冒険者ギルドの一幕

 東方の文化の影響が強い中隔地方の通貨制度は東方に準じている。西方の通貨であるシーグは、メルクトゥー王国でも使用出来ない。

 そんな理由から、西方との縁の強い港町ホリガスには換金所や交換所と看板を掲げている施設も多々見られる。それらは良心的な手数料だけを請求する施設が多数を占めているのだが、中にはかなり怪しげなレートで換金している施設も存在する。渡航者にはその区別がつかない為一定の人間が利用してしまい、そんな施設でも存続出来てしまうのだ。


 冒険者はそんな悪徳業者に引っ掛かる事は無い。なぜならここで有効活用出来るのが前述の冒険者ギルド委託金である。

 西方で委託入金しておけば、通貨制度の違う地では正規レートで換金されて引き出せるのである。情報通信網を保有する冒険者ギルドだからこそ取れる手段で、当然手数料も必要無い。

 これが『倉庫持ち』を三人も擁するカイ達のパーティーが冒険者ギルドで旅の資金調達をする理由である。


 メルクトゥー王国を含めた東方通貨制度適用圏の通貨は「ガテ」と「フント」。正規レートでは1シーグ八十円が8ガテになる。1ガテ十円錫貨しゃくかが最小通貨で、10ガテ百円銅貨、100ガテ千円銀貨と続き、1000ガテで1フント一万円金貨、少し大振りな10フント十万円金貨となっている。

 四人は西方でかなりの金額のギルド委託金を入金しており、ホリガスの冒険者ギルド窓口でそれぞれが相応の金額を引き出して、旅の資金調達を終えた。


 続けて受付で滞在登録を行ったのだが、そこで奇妙な申し出を受ける事になる。

「チャム様、リミットブレイカーでいらっしゃるのですね? 一つ、お願いがございます」

 見事な金赤の髪をした受付嬢は、黒いメダルの付いた徽章を返しつつ声をひそめてチャムに話し掛けてきた。

「何かしら?」

「依頼掲示板には出していない高ランク冒険者指定の依頼が入っております。宜しければお受けいただけませんでしょうか?」

「内容は?」

 情報を表示する水晶板を確認しつつ、受付嬢は応えを返す。

「要人警護となっています。お受けいただかない限り警護対象である依頼者は明かせず、条件や依頼料等は依頼者との委細面談という内容です」

「それはずいぶんと胡散臭い依頼ね。世界を股に掛ける冒険者ギルドがそんな仕事してて良いのかしら?」

「ホリガス支部限定の依頼となっておりますので。そうでなければこのような特殊依頼はちょっと……」


 受付嬢の口も重い。何らかの裏事情が有ると思って間違いないだろう。

 組織力も資金力もある冒険者ギルドと云えど、各国の領土内、その法の下で営業している事に変わりはない。或る程度の融通が無ければ締め出しを食らったりもしてしまうだろう。超国家機関でも権力と無縁ではいられないのだ。


 苦い顔で振り返るチャムに、トゥリオとフィノは困惑の表情だ。口は開かずカイは首を捻り、判断は任せる姿勢。

 この「依頼を受けないと内容が確認出来ない」状態が問題だ。内容を聞いてから拒否する事さえ不可能なのは非常に厄介である。これらの情報から秘匿性を必要とするのも推察出来る。


「遠慮するわ。着いたばかりで面倒なのはご免だもの」

 溜息を吐きつつチャムは拒否の意思を伝える。

「そうですか。無理を言って申し訳ございませんでした」

 受付嬢はホッとした様子を見せている。冒険者ギルドとしても、貴重なブラックメダル冒険者に厄介事を押し付け迷惑を掛けるのは不本意らしい。

「気にしないで。仕方のない事よ」

「ご配慮ありがとうございます。それでは良い旅を」

「ありがとう」

 ギルドの立場では、犯罪に関わらない依頼を撥ね付ける判断は困難を極めるだろう。一応受け付けておいて断ってもらうのが一番角が立たない。


「断っちゃったけど大丈夫だったかしら。もしかしたら、メルクトゥーで起きている事の核心への近道だったかもしれないのに」

 責任を回避した弱腰を悔いているようだ。

「いや、正解だったと思うよ。あまりに情報が少なさ過ぎる。危機管理は冒険者の基本」

「そうですぅ。何か怖い感じがしましたですぅ」

「何でも足突っ込みゃいいってもんでもねえだろ?」

「困ったら突貫する人に言われたくないわ」

「うわ、フォローしたのに文句言われたぜ」

 四人は笑いながら大通りを歩く。

「あ、変な事言われたからホリガスの事情訊くの忘れちゃったじゃない!」

 まあ、道行きそれなりに事情は分かってくるだろうと諦めた。


 奇妙な依頼を断って居辛さを感じる彼らは、早々に旅路に移る。何より、船旅では船倉に押し込められていたセネル鳥せねるちょう達が走りたがって騒いでいる。


「じゃあ、宜しくね」


   ◇      ◇      ◇


 いきなり街道を北上せず、沿岸部を魔境山脈近くまで流す。こちらでの生活圏の考え方の調査だ。

 ホルツレインは緩衝帯を設定して、手前に国境線を引いて管理を放棄している。現実にはその緩衝帯にも人は住み着いているのだが、耕作などして正常な生活圏を形成している訳ではない。魔境山脈から漏れ零れてくる魔獣を狩って、精肉や魔石を産物として細々と生活しているに過ぎない。

 それは十分な土地が有るから可能な方策であり、小国のひしめく中隔地方ではどのような扱いになっているのか興味が有ると言ったのはグラウドだった。


 ついでに漁師町も巡って、特有の美味な魚の情報収集などもしつつ西に向かうと、やはり街道は途切れ人影も絶え、代わりに魔獣の影が濃くなっていく。どう足掻こうが自然の驚異には抗えないものらしい。

 襲ってくる個体だけを狩って肉の調査もするが、所変わって文化も貨幣制度も変われど、魔獣の肉の味までは変わらなかった。思う存分走ったパープル達が旺盛な食欲をもって平らげていく。


 魔境山脈から距離を取りつつ北上すると、再び農家の姿がポツポツと見え始める。中隔地方でも南部は穀倉地帯らしく、黄金色の海が風で波打ち収穫の時を待っているようだった。


「それほど困っている風は無いわね。漁師町でも聞けたけど、税率が結構下がったのは事実みたい」

「収穫作業の嬉しさも有るのでしょうけど、皆さん笑顔でいっぱいですぅ」

「この空気の変化は、今のところ全体に行き渡っているわね」

「経済が上手く回ってるって事だろ?」

「そうねえ」

 カイの洞察力に期待して目を向けるが、作物の観察に余念がない。

「どうかしたの?」

「うん。小麦の種類がちょっと違う?」

「ええ、東方だとこのカシナ小麦も多いのよ。柔らかくて、挽くとすごく細かい粉になるの。お菓子に使うと最高だけど、パンでも大丈夫。ただし、こっちは平パンが多いわ。膨らみが今一つなのかもねぇ」

「あー、それでか! どうもケーキのスポンジがちょっとボソボソしていると思ったら、小麦の種類かぁ」

「何でこの種類が西方で生産されていないかは知らないけど」

 その少し丸っこくて実太りの良い種の小麦を試してみたいのか、視線を外さないカイ。

「それはその辺の農家の人に訊いたほうが早いかしら?」

「そだね~。話を聞いて、少し売ってもらおう」


 一軒の農家で話が聞けた。

 この種の小麦は湿気に弱いそうだ。西からの風が魔境山脈で妨げられるこの辺りは乾燥地帯なのだが、まれに長雨が続くが有り、その時は病気が入って壊滅したりもするらしい。

 なるほど西からの気流で湿気の多い西方での栽培はかなり難しいかもしれない。だが、きめ細かいスポンジケーキは恋しい。一応、種籾にする製粉前の籾と、製粉した物を数袋仕入れて、農夫に感謝を伝えて別れた。


 カイは頭の中で、栽培以外の方法も吟味する気になった。

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