軍議
戦場処理と並行して軍営設置が行われている。彼らとて疲れた身体なのだが、これが終われば休息が命じられるのは確実なので、その動きは軽い。
ガラテアと共に軍本営の天幕に辿り着くと、周りを近衛が固めている。
幕を開けてくれた立哨衛士に一礼して中に入るとクラインが鎧を外して寛いでいる。彼自身が何をしたわけではないのだが、緊張で強張った身体は意外に疲れているものだ。
「おお、来たか。座ってくれ。悪いが私はもう動けない」
並んで立っている近衛の中のハインツとハイタッチしたカイは、冗談めかして言う。
「一番働いてない司令官が何を言っているんです? 鍛え直した方がいいでしょうね」
「今だけは勘弁してくれ。やっと肩の荷が下りたところなんだ」
初戦を勝利で終えられたのでクラインは気が抜けてしまったようだ。
「じゃあまず紹介しておきますね。トゥリオの事は多少はご存じで?」
「ああ、フリギア内務卿の次男殿だったな。ホルツレイン王太子クラインだ。宜しく頼む」
トゥリオはクラインに対して片膝を突いて首を垂れる。
「エントゥリオ・デクトラントと申します、王太子殿下。どうかお見知りおきを」
「そう畏まらないでくれ。お国での肩書よりは、今君がカイの仲間である事の方がホルツレインでは重視される。そう思っておいた方が今後は振る舞い易いと思うぞ」
「は、心に留め置いておきます。お気遣いありがとうございます」
「固いなぁ。ま、いいや。こっちはフィノ。優秀な魔法士ですよ」
「うむ、見ていたぞ。御助力感謝する。見事な働きだった」
跪きそうになるフィノだったが、両側からカイとチャムに止められてしまう。チャムが首を振って必要が無い事を示すとおずおずと一礼して自己紹介する。
「フィノと申します。見ての通りの者ですので、その……」
「気軽に接してあげて下さいね。あまり堅苦しいと逆に委縮させてしまいますよ?」
「そうだな。ありがとう、フィノ。ホルツレインの者は獣人には慣れていないので不都合があるかもしれないが、何でも私に言ってくれないか? 出来るだけ配慮したいと思っているから。君も大切なカイの仲間なんだ」
「はい、ありがとうございます」
フィノの緊張も少しは解けたようだ。彼女の腰を抱いているチャムが気軽に手を振って続ける。
「お久しぶりね、クライン様。似合わない軍装は疲れたでしょ?」
「辛辣だな、相変わらず。まあ、その通りなんで反論出来んがね。君は更に斬れ味が増していたようだったが」
「まあ、色々有ったからかしらね?」
王太子に対して歯に衣着せぬ物言いにフィノは少なからず驚いたが、そういう関係なのだろうと納得しようとする。
「ちっちー」
「ああ、リドも久しぶり。ちょっと大きくなったね?」
「ちゅい!」
膝に上がってきたリドの頭を撫でながら目を細めてクラインは言う。それで和んだ場の空気を利用して、従軍侍女がお茶を持って入ってくる。
しばしお茶の香りを楽しみながら談話しているとクラインの遠話器が呼び出し音を鳴らす。
「クラインです……。あ、そうですか。おめでとうございます……。はい、こちらも先ほど初戦を無事勝利で終えられました……。はい……。はい、それくらいで……。はい……。了解しました……。それでは、お待ちしています……。はい」
通話を終えたクラインは喜ばし気な笑顔を見せる。
「フリギア迎撃軍の司令官殿だ。向こうも侵攻軍の司令官を討ち取り、敗走させたそうだ。今、追撃戦に入っている。合流にはまだ、当分掛かるがな」
「どなたです?」
そう言えば脱出行でバタバタしていて訊いていなかったと気付く。それにフリギアの対応に関してはそれほど案じていなかったというのもある。
「スタイナー伯爵という人物だ」
「あー、スタイナーの爺さんか」
「知己だったか? 代わればよかったな」
「いえ、まあ俺の剣の師匠みたいな人物で、幼い頃からお世話になっていたので」
「それは済まなかった」
「夜になったら遠話器貸してあげるから、それで話しなさい」
「そうする」
ここはチャムの善意に甘える形で引き、相手の呼び出しタブコードを聞くにとどめておく。
「じゃあ、始めるさね?」
主だった指揮官がずらずらと入ってきたところで、ガラテアが軍議の開始を打診してくる。
「!」
慌てたのはフィノだ。場違いだと思っている彼女は自分を指差しながら居ますよアピールをする。
「あなたも居て良いの。この場は大体クライン様と軍務卿とカイの意見の擦り合わせになるから、私達も関係者みたいなものなんだから」
「そうさね。もしかしたらお嬢ちゃんが戦線の主力になるかもしれない。どれくらいまでの魔法を想定していいのか聞いておかないとさ」
「ふえぇ……」
想像以上の重い扱いにフィノはもう半泣きだ。
「始めよう。軍務卿、頼む」
「まずは現状確認から始めようかね?」
クラインがガラテアに進行役を振って、彼女が確認作業に移る。
「敗走した連中はロアジンに逃げ込んださね。そりゃこの位置なんだから当然さ。後は亀のように守りを固めて閉じこもっちまうだろうね。四万じゃロアジンは落ちない。フリギア軍の合流を待たなきゃいけないんだが、奴らをのんびり休ませちまうのは良策とは言えないさね」
ガラテアの現状把握はそれだけで議論の余地が無いほどのものだ。それならば周囲は献策を促されていると考えて腕組みする。一人の指揮官が挙手すると意見を言う。
「軍営を
これは常道と言ってもいい策だ。敵に精神的消耗を強いつつ、時間稼ぎをする。増援が有ると解っているならば最も有効と言えるだろう。
「それだと味方にも小さくない損害が出るさね。出来れば避けたいね」
「しかし、損耗を恐れては得るものは……」
「いや、そこは攻め掛けるのではなく、遠距離魔法攻撃にしては?」
「街壁には魔法防御刻印が為されているぞ」
「何もせんよりは精神的な損耗を計算できる」
様々な意見が出始める。
「それなら遠距離魔法攻撃に、足の速い騎馬部隊による攻撃を絡めれば……」
「騎馬では街壁に対して攻撃力は無いに等しいのでは?」
「矢を射かけさせれば良い」
「ほう、なるほど」
「千単位の騎馬部隊での攻撃であれば敵にも相当の圧力が掛けられまするぞ、閣下?」
おおよその意見が出揃ったところで調整に掛かる。
「そうさね。その辺りかね?」
「軍務卿、遠距離だけでなく魔法士を騎馬に乗せて援護させられないか?」
「そりゃ出来ない事は無いけど、ちょっともったいないねぇ」
多少は損耗を覚悟しなければならない街壁攻撃に、虎の子の魔法士部隊を投入するのは難しいところではある。
「フィノ、あんたなら近寄れば防御刻印入り街壁にもダメージを与えられるかい?」
「え?」
ガラテアに突然振られたフィノは戸惑いの表情を見せるが、少し考えて答える。
「完全に守ってもらった状態で最大威力の魔法を数度同じ場所に当てる事が出来れば街壁を削るくらいは出来るかもしれません」
「それを休みながら何度か繰り返せば穴を開けられるかね?」
「ちょっと待ってください」
何とか有効な攻撃手段が見えてきたところでカイから待ったが掛かる。
「実は今、僕達は重大な問題を抱えています」
「……!」
緊張感が走り、クラインが人払いを命じようと口を開きかけたところでカイが続ける。
「僕達はほとんど食料を持っていません。早急な補給が必要です!」
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