遠隔攻撃
「心配しなくてもあんた達が食べるくらいは幾らでも出してあげるさね……」
脱力してしまったガラテアはそれくらいしか言えない。
「約束ですよ、ガラテアさん。それなら働きます」
「何か策が有るのか、カイ」
クラインも気抜けしていたが、思わせぶりな事をいう彼に反応する。
「直接ロアジンは攻めません。あの中には無辜の市民のほうが多いんです。そんな所に攻め掛ければ少なからず市民に犠牲が出てしまいます」
「だが、向こうが籠ってしまった以上は攻めねばどうにもならんだろう?」
「そんな事は無いですよ。やり方は有ります。皆さんは野戦に備えて戦略を立てておいてください」
「野戦かい?」
ガラテアが怪訝そうに尋ねてくると、カイは自信有り気に微笑み返した。
「
◇ ◇ ◇
「アーガーの首を捧げよ。魔境山脈に対する肉の壁風情に敗れるような将は、神国トレバには必要ない」
無情なる皇王ルファンの言葉に、王の間はさざめき立つ。
「お待ちください、陛下! フリギア戦線に於いてコンクレット将軍討ち死の報が届いたばかりでございます。これ以上、将を失えば我が軍は機能しなくなる恐れが」
「ならば問おう。将の務めとは何ぞ? 軍団の指揮を取り、ひと度敗地に塗れればその責を負って首を捧げ、神に許しを請うのがその役目ではないのか?」
(ならお前はトレバをこんなにした責任を取らなければならないのではないか?)
そんな思いが軍務大臣クアルサスの脳裏をよぎるが、それを表にあらわす事など無く、抗弁を続ける。
「未だロアジンには三万の兵がおりまする。市街から動員すれば五万にはなりましょう。それらの軍団を有機的に運用出来なければこのロアジンを守るだけでなく、勝利も望めませぬ。どうか御再考を」
「ふむ、ではそなたは五万が有れば朕に勝利を捧げられると言うのだな?」
「は、陛下のお許し有れば、我もアーガーめもその命を以って勝利に邁進する所存にございます。どうかひと度御慈悲をくださいませ」
「良かろう。朕の前に勝利を捧げられるのであれば、神はそなたらに祝福を授けるであろう」
「ありがたき幸せ。陛下の御心に従いし我らの神兵は必ずや陛下に蛮族共の首を持ち帰る事でありましょう。それまでしばしの時をくださいませ」
(どうせ背水の陣だ)
クアルサスはそう思っている。
ここで負ければ講和に持ち込んだとしても、トレバはホルツレイン、フリギア両国の属国に成り下がるだろう。そうなれば戦争責任を取ってこの場に居る人間は全員斬首され、その骸は野に晒される。負ければどうせ終わる命なら戦場に賭けねば何の意味があろう。今はとにかくしがみ付いてでも勝利を手にしなければいけない時だ。皆が死に物狂いで戦うだろう。ホルツレイン兵には追い込まれた者の恐ろしさをその身を以って知ってもらわなければならない。
クアルサスは信じていた。次の瞬間まで。
「陛下! 陛下! が、街壁が……、街壁が崩されまして御座います!」
全ての希望を打ち壊す報が王の間に響き渡った。
◇ ◇ ◇
時は遡る。
朝靄の中を
「この辺で良いかな?」
カイはパープルの背から降りるとマルチガントレットの爪を地面に突き立て、広域サーチを掛ける。
街壁周囲に人らしき反応はない。既に起き出している者も少なくないだろうが、その姿が街角を賑わわせ始めるには、しばしの時が必要だろう。
「準備しておいてね、フィノ」
「はい」
彼女は昨夜のカイとの会話を思い出していた。
「遠隔魔法で街壁を崩すとしたら、風系と土系のどっちが楽?」
カイはそんな風に問い掛けてきた。
「昼間も話しましたけど、フィノの最大出力の魔法でも防御刻印入りの街壁には引っかき傷を付けるのが精一杯です」
「防御刻印は僕が何とかするよ。その上で街壁を撒き散らさないように崩すにはどんな魔法が良い?」
彼女は少し思案してから答える。
「遠隔魔法ですよね? 風系の
「そうか、ごめんね。無理だね」
「その点、土系の
「じゃ、そっちだね。どんな構成にすればいいかだけ考えといてもらっても良い?」
「はい、解りました」
カイはその場に胡坐をかいて座り込むとマルチガントレットを街壁のほうに向ける。ヴヴヴ、といういつもの音を立てて青白いレーザー光が街壁に向かって伸びている。
「カイさん、いくら得意な光魔法でも防御刻印の為された街壁には効果薄ですよ?」
自身も彼の横にしゃがみ込んで自分の考えを伝える。
「そうでもないんだ。実はこれ魔法とは少し違うんだよ」
「え?」
「集束そのものは魔法を使っているけど、放たれているレーザー光はただの光だから」
マルチガントレットに組み込まれているレーザー発振器は、凹面鏡を向かい合わせたレーザー管とは違う構造をしている。
卵型のレーザー発振器外殻内面には刻印魔法による反射鏡面が形成されていて、その内部空間中央には偏光力場が配置されている。この構造により短距離間での高集束度が実現されており、更に内包する光子量に合わせて偏光力場の強度を変化させる事で、集束光子量と集束度を調整している。
この物理的に再現不可能に近い構造を刻印魔法で実現するにはカイもかなり苦労したのだが、偶然何かで読んだレーザー管の構造の記憶が役立ってくれてこの形に納まったのだ。
朝靄に青白い線を描いて伸びるレーザー光が街壁にスポットを刻んでいる。街門崩落による人的被害の防止と、照準の付けやすさからこの朝靄の時間帯を選んだのだ。
照準を確認したカイは
実際にはレーザー光の集束・発射そのものはほぼ無音である。これはレーザー発振器内の光子が内壁に衝突して起こす振動が、マルチガントレットの筺体と共振を起こして立てる音なのだ。
光圧サスペンションを想像して欲しい。光子もごく僅かながら質量を持っている。下方から強い光を当てられた軽い物体は光圧に拠って浮遊する。
その光子を内包したレーザー発振器は、内壁面に当たる光子の質量によって振動する。出力を上げようと内包量を増やしたレーザー発振器はより高周波の振動を起こし、共振音も甲高くなってしまうのだ。
威力を増した
これが
街壁を一ヶ所、上から下まで切り裂くと、横に
街壁破壊準備が整ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます