救出の報酬

「両親が早くに帝国を離れたので、西方生まれの西方育ちなのですよ。僕はこの血の祖となる国の風景一つ知りません。このまま旅をすればいずれ両親の故郷を見る事も叶いましょうが」


(また、この人は嘘八百を)

 チャムは思う。


 顔色一つ変えずに平気で噓を吐く仲間には鼻白んでしまう。とは言え、その努力を無駄にする訳は行かないので、共にうんうんと頷くしかない。

「ふ……む? そんな事情が有るのか。確かにそっちの大男は西方人の特徴を備えているな。西方には広い獣人の住む地が有るとも聞いた。納得出来ん話でもない」

「ご理解いただけましたか? そういう訳ですので、貴方がたには何ら関わるつもりはございません。どうやらお急ぎのご様子。ここの始末はこちらで済ませますのでお任せくださり、どうぞお先に」

「解った。良かろう」


(どれだけ偉そうなのよ。礼一つくれる気も無さそうね)

 兎にも角にも速やかに縁を切りたい輩であるとチャムは断じる。


 鎧に身を固めた者達は先を急ぎたい様子をありありと見せていたが、護衛の一団を形作る冒険者達は失った仲間の亡骸を弔わねば頑として動くつもりは無さそうで、それに付き合わざるを得ないようだ。

「助かった。済まんな、厄介な雇い主でな」

 肩をポンと叩いて冒険者達が礼を言ってくる。カイは「構いませんよ」と言いつつ、火葬にする穴を準備してあげる。

 別の穴も掘って、倒した紫雷狼バイオレットウルフ達も入れて弔っておいた。魔石は頂戴したがそれくらいは許されよう。


 返り血なども落として身綺麗にしながら一団が離れていくのを待っていたのだが、どうにも動く様子が無い。馬車の辺りでもめている様子が窺えた。

「おい、お前ら。我らが主人がお召しである。付いて来い」

 完全に嫌なほうの予感が当たってしまう。四人は苦い顔を見合わせるが、拒否すれば暴力沙汰になりそうで踏み出せない。

 馬車の前では焦げ茶色の巻き毛をした美男子が腕を組んで待っていた。この辺りでは最も良く見る髪色だが、着けている鎧は優美なデザインで、精緻な装飾も施されている。それなりに身分の有る者だと一目で分かると言えよう。


「其の方ら、見事な腕前である。褒めてやろう。我が陣営に加わる事を許す」

「…………」

「どうした? 喜べ。このような機会はないぞ?」

 先の騎士が付け加えてくるが、彼らにしてみれば(正気で言っているのか?)と言いたいところ。だが大真面目な風なので突っ込み辛い。

「そう申されましても、僕達はどなたか存じ上げないのでお答えしようもなく……」

 こんな時の対処が一番慣れている黒髪の青年に視線が集中したので、仕方なく対応する。

「解らぬか? このお方は我らがメルクトゥー王国の正統なる国王、ラガッシ・メルクトル陛下であらせられる。陛下からのお言葉、有難く頂戴せよ」

「…………」

「どうした? 喜べ。このような光栄は無いぞ?」


 彼らにしてみれば(知ってるか、そんなもん!)と言いたいところ。だが引き続き相手は大真面目である。強いて言えば、(ああ、これがチャムの言ってた「若造」か)といったところである。


「ありがたいお話なのでしょうが、僕達は見ての通り流しの冒険者。この国には縁もゆかりもございません。国民でもないのに陣営に加われと言われましても困るというのが本当のところなのです」

 少々の本音を込めて、やんわりと拒む意思を伝えようとする。

「流れ者であろうと取り立ててやろうというのだ。良い話であろう?」


(これはツッコミ待ちなのかな?)

(その線もあるかもね?)

(フィノもそんな気がしてきましたぁ)

(いや、本気でやめろよ! 絶対に刃傷沙汰になるからな!)

 コソコソと相談している風を装う。正直、呆れて本気で対応するのが嫌になってきただけ。


「其の方ら、西方より来たと聞いたがホリガスで冒険者ギルドに寄らなかったのか? その腕前なら依頼が行った筈だが?」


(あー、あれがこれだったのね。受けないで大正解だったわ。あっぶな!)

 先程から他の冒険者達からの気遣う視線が飛んできている。選択肢を誤った彼らは、この不運な同業者達が自分達と同じ陥穽に嵌らないよう、願ってくれているらしい。


「いえ、存じません。そもそも僕達は拘束を受ける遂行系の依頼はほとんど受けませんので、結果は同じだったでしょうけど」

 暗に(依頼でも受けないぞ)と匂わせておく。


 大体、冒険者ならば上陸した地で冒険者ギルドに立ち寄らないなど考えられない。相手はそんな事も知らないお坊ちゃんなのだと知れてしまう。

 これは絶対に徽章は見せられない。見せたら最後、強引にでも引き込もうとするであろう。そうなれば暴力沙汰になった上でお尋ね者にされかねない。最悪の事態だ。


「少々、お尋ねしても宜しいでしょうか。何故、このような所に国王陛下がおいでなのでしょうか?先程、『正統なる』とおっしゃられましたが、それと関係がおありになるのかと愚考いたしますが」


 一国の王が物見遊山で来るような場所ではない。危険極まりない地域なのだ。そこへ「正統なる王」という言葉を結び付けて考えたのは彼だけで、他の三人は気付けなかった。

 その疑問は琴線に触れるものだったようで、一瞬顔を引き攣らせたラガッシは憂鬱な雰囲気を漂わせ始める。


「現在、メルクトゥー王宮には愚かなる簒奪王が巣食って暴政の限りを尽くしている」

 口の重くなったラガッシの代わりに髭を蓄えた騎士が進み出て答えてくれる。

「国王陛下はこの事態を憂い、救国の軍を起こそうとお考えである。其の方らにはその軍に加わる栄を与えようとの言だ。考えられぬか?」

「申し訳ございませんが、僕達は自由を好むが故に仕える先を定めないでいる者。御命に従うのは本意では有りません。どうかご寛恕を」

「うむ、仕方あるまい。陛下、救国の志無き者を加えようが十分な働きは望めませぬ。陛下の御意志は、我ら義士の手によってのみ叶えられるものと考えますれば、この者らには寛容を賜る事を望みまする」

「相解った。先の言は納めよう。代わりに褒美を取らす」

「重ね重ね申し上げますが、僕達は冒険者。受けてもいない依頼の料金は受け取れません。助け合いも冒険者の基本。善意としてお受け取り下さい」

 ラガッシは鷹揚に頷いて寛容さを示す。偉そうにした騎士に「先を急ぎませんと」と忠信を受けて身を翻す。


 去りゆく一団の姿に、四人はホッと胸を撫で下ろす。危うく碌でもない騒動に巻き込まれそうになった。だが、チャムは既に巻き込まれたような気がしている。


 彼女が知っている黒髪の青年は、ここまで聞いて引いたりはしないだろうから。


   ◇      ◇      ◇


 無事、主幹街道に戻った四人は、麦穂の波を泳ぐように進んでいた。

 しかし、英雄殿はどうにもそわそわした様子を見せ、腰が落ち着かないでいるようだ。


「どうしたの? いつもより不審なのだけど?」

「基本的に不審みたいな言い草なのが納得いかないんだけど」

「時々よ、時々」

 何とも情けない顔を見せるカイに、チャムは失笑する。

「止めないから好きになさい。気掛かりが有るんでしょう?」

「うん、ちょっとごめんね」

 キョロキョロと周囲を見回し始めると目的のものを見つけたのか、いそいそと向かって行く。


「ご主人、これは大麦ですよね?」

 作業中の農夫に近付いたカイは丁寧に尋ねる。

「おう、見ての通りだぜ」

「少しだけいただいても宜しいでしょうか?」

「何だぁ? そんな変なもんじゃねえぞ。普通の大麦だ。何本かで良いなら持ってけ」

「ありがとうございます。それでは」

 麦穂を矯めつ眇めつして、麦粒を幾つか取って籾殻を外し口に含んでムグムグすると、彼の顔がどんどん明るく輝いてくる。麦畑を抱くように大きく手を広げた青年は吠えた。


「もち麦だ ────── !!」

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