鞍作り

 ティッチリを削りながらケタケタと笑うチャムに恐怖を感じているリリアナ達をカイは心配していた。

 それも仕方あるまい。みんなが憧れる美人のお姉さん風の人が完全にクラスチェンジしてしまったのだ。


「すみません、ご婦人」

「あたしならワレサだよ」

「では、ワレサさん、砂糖を少し使ってもよろしいですか?」

「良いけどどうすんだい?」

「ちょっとした遊びです」


 魔法具コンロを取り出した彼は上に小さな鍋を掛け、砂糖に少々の水を入れて加熱していく。ヘラで軽く混ぜていくと砂糖は溶けて琥珀色の液体になった。


「また、何始めたんだ?」

「見てれば解りますよ」


 鍋の中身をそのまま煮詰めていくと粘度を増していって、どんどんヘラが重くなっていく。頃合いを見てそれを石の板の上に垂らした。

 熱さを少し我慢して捏ね、直径2メック2.5cmの棒状に伸ばし、ナイフで小切りにしていく。上に板を乗せて円を描くようにゴロゴロと転がすとほぼ球状になる。冷気魔法で冷やすと出来上がりだ。


「リリアナ! みんなもおいで」

「なんでしょう?」

「なにー、兄ちゃん」

「どしたの?」

「みんな、あーんして」

 鳥の雛のように口を開けて並ぶ子供達の口に、順に完成品を放り込んでいく。

「わー、甘ーい」

「美味しいー!」

「これ…、ありがとうございます」

 飴玉を作っていたカイは、チャムから自分に注意を引くのに成功した。


「へー、あんた、器用なもんじゃない」

「こういうのは嫌いじゃんないんです」

「ありがとね、この子達もあんまり大人が構ってやれないんで寂しい思いしてると思うんだ」

「このくらい何でも無いですよ」


 そう言ったカイは再び砂糖を鍋に入れる。

 先ほどと同じ工程を進めて程よく煮詰めたところで、今度はパシャの実を半分に切って果汁を絞り入れる。そのまま練って味を均等にしたら、飴玉に仕上げて集まり始めた子供達に渡していく。


「甘酸っぱーい!」

「すごーい、これ」

「初めて食べたー!」

「すごく美味しいです」

 大好評を得られたようだ。チャムの口にも一個放り込んでおく。

「甘ーい! 美味ーい! ヒョ ── !」

「ちゅ ── !」


 回転が増す。肩でリドもノリノリだ。しばらく放置しておこうと思う。

 その後、鍋何杯分か飴玉を作って瓶に詰めて置いておく。

「家の手伝いをしたらワレサさんに言って貰うんだよ」

 躾の一環として、子供達にそう告げておく。


「はーい!」と元気な返事が返ってきた。


   ◇      ◇      ◇


 ロムアク村の宿屋は四部屋しかない小さなものだったが、しっかりした作りをして清潔に保たれていた。全て二人部屋だったので二部屋取り、男部屋と女部屋に分ける。

 お湯で身体を拭いてスッキリした顔をしたチャムも男部屋にやってきて談笑していると、窓の外に広がる夜空が間断的に光っている。


「何事!?」

「見つかっちゃったみたいだねぇ」

「え、何が?」

「夕方、パープル達に食事をあげた後、言っといたんだ。変なのが近付いてきたらやっちゃって良いって」

 盗賊を捕捉した場合の対処を言い含めておいたらしい。

「じゃあ、あれは村長さんが言ってた野盗?」

明陽あす朝、回収に行かなくちゃね。トゥリオも頼みますよ」

「ああ、起こしてくれ。手伝うから。でもあれ生きてんのか?」

「あー、何も言わなかったから、パープル達、生死問わずと思ってるかも」

「災難ねー、野盗どもも。カイが居るとこに居合わせるなんて」


 翌朝、回収された野盗達は黒焦げではあったが生きてはいた。

 縛り上げられ軽く回復させてもらった連中は、村の青年団の手でベックルに連行されていく。


 懸賞首がいれば見つけものだ。


   ◇      ◇      ◇


 川向こうの広い草原に陣取ったカイは、水撃亀ジェットトータスの甲羅と長爪熊クローベアの毛皮を取り出す。

 まずは座り込んだセネル鳥せねるちょう達の身体をペタペタ触って採寸する。


「やっぱりねー」

「何するつもりなんだ、あいつ」

「見てれば解るけど、彼の得意魔法は変形魔法よ」


 普通のナイフでは刃が立たないので、光刃こうじんナイフを取り出したカイは背甲を切り分けていく。その一つを手に取ってイメージするとあっという間に鞍の形に変形する。


 次に毛皮を適当な大きさに切り取ると、毛の側を内側にして折りたたみ溶着させる。長爪熊クローベアのごわつく毛皮もこうすればクッションになる。

 鞍表にそのクッションを貼付け、更にその上にも二角兎ツインホーンラビットの柔らかい毛皮を張り付けた。鞍裏にも同じ柔らかい毛皮を張り付ける。

 

 仮組した鞍をパープルの背中に載せて見て具合を見る。

「どう? いい感じ?」

「キュッキュウ! キュキュ!」

 彼は歓喜の声を上げている。他の三羽の羨ましげな視線も気にならないようだ。

「ごめんね。順番だからね。これは試作品だから、後に作ったほうが出来は良いと思うよ」

「キュー…」

 どうやらそれでも一番の栄誉は変わらないようだ。


 革製品店に置いてあった鞍は、全てこの鞍をベルトで固定する方式の物だったが、カイはそれでは終わらない。パープルを立たせるとお腹の寸法も見ていく。腹側甲板を取ると頭の広がったTの字に変形させる。

 胸のほうまでを覆う腹甲にするのだ。そうしておけば下が土でも岩場でゴツゴツしててもお腹が冷たかったり傷ついたりしないはず。そう考えたカイは鞍と腹甲を繋いで固定する方式を考え出した。


 出来た腹甲をパープルのお腹に当ててみる。今度は「キュウゥゥ」と困惑の声が出た。

 良く調べると、内腿に腹甲が擦れている。これで歩き回れば羽毛はちぎれ、腿に傷がついてしまうだろう。失敗を悟ったカイはすぐに変形させて大きくくびれを作る。


「これで良い?」

「キュキュイ! ピー!」

「ごめんごめん、君達思ったより遥かに太腿が発達してるんだね?」

 考えてみれば当然だ。人一人分を乗せて走れるのである。


 後は着け外しが楽なようにクランプ方式にした接続ベルトを脚を挟んで四か所取り付ける。あぶみも革紐でぶら下げる。この二つは非腐食性の高くて軽いミスリル製にした。

 くつわも柔らかめの腹側甲板を使って作り、毛皮を内側に鼻ベルトを掛けて手綱も革紐で伸ばす。


 他の三羽が取り出したミスリル銀をいたく気に入ったのかツンツンと突いているので、鞍の前方の持ち手もミスリルをピカピカに磨いて取り付けてやる。

 一通りの装備品を着けてあげるとパープルは飛び上がらんばかりに喜んで、そこら中を駆け回っている。他の三羽からの恨めし気な視線が痛いカイはすぐに次の作品に取り掛からなければならない。


 ブルーの装備品が完成するとチャムに乗ってもらいたがり、そのまま散歩に出て行ってしまった。

「ブルーは良かったんだけど、イエローとブラックは体格が違い過ぎるよね。お腹見せて」

 立ち上がったイエローの下に入り込むと触りながら観察する。

「あー、やっぱり全体に細ぶっ!」


 イタズラ好きのイエローはそのまま座り込んでカイを下敷きにしてしまう。

 しばらくバタついて解放された彼は「仕方ないなぁ」と呟いて採寸を続ける。なんだかんだと言ってもカイは仲間にはとことん甘いのだ。彼の良いところであり、悪いところでもあるだろう。


「イエローにも鞍を付けるんだな?」

「そんな不公平はしませんよ。それにイエローが一番足が速いんです。彼女に頼る場面が出る可能性も高いんです」

「なるほどね」

 状況に応じて乗り換えを示唆する。

「同じようにブラックのタフネスに頼らなければならないかもしれません。優しい彼女なら拒みませんでしょうが」

「なに!? か…、のじょ?」

「何言ってるんです。ブラックは女の子ですよ!」

「あ…」

 背後から伸びてきた影に汗が止まらなくなるトゥリオ。


 強めに突かれながら逃げ回るトゥリオを横目にカイは作業を続けるのだった。


   ◇      ◇      ◇


 全体に装備が行き渡ってカイは満足気に頷く。その前には四羽のセネル鳥が服従の姿勢を取って最大限の感謝を捧げている。一羽一羽撫でて回って感謝を受け取るカイ。

 散歩がてら軽く遠乗りして気分が良いチャム。


 そして後ろ頭の髪の毛を何ヶ所か束で失ったトゥリオだった。

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