を修復しようとしたら破壊しろ」
「攻め出てきたら迎撃して押し込め」
受けた指示はこの五つだけで、厳守を言い渡されている。
あとはただ
昼時になると、それまでに移動してロアジンまで
事ここに至って、トレバ兵のストレスは最大になる。暴走したと思われる小隊が街壁外まで飛び出して剣を抜いて討ちかかってくる。だがその規模の攻撃ではホルツレイン部隊は小揺るぎもしない。
夕暮れを迎えるとホルツレインの騎馬分隊は撤収していく。やっと解放されたトレバ兵は篝火を焚き、光魔法をも使って現場を照らし、修復作業を急いだ。集められた工兵や土木作業員の疲労は濃いが、機会は今しかない。皆が声を掛け合って作業を急ぐ。
だが悪夢は夜やって来るものだ。深更を越えた頃、どこからともなく飛来した
全てが無に帰した現場を眺めて膝から崩れ落ちる者が続出する。「もう嫌だ!」と吠えて泣き出す者さえ出てくる始末だ。それでもトレバ軍現場指揮官は作業員を武器を掲げて脅してまで再び作業に就かせる。
その努力も、明朝やって来たホルツレイン部隊によって打ち崩されると知ってか知らずか。
◇ ◇ ◇
「眠くない、フィノ?」
「平気です。お昼寝させていただいたので」
真っ暗闇の中、二現場を回って修復部分を破壊した彼女を気遣ってカイが声を掛ける。
「気に病まないで良いからね。これは僕の命令だと思って」
「大丈夫です。必要な事なのは解っていますので」
「まあね、戦争なんて相手が嫌がる事をどれだけやるかみたいなものだものね。その辺りはフィノも解っている筈よ」
彼女もハイクラス冒険者に見合う経験は積んでいる。
「皆さんに付き合っていただいて護衛までしてもらってるんですからフィノは頑張れます」
「いいからもう帰ろうぜ。さすがに眠くなっちまった」
「あんたが先に音を上げてどうすんのよ?」
それがトゥリオの気遣いだと解っているフィノは笑いながら帰途についた。
◇ ◇ ◇
「陛下、崩落した街壁前には
皇王ルファンは報告役の指揮官を睥睨すると言い放つ。
「朕は速やかに修復せよと命じた。そなたらが上げて良いのは修復完了の報告のみだと知れ。それが神意である」
「しかし作業の妨害が続きましては如何ともし難く……」
「出来ぬと言うのならそなたは必要ない。官職を退いて蟄居せよ」
「そんな!」
「お待ちを、陛下。これは我らを消耗させる彼奴らの策であります。ここは一つ、修復は諦めて兵による警備の強化で対応しては如何でしょう?」
無視できなくなったクアルサスが進言する。
「何を申すか、貴様! 守りも儘ならぬ状態で朕を放置すると? さては貴様、朕が死ねば良いと思っておるな!? これは叛意有りと見做す。衛兵! 此奴を捕えて牢へ!」
追い込まれて疑心暗鬼に陥っているルファンは、自らを守るべき軍の最高司令官さえ信じられなくなってきているようだ。
「それはいけませぬ、陛下! 今、陛下をお守りできるのはクアルサス卿のみでございます! どうか、どうか卿の言葉にお耳を傾けてくださいませ!」
重臣達皆がそう言い募ってくる。クアルサスが失脚するのはどうでもよいが、今後の対応を自分が命じられては敵わない。ここはクアルサスに矢面に立っていてもらわねばいけないのだ。
ルファンは鼻を一つ鳴らして続ける。
「そなたらがそこまで言うなら仕方あるまい。此度だけは許す。早急に外の姑息な奴らを駆逐せよ」
「ぎょ、御意!」
首の皮一枚繋がったのが吉と出るか凶と出るか何とも言い難いクアルサスだった。
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