魔獣の目

 その一隊は人影少ない西側の街道とも呼べぬ道を北上していた。人目を避けるように足早に道を急ぐ姿を見掛けた人間は少ないのだが、別の目が彼らを観察している。


 中央に馬車を置き、無骨な鎧を身に纏う者達が囲み、更に軽装ながら旅慣れた風な集団が随行している集団は、魔獣達にとって狩り易い獲物ではない。それでも襲うのは単なる無謀とも言えない。相手を全滅させる必要など無いのだ。

 追い立てて、集団の内2~3体でも脱落させられれば、群れで狩りを行う魔獣達でも腹を満たせる。草食獣の群れから仔や弱った個体を狩りだすように、人間の集団にも弱い個体が必ず居る。それらを狩りだして餌にするのが目的だ。


 そういう意味では、人間の集団は狩り易い獲物に変わる。俊敏さで劣り、強靭な肉体も持たないというのに、一体を狩ればそれを追うように飛び込んでくる個体も出てくる。集団同士でぶつかるなら魔獣達も被害を覚悟をしなければならないのに、勝手にバラバラになってくれる。

 結論として、群れで生きている筈なのに、個々の結び付きが弱いところが人間の弱点なのだ。ならば魔獣達としてはその弱点を突いていくのは道理になる。


 まずは群れで並走して圧力を掛ける。人間は口々に声を上げ、散発的に魔法や矢を射かけてくるが組織立った攻撃ではないのでそれほど脅威にならない。こちらからも魔獣達が得意とする雷矢を打ち込んで反撃する。だがそれは魔法を無効化する魔法によって阻まれた。これが有るから人間は厄介だ。


 しばらく並走していると人間の集団は間延びしてくる。ここが狙い目だ。

 最後尾の人間の乗る馬の後脚に若い魔獣が食い付いていく。堪らず転倒した馬に集団で襲い掛かって息の根を止め、馬から転がり落ちてまだ動けない人間も襲う。剣を抜いて抵抗してくるが多勢に無勢、あっという間に一頭が喉笛に食らい付いて殺した。


 人間の集団の後尾が立ち止まって叫び声を上げている。手に手に武器を取って反撃の姿勢を取るが、先行する馬車から怒声が飛んできた。その行動を諫められているようだ。

 この纏まりの無さが弱点以外の何物でも無い。その馬車も、しばらく進んで停止してしまった。こうなるとちょっと厄介だ。集団で抵抗してくる危険がある。何体か仕留めたら追い立てて諦めさせるよう魔獣達のボスは考える。


 鳴き声で指示し、仕留めた人間の姿を見せつける。そうすると三体の人間が無造作に前に出て来て武器を掲げる。この辺りは魔獣達も慣れたものだ。

 一度距離を取って時差攻撃を仕掛ける。足に噛み付き、武器を振り下ろした腕に噛み付き、引き倒して喉首を引き裂けば人間もすぐに動かなくなる。


(こんなものか。これ以上やれば、纏まって攻撃してくる可能性が高い)

 そう見切りをつけたボスは一声鳴いて雷矢を浴びせかけて追い立てようとする。


 ボスの耳に遠く地響きが聞こえてきた。何かが接近してくる。振り向くと新たに人間が四体、大型鳥魔獣に乗って急接近中だ。

 この辺りでは見掛けない鳥魔獣だが、あの目は狩人の目だ。ガパリと口を開くと火球を放って来る。散開して躱すが、炸裂した火球に吹き飛ばされる同胞が出てしまう。


 情勢はよろしくない。このままでは挟み撃ちだ。瞬時に判断して、数の少ない四体の人間に攻撃を集中するよう指示する。

 群れで襲い掛かろうと駆け始めたら、同胞の何頭かが「ギャン!」と悲鳴を上げて派手に転んだ。ボスの耳は風切り音だけを捕らえていた。矢でもなく魔法でもない何かが飛んできて同胞を貫いたようだ。頭に食らった一頭は既に事切れている。

 少し判断に迷ってしまった内に、今度は魔法が飛んできた。一つ一つは小さい石礫だがとんでもない速度で打ち放たれている。皆が必死で避けているが、結構な数を食らって手傷を負う。


 混乱している間に激突してしまった。

 人間の振るう武器が円弧を描き、血飛沫を上げて同胞が倒れていく。隙を突いて魔法も襲ってくるのが厄介でその人間を狙おうとするが、他の人間が大きな盾を掲げて道を阻む。手をこまねいていたら盾の影から剣も伸びてきて負傷する同胞。

 中には鳥魔獣を襲おうとして、蹴り飛ばされたり逆に食い付かれている同胞も居る。この人間達は強い。どうにも分が悪い。


「そろそろ限界じゃないかな?深追いはしないから手を引かない?」


(!!)


 刃物の付いた長柄の武器を持つ人間が声を掛けてきた。そう、話し掛けてきた・・・・・・・のだ。この黒い髪の人間は我らに知性が有るのを識って・・・いる。

 ボスに、黒い瞳の視線を完璧に合わせてくる黒髪の人間。それさえも見抜かれている。これはいけない。同胞の盾になるのはやぶさかではないが、自分がやられれば皆が浮足立って纏まりの有る反撃は出来なくなってしまうだろう。


「ウウウ」

「嘘じゃない。組織立った攻撃を見ていれば解る。君達は纏まらせると難しい。この辺りは君達の領分だから不用意に立ち入ったほうが悪い。見逃してくれるならこっちも退くよ?」

「ギュルギギ!キュルキー!」

 紫色の鳥魔獣が忠告してきた。彼の背に居る人間は、自分達では絶対に歯の立たない人間らしい。

「……ルリルル」

 撤退の判断を下したボスは退却の指示を出した。同胞達は指示に従い、首をめぐらせて魔境山脈のほうを向き駆け出した。

「ありがとう」

 最後尾に付いたボスの耳に感謝の言葉が届く。


 奇妙な人間も居るものだと、ボスは頭の中で苦笑いする。


   ◇      ◇      ◇


「彼らは強いね。助かった」

紫雷狼バイオレットウルフよ。或る程度以上の数の群れに出会ったら覚悟が必要な相手ね」

「魔境山脈で生き残っている奴らは、どれをとってもとんでもねえのばかりだな」

「足の速い魔法じゃないと当たる気がしませんでしたですぅ」

 安堵の息を吐き、四人は集まった。


「貴様ら、何者だ!」

 馬車のほうから誰何の声が掛かる。この声にトゥリオの眉が跳ね上がった。

「そりゃねえだろうが! 助けてもらっておいてよぉ! ああ?」

「何者かと聞いている。答えろ」

「何者かも何も、見ての通りのただの冒険者ですよ」

 チャムの柳眉まで逆立ってきたので、カイは手で制して前に出るしかなくなった。

「どうやらご迷惑だったみたいですね? 特に思うところはございませんので、どうぞ先にお進みください」

「答える気は無いと申すのか?」

 関わり合いになりたくない手合いだと解って、すぐに切り上げに掛かったのだが見逃す気は無さそうだ。露骨に訳ありらしい。それもそうだろう。


 小麦の様子を見たり、途中の農家で一晩御厄介になったりとして道に行き当たったカイ達は、その道を辿れば街道に出るものだと思っていると、再び魔境山脈の稜線が見えてきてしまって困惑した。

 その道はどうも西に向かっていたらしい。西側の街道とも呼べない、危険過ぎて旅人も通わないであろう道に行き当ってしまった後は、東への分かれ道が無いかとそのまま北上していたのだが、分かれ道に出会えぬまま進むと魔獣に襲われている一団が目に入ってしまったのだ。

 その状況であれば彼らは当然援護に向かう訳だが、明らかに裏目に出ている。


「流しの冒険者でカイと申します。西方から来たばかりで道には不案内なのでこちらの道に迷い込んでしまっただけです。尾行していた訳では有りませんのでご安心を」

「嘘を吐くな! 貴様は帝国人だろう?」


(ありゃ、やっぱりそう見えちゃう訳ね)


 今までも少なからずそういう反応をされた経験のあるカイは、肩を竦めた。

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