動乱の収束
「
炎と爆発力に蹂躙されて軍船に掛けられていた渡し板が砕けて焼かれる。
移動しながら編んでいたフィノの魔法が発現し、ジャルファンダル陸軍兵士が軍船に乗り込もうとするのを阻止した。
既に渡し板の上に居た兵がバラバラと海へ落ちていき、渡り切っていた兵がら悲鳴と怒号が上がる。港は兵でいっぱいなのだから程なく救助されるだろうが、命綱を切られた兵士達から悲嘆が巻き起こった。
新たな渡し板を掛けて乗り込むのは可能だが、ここで失われた時間は致命的になる。帝国討伐軍の追撃の手はすぐに港まで及ぶだろう。そうすれば万事休すである。
本土防衛に備えなければならない自分達陸軍が戻らねば、ひと度上陸を許したジャルファンダル島は丸裸なのである。一方的な侵攻の嵐が荒れ狂い、彼らの家族を含めた国民がどんな目に遭わされるか分からない。
「おのれ! そうまでして我が国を滅ぼしたいかー!」
怒髪天を衝く勢いで吠える司令官オストズナ。
「そうなのでしょうか? 少なくとも、ここで逃げられてしまうと終わるものも終わらなくなるので邪魔させていただきます」
「そうはさせん! 我らが戻らねばジャルファンダルの民は帝国に蹂躙されてしまう! それだけは防がねばならん!」
「何言ってんのよ、あんた? この辺りの住人は蹂躙されてしまっているのよ? あんただけ逃げ出すなんて許されると思っていて?」
青髪の美貌の激しい剣幕に勢いを失って怯む。
「それは…」
「誰がやらせたの? あんたじゃないの? 違うって言うなら逃げ出したりせずに、まずは堂々と申し開きしなさい!」
悔恨が込み上げてきたのか、顰めた拍子に痛みに襲われ更に歪められる顔。
「仕方がなかったのだ…」
「完全に崩れてしまった関係という積み木は、もう一度積み上げようとすれば大変な労力を要します。それならいっその事、土台を均してから積み上げ直そうとでも考えましたか?」
薙刀を手に仁王立ちになったカイが睥睨しながら問い掛ける。
「崩れた積み木を払い除けようとすれば、それに巻き込まれて死んでしまう人もいるとは考えなかったのですか? 分かってやったというなら、そんな所業は許されはしませんよ? 殺し合うのなら、その役割に在る者だけでやりなさい」
「分からなかったのだ! 本当だ! こんな事になるなんて…、おお…」
「先が読めなかったでは済まされません。ですが今は後にします」
議論は一方的に打ち切られた。そこに雪崩れ込んでくる集団が居たからだ。
通りから港に湧きだしてきたのは傭兵達と見られる一団。後ろを振り返りつつ、軍船に逃げ込もうと必死の形相である。
「退けよ、手前ぇら! 何悠長に構えてやがるんだ!」
「なっ! くそっ! 渡し板を落とされてるじゃねえか!」
「もう来やがるぞ!? 何で乗り込まない?」
状況を見て取る余裕の有る者無い者入り乱れて駆け寄ってくると、それを追い立てるように帝国騎馬軍団も姿を現した。
「一気に潰せ!」
「はい!
トゥリオが指差せば、フィノが待機させていた雷系の魔法を傭兵達に向かって繰り出した。
宙を舞う紫電球は、彼らの上空を飛び回ると任意に雷撃を放ちつつ、少しずつ萎んでいってしまう。だが、その形を失う頃にはかなりの人数が地を舐めていた。
大きく数を減じた敵に騎馬が襲い掛かる。まだ立っている者は槍や剣に掛けられ、伏したる者は軍馬に踏まれる。惨状が目の前で展開されていても、本来は味方である筈の彼らの救援に回ろうという陸軍兵は居なかった。
既に彼らは理解しているのだ。ここで抵抗したところで、無駄に命を失うだけだと。帝国騎馬軍団が港に入ってくる前に、せめて乗船が済んでいなければ手遅れなのだった。
◇ ◇ ◇
街門外の戦闘も半ば決着が付いていた。
包囲の内に飲み込まれた混成軍は、狂乱から覚めた時点で終わりが見えている。帝国軍に幾重にも包囲されているのだから逃げ道も無く、敵は圧倒的多数を誇っている。ただし、自分達が決して寡兵でない事が武器を放り出して抵抗を止める事に躊躇いを生じさせているのだ。
味方はおよそ三千ほどか。三倍する軍団に包囲を受けているのだが、この戦力比は絶望を誘うほどではないのだ。統制を持って一点突破を狙えば抜け出せない事は無いと感じてしまう。そして、突破した後に再編するなり、そのまま逃走するなり、色々な選択肢が取れるのではないかと考えてしまった。
ところがその躊躇いが命取りなのに彼らはまだ気付いていない。
討伐軍司令官ジャイキュラ子爵は状況を見て速やかに伝令兵を放つ。伝令兵がすぐに命令を伝えるとそれは確実に実行される。
重装歩兵軍団は分隊単位の小集団に分かれると、薄く包囲の内側全体に散開していった。混成軍の一部が突出し包囲に穴を開けようとすると、その方向の分隊が一気に寄り集まり強固な壁を形成する。大盾の壁に当たると突進は止められ、そこへ壁の裏側から出てきた歩兵が両面から側撃を掛ける。勢いを失った混成軍の一画は、その側撃に耐え切れずに崩れて討ち取られる。不利を悟った兵は転げるように逃げ帰るが、軽い追撃で戦力を削られると深追いは受けずに合流する。すると大盾の壁は再び散開して包囲の輪に戻った。
そんな散発的な攻撃が何度も行われるが、どこを狙っても結果は同じで容易に跳ね返されてしまい、ただただ戦力を消耗させていく。この期に及んで混成軍は理解した。この包囲陣は完成しているのだと。どうあっても突破などは不可能なのだとはっきりと認識する。
そう感じた人間が一人、また一人と出てくるうちに諦めの空気が広がっていき、武器を投げ出して包囲陣に駆け寄って身を投げ出す者が現れてくる。それらが呼び水となり、降伏の意を示した兵が大多数となった時、司令官は武装解除と捕縛を命じた。
こうして街門外の戦闘は終結の時を迎え、大規模な市街戦を避けられたモイルレルはホッと胸を撫で下ろした。
◇ ◇ ◇
(こうも思い通りにならないと、いい加減嫌になってくるな)
一歩出遅れてしまったディアンは心中で臍を噛む。
彼の頭の中では、ウィーダスは一気に攻め落とし、その余勢を駆ってジャルファンダル島まで軍船で上陸すると、そこでまず橋頭堡を築くつもりであった。
しかし、現状、こう綺麗に野戦と掃討戦に移行してしまうと跡始末が発生してしまう。
ジャルファンダル混成軍が街で暴れておいてくれれば住民の怒りの感情はそちらに向かい、討伐軍には追い風になる。自分達をひどい目に遭わせた輩に正義の鉄槌を下して欲しいと考えるからだ。
ところが、損害も少なく敵の排除だけが進んでしまうと、住民はまず自分達の安全確保を願うようになる。対岸に敵地が有るのだから、真っ先に防衛を望むのだ。
そちらのほうに住民感情が働いてしまうと、討伐軍は足留めを食ってしまう事になる。無視をして軍を進めるのは難しくなり、ここで勢いを殺される結果になるのは見えている。特にあの女司令官は頑として首を縦には振らないだろう。
彼の胸中で働く計算が、その動きから警戒心を取り除いてしまっていた。
港に飛び出したところで行き場をなくした傭兵達は、窮するあまりに反転攻勢に出てきている。
馬上に向けて突き出してくる剣を槍の柄で払い、穂先を胸に送り込む。すぐさま引き抜き、反対側からってきた男の顔面を石突で殴り飛ばすと、背後に忍び寄ってきていた敵の喉を突いて倒した。
凄まじい槍捌きで乱戦を切り抜けると、そこにはジャルファンダル陸軍の姿を認める。
(頭を潰して混乱させる。追い込んで暴走したら街中で適当に暴れさせてから掃討すればいい)
司令官と思われる男に一気に迫ると、胸の中央に向けて穂先を突き出す。
しかし、その穂先は、司令官の胸の寸前で銀爪に掴み取られていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます