決戦の始まり

 その夜の軍議では中隔地方情勢が報告される。事前に伝えられていたのはルレイフィアとその家令、ジャンウェン伯、ジャイキュラ卿までで、一部を除いた騎士爵諸侯には伏せてあった。動揺が戦闘に影響しては困るからである。


「全て解決したと考えて良いのだな?」

 ウィクトレイは、子猫をじゃらしている青年に問い掛ける。

「ええ、後顧の憂いは取り除かれました。ヴィスカリアやインファネスが急襲されるような事はありません」

「うむ、これで一安心という訳だ、諸君」

「ただし、こちらの士気の減退を見越して手控えしていた正規軍が本気を出してくると思っていてくださいね? これからが本当の戦いになります」

 カイの注意喚起に諸将は息を飲む。十分に脅威だった剛腕軍が、その本領を発揮して襲い掛かってくるという意味だ。

「参ったな。あ奴らが最初から本気だったら圧倒されていたかもしれぬ」


 堅実な戦いを好むモイルレルは常に最悪の事態を想定して挑むだけに、こんな時には弱音も吐く。しかし、それは状況が許すからこその言動であって、皆の士気の下がるような場合は口を噤む。

 実際に、十万いた領軍兵士は半分以下の四万強にまで数を減らしている。戦闘に耐えられないほどの傷を負った者は送り返されている為全てが戦死した訳ではないが、かなりの損害が出ているのは間違いない。

 正規軍にも負傷者戦死者は多数出て、全体では十二万ほどまで戦力を落としているだろう。対する西部連合軍にも当然戦死者があり、十一万を切る辺りまで兵数は減少している。

 損耗率が低いのは復元棒リペアロッドのお陰である。後方に送る負傷者はかなり抑えられている。手足を失って、戦闘復帰には長期療養を必要とする者だけが送り返されていた。


「戦力的にはほぼ五分。剛腕と雌雄を決するにも十分な力を残している。気圧される必要など有りはせん。諸君の健闘に期待する」

 総司令の髭の貴族はそう前置きした。

「では具体的な戦術を話し合おうではないか?」


   ◇      ◇      ◇


 軍議が終わってノーチをルレイフィアの胸元に返した黒髪の青年を含めた四人は自分達の陣に戻ろうとする。

「お兄ちゃん、ルルと夕食をご一緒出来ませんか?」

「ごめんね。今から戦死したセネル鳥せねるちょうの還しをしてあげたいんだ。君は早めに眠るといい。明陽あすも大変だよ?」

 彼女も夕食後には戦死者の還しの儀に顔を見せ、祈りを捧げなくてはならない。その前に力付けて欲しかったのだ。

「……無理を言ってごめんなさい。お兄ちゃん達も疲れていらっしゃいますよね?」

「もう少しの辛抱だよ。こんな戦いがいつまでも続く訳じゃない。必ず終わりがやってくる。それまでは頑張れるね?」

「ルレイフィア様、今しばらくでございます。カイ殿にお任せすればすぐに落ち着いた暮らしに戻れますとも」

 モルキンゼスの口添えに、幼い盟主は小さく頷く。

「何も心配しなくていい。僕は絶対に負けはしない。どんな形であれ、ルルに勝利を贈ってあげる。僕には弱みを見せても構わない。だから、兵の前では飲み込むんだ」

「はい……」

 目を合わせて約束してくれた拳士は、優しく抱き締めてくれる。


 その肩に小さな涙の染みを付けた。


   ◇      ◇      ◇


「辛いわね、多感な時期の少女が死を背負い続けるのは」

 彼女が選んだ生き方だ。チャムも安直に慰めはしない。

「傷になるか糧にするかは彼女次第だからね。自分で消化するしかない。出来るのは安心させてあげる事くらいだね」

「きっと大丈夫ですよぅ? か弱く見えるかもしれませんけどぉ、そこから進まないと苦しいだけだって分かってますから、何か心の支えになるものを見つけようとするものですぅ」


 フィノにとってそれは魔法の才だった。自分を苦しめるものが自分を助けると信じて進んできた。少女にとっては、より良き未来を望む思いであり、その身に流れる血統であり、それを信じて付いて来てくれる臣下だろうと説明する。


「ルルちゃんはカイさんという強い味方がいますから、簡単に挫けたりしませんよぅ」

 犬耳をピンと立てて主張する。

「さっさと片を付けて安心させてやりゃ良いってもんだ。やれんだろ?」

「言ったね? じゃあ、しっかりと付いて来てくれなきゃ困るよ?」

「おい、お前、何する気だ?」


 この期に及んで不安に駆られる大男の尻をチャムは蹴とばした。


   ◇      ◇      ◇


 剛腕軍は大きく陣構えを変えていた。

 正面には方陣を敷く騎馬兵団三万、その後ろに領軍の騎馬隊二万。重装歩兵を下げて騎馬と合流した本陣の二万と、両翼に正規兵と領兵を合わせた二万五千ずつの歩兵軍団が位置している。

 明らかに速攻打撃型の陣構え。


 対する西部連合軍もこれを予想しており、本陣の守りを強化する方針に転換していた。

 正面には、騎士爵領軍を加えてジャイキュラ子爵が率いる四万足らずの中陣と背後にジャンウェン伯の本陣。右翼はベウフスト候軍が務め、左翼は獣人戦団が位置している。

 こちらは敵の突進を受けてから押し包んで撃滅させる陣構えに変化。強いて違うところと言えば、カイ達四人が真正面の中陣に属している点だろうか。


「魔闘拳士、獣人戦団の指揮はどうする?」

 モイルレルは隣で正規軍の陣構えを観察する拳士に問い掛けた。

「昨夜話した通りゼルガが執りますよ?」

「しかし、それではあまりに経験が足りんだろう」

「便宜上です。彼らはもうお互いに連携しつつ独自に動けます。心配ありませんよ。それに双翼としてはまともには機能しません。機動力を捨てれば彼らは活きない」

 見せかけの双翼陣だと言い切ってしまう。

「すると、本当に君らが?」

「ええ、押し通ります」


 敵陣は正面からの突進力で戦局を制し、相手を崩してから本陣が斬り込んでくる陣形を取っている。つまり、剛腕ホルジアその人が止めを刺しに来るつもりであるのは想像に難くない。それに対して彼ら四人も正面から挑むと言っているのだ。


「うむ、我らも連携して突破を掛けていく段取りになっているが、付いて行けるかの保証はない。それは踏まえて動いてくれ」

 彼女の用兵としては、本領とは言えない戦術である。


(あー、この人何言ってんのー。確かに無双と言えるくらいには強いけどぉ、あんな大軍前にして平気でそういう事言うー? はぁー、私みたいな常識人には理解不能だわー)

 心の中では不平と言うか、愚痴に近い思いが渦巻いている。

(付き合うほうの身にもなってー。それだったら獣人戦団が中陣を務めれば良かったのにー)

 彼女とてそれでは戦団の持ち味が発揮出来ないとは理解している。これは単なる愚痴でしかない。


「構いませんよ。モイルレルさんの陣は本陣を守る為のものであるので無理は不要です。出来る範囲で流動的な指揮をお願いします」

 どうやら少しも考えを改めてくれる気配がない。

「気にしなくても結構よ。確かにあそこには三万だか五万だかの中陣が見えるけど、その全員が同時に斬り掛かってくるなんて無理だもの。せいぜいが周囲の十数名を相手していればいいの」

「理屈ではそうでもずっと続けていられる訳ではないと思うが?」

 赤毛の美丈夫が溜息を吐いているところを見ると、彼もモイルレルに賛同してくれているらしい。


(お仲間いた。この人達、頭おかしいけど普通の人も混じってたー)

 彼女は自分が変なのではないと確認出来て胸を撫で下ろす。


「なるようになるでしょう。無理そうだったら引き返しますから。そろそろ行きますね?」


(笑いながら言うような台詞じゃない……。非常識に侵略されちゃうー)


 年若い女性貴族は理解者の少なさに絶望した。

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