メルクトゥー王国
久しぶりに揺れない地面を踏みしめたチャムは疑問を抱く。
(あら? ここはこんなに活気にあふれた港町だったかしら?)
三
三
それに、チャムの印象では「三
当時は船旅を終えて西方に降り立ってしばらくした頃に、今は隣に居るのが当たり前のように感じる黒髪の青年と出会った。そこからの西方遍歴があまりに濃密な時だったが故に、長く感じてしまうのだろう。
異世界人という極めて特殊な出自。救国の英雄という物語のような経歴。そして悲痛な過去に基く揺るぎない信念を持つ彼の存在は、チャムに大きな影響を与えた。
異世界人故の異質な発想力に、文化に対する斬新な思考。真摯にこの世界を見つめようとする少年のような黒瞳に振り回されているような気がする時間の連なりであった筈なのに、なぜか心地よい爽快感のような感覚ばかりが心に残っている。
これから彼を東方へと導いていけば、いつかは自分の事も話さなければならない時が来ると思う。
だが、今はどこまでも大切に想ってくれる青年に甘えていたいと感じてしまうチャムだった。
◇ ◇ ◇
中隔地方とは、その名の通り西方と東方を隔てる場所に位置する一地方だ。
一地方に分類されているのには当然理由が有る。西は大型魔獣も闊歩する魔境山脈に隔てられ、東も峻厳な山脈によって隔てられている。しかし東の山脈には北に途切れた場所が有り、海路しかない西方との繋がりよりは、東方との繋がりのほうが色濃いと言えよう。
南には歴史あるメルクトゥー王国。中央には新興の、冒険者が統べる国ラダルフィー王国。大きく広がった北部には北方三国を呼ばれる国々、東からイーサル王国、メナスフット王国、ウルガン王国。以上の五つの国で中隔地方が形作られている。
それぞれの国の規模はお世辞にも大きいとは言えない。中隔地方そのものが、王太子領を加えたホルツレイン王国の領土よりは幾らか大きいという程度なのだ。つまりそれほど広くはない隔地に小国がひしめいているという認識で間違いないだろう。
四人が降り立った港町ホリガスが属するメルクトゥー王国は中隔地方の南に位置する。それだけに文化的には東方の影響を大きく受ける中隔地方に於いては、華やかな交易地というイメージは無い。
西方との窓口である筈なのに、海路という細い交易路しか持たないメルクトゥーはそれほど重視されないのだ。そこに頼らなくとも人も物資も文化も東方からどんどん流入してくる。南部の旧い国に目を向ける人間は少ない。
そんな風土を持つ南の国は、僅かずつではあるものの寂れてきているのは否めない。
ホリガスの活気に目を奪われている仲間にチャムは自分が知っている中隔地方の情勢を語って聞かせた。
◇ ◇ ◇
「だってのに、この状況の意味が解らなくって戸惑っているのよ?」
もちろん、四人の中では唯一この辺りの情報を持つチャムだから三人に説明したのではあるが、ホリガスの変化に警戒心を持ってしまった理由の説明でもある。
「活気があるのは良い事なんじゃねえか?」
「その理由が解らないのが気味悪いって言ってんの! 楽天家のお坊ちゃま」
「うっせえ、今それ言うのかよ。この国の頭だって無能じゃねえだろ? なんか画期的な政策でも打ち出したんじゃねえか?」
一番確率の高い可能性を示唆する。
「いいえ、それは考え難いわ。確か前の国王が病を得て急逝したのよ。まだ若い王太子が玉座を継いだって話だったはず。そんな若造が画期的な政策なんて考え出せると思う? 国政を切り回すだけで必死だとしか思えないんだけど」
「若い国王のほうが大胆だろ?」
「良きにつけ悪しきにつけ、ね。プラスに振るのは稀な例だと思うわ」
若さは可能性であるが欠点でもある。
「僕もチャムの意見に賛成だね。経験の無さに不勉強が重なって好転するとはどうにも考えられない」
「いや、あなたが言ってもあまり説得力無いんだけど?」
常に
的確なツッコミで、フィノに「プププ」と笑われてしまう。頭の上からも「ちゅちゅちゅ」と聞こえてきた気もする。彼女に苦笑いを返してカイは続けた。
「ホルツレインからのモノリコートの輸入とかで活況を示しているんじゃないかな?」
「それならそれで店頭に現物が並べられていてもおかしくないんじゃなくて? 品薄なら、宣伝のためにその旨が掲示されている筈よ」
「反論の材料が無いね」
商魂逞しい商人達がそんな落ち度をするとは思えない。聞いてはいないが、おそらく中隔地方への輸出はまだ零に近いのだろう。
実際、モノリコートの生産は国内消費分が精一杯というところだ。そこからロアジン会談で協約した輸出分を捻出しているのだから、国内分も賄われていないのが現実なのである。
「まあ、王都に近付けば近付くほど情報が入ってくるだろうから、のんびりいこうよ」
「心配しても仕方ないか」
「そうですよぉ。せっかくなんだから旅を楽しみましょう」
彼らはまず冒険者ギルドに向かう。
◇ ◇ ◇
冒険者ギルドでやらなければならない事。メルクトゥーの滞在登録も必要だが何より先立つもの、旅の資金調達である。
冒険者ギルドには幾つかの冒険者共済制度が有り、その一つにギルド委託金が有る。これは要するに冒険者銀行だと思って欲しい。
この世界で流通している貨幣は硬貨で、紙幣という考え方は無い。依頼完遂料や討伐賞金などが冒険者の収入として支払われる訳だが、額が大きくなれば嵩張るし重いのである。
『倉庫持ち』が居るなら大きな問題にはならないが、そうでなければなかなかに頭の痛い問題になる。個人で保管出来るのは地付きの冒険者くらいで、商隊護衛などもこなすのであれば管理は難しくなる。
そんな時に役立つのがこのギルド委託金だ。ギルドに委託納金しておけば、手数料無しでどこのギルドでも引き出すことが出来る。手元には当座の金銭だけ置いておけば、後は冒険者ギルドでの出し入れで管理出来る。
ただし、その名の通り、完全に運用目的の資金になる。ギルドの運用経費はもちろん、別の共済制度である、大きな出費となる装備の購入等の助けになる装備購入借入金、提携宿屋での器物損壊等万が一の時の賠償金制度などに使用される。魔獣素材や魔石の転売での収入もあるが、ギルド委託金も大きな資金の役割を担っている。
使用すればギルド委託金が目減りして引き出しが出来なくなると思われるかもしれないが、そんな事は無い。
冒険者とは命懸けの業務である。つまり、一定の被害者はどうしても発生する。その被害者の委託金はどうなるかと云えば、家族が登録されていれば家族に支払われる。
だが家族が居ない、若しくは登録されていても住居が判明しない等の場合も、故人の委託金は冒険者ギルドに譲渡される契約となっている。不謹慎と思えるかもしれないが、その譲渡金も冒険者ギルドの大きな収入源なのだ。
冒険者ギルドは冒険者の為に機能する機関である。依頼の仲介、素材等の買取、ポイントやクラスの管理、各種共済制度等、冒険者には無くてはならない存在だ。
そのギルドの存続の為に冒険者は、墓まで持っていっても仕方のない資金をギルドに託すのである。
四人は、その冒険者ギルド委託金の引き出しに向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます