ベックル強襲
「ちょっと! あの人は何やっているんですか!?」
「何って締め上げに行ったんでしょ? あれの黒幕を」
慌てふためくロドマンにチャムは何事でもないように言う。
「そんな無茶な! 一人で誰にも相談なしにですか?」
「言ってたじゃない。私に『見るな』って」
「いや、そういう問題じゃ…」
「行くわよ。遅れちゃうわ。戦う気が無い人はゆっくりいらっしゃい」
一気に駆けだしていったチャムにロドマンは呆然とするしかなかった。
「あら、あんたは付いてくるの?」
「放っとけないだろ。あいつが暴走してんなら止めなきゃあ」
「無理よ。そんなつもりなら彼に近付くのは止めなさい。怪我するだけよ」
(まあ、その前にブラックに振り落とされちゃうでしょうけど)
トゥリオの未来が見えてしまう。
◇ ◇ ◇
ベックル防衛隊は混乱の極致にあった。
街門から聞こえてきた「突破」の笛の合図に詰所から飛び出すと、中央通りを駆けてくる騎鳥が居る。取り押さえようと剣を抜いた途端、数名が肩や足を押さえてその場に倒れる。悲鳴を上げているところを見ると何らかの攻撃を受けたらしい。
(魔法か!?)
身構えるが一瞬光を見たと思ったら、肩に焼けるような激痛を感じて立っていられなくなった。
数名が盾を持ち出して制止しようと横並びになると、紫色の
「くそっ、属性セネルだ!散れ!」
散開した隊員達だが、もう一羽の黄色いセネル鳥からも光熱弾が飛んできて弾幕を張られてしまう。
広い中央通りが爆発に覆われる。逃げ場がない隊員が右往左往している。既に騒乱に気付いた住民たちは店の奥に引っ込んで固く扉を閉ざす。店先が焦げようがどうしようが命には代えられない。
勇気ある隊員が身を低くして襲撃者に迫るが剣を一振りする間もなく
それでも多少の足止めが出来ているので防衛隊員が中央通りに集まってきている。人の壁で取り押さえに掛かろうとするが襲撃者の火力に近付けない。
屋根に上がって上から飛び掛かろうとした者は
負傷者ばかりが積み重なっていく状況に手が打てなくなった防衛隊員が遠巻きに通りに蓋をする。
◇ ◇ ◇
カイの背中を確認したトゥリオは剣を抜いて制止しようとする。すると首筋にヒヤリとした感触がしてゾクリとした。
「何をする気?」
「やめてくれ! 何もかにもねえだろ! あいつ、この街を焼く気か!? お前も止めろよ!」
並走しながらトゥリオに剣を突き付けたチャムに訴えるが聞き入れるふうはない。
ブラックも横目に睨んできている。脚はすぐに弱まって止まった。
「邪魔するなって言ったはずよ。斬られたいの?」
「何なんだ、お前ら! やってる事が出鱈目だ! これでどうなるってんだよ!」
「なるわよ? 見ていれば解るわ。下がってなさい」
チャムの命令でブラックが身を伸ばしてトゥリオは落とされた。
それでもゆったりした動きだったのはブラックの思いやりだったのだが興奮しているトゥリオには解らない。
「何とか出来るってのか、この状況が?」
「あんたのお上品な方法よりは確実だと思うわ。人間にだけは手を挙げちゃいけないと思っているお坊ちゃんには解らないかもしれないけど?」
「…何だと?」
トゥリオは彼女を睨め付けた。闘気が膨れ上がる。
「その目を向ける相手を間違っているところがお坊ちゃんなんだって解りなさい」
「くうっ!」
そこまで言われても女性相手では激発しないところが甘さなのだが、トゥリオにはそれが解らないようだった。
遠巻きにしている人の壁に向けてパープルが口を開けた。
光熱弾が来ると思った者達が射線から身を躱そうと動く。ところが放たれたのは薄紫色のビームだった。
パープルが首を振るとビームに触れた者達がバタバタと昏倒していく。一瞬にして人の壁は死屍累々という有様に変わった。そこを悠々と踏み越えていくカイ。
そのまま進むと豪勢な作りの商民議会堂が窺える位置まで来た。
しかし、議会堂前は十重二十重に防衛部隊員によって固められている。パープルから降り立ったカイは、横にスッとチャムが並んできたのに笑み掛ける。
「遅かったね?」
「ちょっと足を引っ張る奴がいてね。あまり解らない事をいうから放り出してきたわ」
「ごめんね、悪者にして」
「平気よ。悪いなんて思ってないもの。行くわよ」
「うん」
ここまで一人で圧倒してきた相手が二人にまで増えたら、もう抗す術もなかった。
拳に打ち倒され、剣の腹で薙ぎ倒される者だけが増えていく。迎え撃つほうも腰が引けてしまっているのだ。
一斉に掛かればどうなるかとか思い浮かびもしないようだ。散発的に斬り掛かっても拳のカモにしかならない。
厚みが薄れてきた頃に、カイは両手を前に差し出して
進み出たカイが守る者の居なくなった大扉に爪を懸けて引き剝がした。
中の大机には壮年の男達が雁首揃えて怯えている。私的な護衛だろうか、何人かが斬り掛かってきたが壁まで吹き飛ばされた。
「ルワン村を襲わせたのはどなたですか?」
大音声でカイが訊くが応えは無い。
「居ない訳は無いんですが、あなた方は身体に訊かないと答えられませんか?」
「っ!!」
息を飲む音ばかりが聞こえたが、中央に座っていた眼光鋭い男が口を開ける。
「ケイン! お前、何かやったのか?」
「そんなっ! 私は何も…」
歩み寄ってきたカイに少しでも遠ざかりたいかのように椅子からズルズルと摺り下がる。
胸倉を掴み上げられるケイン・モルバス。
「あなたがルワン村を襲わせたんですか? 村人達を虐殺させたのですか?」
「わ、私はそんな指示はしていない! …ただ、バウマンを…、痛い目に遭わせろと…」
「それだけですか?」
「それだけだ! 本当だ!」
それで追及を緩めたりはしない。
「目撃者がいれば始末するようにとでも言ったんじゃないですか?」
「く……、言った。でもそれはラルガス様が…」
「ケ ── インっ!!」
視線が自分に移ったのに気付いたラルガスは抗弁を始める。
「儂は何も命じてなどいないぞ。その者が勝手にやった事だ。そんなものに責任など取れるか!」
「知っててやらせたのなら同罪ですよ。そんな事も解らないほど子供じゃないでしょう?」
「くっ! やれ!!」
机の下に潜んでいた荒事士が斬り掛かってくる。それはルワン村を襲った者達の一人だった。
振り返りもせずにカイは開いたほうの手に
「往生際が悪いのね?」
「黙れ! 暴漢共め! 誰かこいつらを取り押さえろ!」
その頃にはトゥリオはもちろん、バウマン達も商民議会堂前に集まっていた。
「無理よ。この人を取り押さえられる人なんていないわ。『魔闘拳士』を、ね」
「何ぃ!」
すぐに反応できただけラルガスはそれなりの胆力の持ち主なのだろう。他の者は誰もが呆然としているだけなのだから。
「ホルツレインの聖印…。ガントレットの拳士…。お前、本当に魔闘拳士なのか!?」
トゥリオは、ヒントはこれだけ有ったのにノービス冒険者だというカイと魔闘拳士が繋がらないでいた。
それほどまでに冒険者ランクという常識が邪魔をするのだ。
「まだ解らないの、お馬鹿さん」
「だからどうした! だから何だというんだ!」
立ち上がって掴み掛ろうとするラルガスの顔面を銀爪が掴み吊り上げる。
「がはぁ!」
「黙りなさい」
カイはラルガスを椅子に押し付けて座らせる。
「これからあなた方は僕の言う通りにするんですよ?」
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