敵中の一本道

「マルチガントレット」

 両腕同時展開の起動音声トリガーアクションに連合軍中陣兵士の緊張感は増す。


 当人達は特に意気込んだ様子もなくやってきたので何事かと思っていたら、最前列に立つと同時に戦闘準備に入ったからだ。

 魔闘拳士が見慣れてきた武骨な手甲を装着し、青髪の無双が左腕に盾を展開する。剛力の盾が大盾を出して掲げると、万魔の乙女も異様に長いロッドを翳した。

 戦いの空気は徐々に熱さを増してきたように思う。なのに彼らだけは触発されるでなく、ただ淡々と自らを戦闘状態に持っていこうとしているように感じた。


 紫色のセネル鳥せねるちょうが歩み始めると、他の三羽も同じく歩み出す。それほど早めるでなく並足で歩いていく。それでも帝国正規軍騎馬兵団との距離は着々と縮んでいっている。


 おもむろに黒髪の青年は鞍の上に立ち上がった。


   ◇      ◇      ◇


 カイは鞍上に立ち上がると薙刀を展開する。石突が肘辺りに来る位置を右手で順手に握り、少し穂先寄りに離れたところを左手で逆手に握る。左下に穂先を置いて自然体でゆったりと構える。

 握りは槍と同じだが薙刀は斬撃武器だ。この位置から間合い内のどの高さどの深さへも刀身を走らせる事が出来る。槍のように突いてこそ最大効果を発揮する点攻撃ではなく線攻撃が可能な武装である。

 広く、多彩な攻撃をいつでも放てる立ち姿勢で青年は敵に向かっていった。


 敵騎士は彼の立ち姿ばかりに目が行っているようだが、見据える目は一対だけではない。

 その首がもたげられた瞬間にやっと危険を察知する。しかし、もう遅い。振り出すように開けられた嘴からは紫電のビームが放たれ、魔法散乱レジストの効果範囲の端を貫いて騎士の列に突き刺さった。

 一直線上に幾人もの騎兵がもんどりうって倒れる。それが微妙な均衡を保っていた両者の、戦闘開始の合図となった。


 駆け始めたパープルは自ら開けた穴に入り、再び紫電砲を射出する。鞍上のカイは腰の高さにある騎兵の首を、まるで草刈りをしているように薙いでいく。

 無造作に振り回しているようでそうでもない。右手の操作だけで綺麗に立てられた太刀筋がそれを可能としている。だから、受けに掲げられた剣ごと断ち切られているのだ。

 首から上を失った騎兵は身体を傾け、それに驚いた馬が暴れて混乱の度を増していく。薙刀使いが通った後には一本道が出来ていった。


 道が出来れば分け入る者も現れる。青髪をひるがえしつつ長剣を舞わせる。空間に模様を描くように走る剣閃は、その軌道上の全てを断ち割っていく。もちろん人体も例外ではなく、時に断末魔を上げる間もなく騎兵は斬り伏せられていった。

 しかし、騎兵とて呆気に取られて斬られるだけではない。斬撃の死角になり易い左側面を狙って打ち込む姿も増え始める。

 右からの攻撃を捌いている隙に突き込まれようとした剣を盾で弾く。それも想定していたようで、流れるように剣を上に掲げた騎士は真一文字に斬り落とそうとした。ただ、その胸元には盾が突き付けられている。炸裂音とともに繰り出された剣身が急所を貫き、悲鳴と同時に崩れ落ちた。

 騎士に続こうと狙っていた騎兵達は、その間合いの読みにくい攻撃に怖れをなすと尻込みした。


 押し寄せる斬撃や突撃が大盾を一斉に叩く。まさか当然のように押し戻されるとは思っていなかったのか、中途半端に間の空いた隙をついて大剣を薙ぎ払う。

 騎兵同士での機動戦が続き機動性を重視したのか防備を落とした兵士が多く見られ、薙ぎ払いに耐え切れずに血を撒き散らしつつ落馬する。

 彼我の間合いが開いた隙に矢が飛来するのに気付いた大男は、背後の守るべき者を守るように移動して叩き落す。射手を狙った魔法が飛ぶのを確認すると改めて騎士と対峙し、吠えるとともに猛然と突きを繰り出した。


 複数の投氷槍アイスジャベリンを上空に待機させるが、散乱させられる事はない。おそらく彼らが陣中に侵入した時点で遠距離魔法攻撃はないと踏んでいる。

 それよりはむしろ魔法狙撃を妨げられるほうが不利になるとの考えだろう。逆に言えば魔法狙撃を警戒しておかねばならない。しかし、今は大盾を構える大男が集中攻撃を受けないようにするのが優先。詰め寄せようとする人馬の群れに散発的に氷槍を投射しつつ随時補充もしていく。

 更に反対側から飛び出そうとする騎馬に二本指を立てた右手を突きつける。そこから風撃ソニックブラストが放たれると、騎士は驚愕の表情を露わに吹き飛ばされていった。氷槍を制御している彼女が、ましてや犬耳を持つ魔法士が反対の手で魔法を使えるとは思いもしなかったのだろう。

 中級魔法くらいなら多重制御の出来る娘は油断無く目配りしていた。


   ◇      ◇      ◇


 槍を躱して柄を噛んで奪い取ったパープルは、正面から薙ぎ払われる大剣を首を下げて避ける。彼の主はその程度の攻撃をもらうほど迂闊ではない。

 ところがその大剣は彼の背を素通りしていく。槍を吐き捨てて見上げると、宙を舞う青年の姿が見えた。


 敵騎馬の鞍に降り立ったカイは、騎兵の顔面に膝を入れる。そのまま胸の中央を踏み付けて馬の背に釘付けにすると、驚く隣の騎兵の後頭部に刃を滑り込ませた。

 刀身は周囲に銀線を刻み、悲鳴を量産していく。敵の姿が無くなると、騎手の胸に薙刀を落とし、再び跳躍した。


 そこを狙っていたのか多数の矢が飛来する。マルチガントレットの風撃ソニックブラストを射出して姿勢制御。矢を躱しながら狙った騎馬に降り立つと、勢いのままに兜から断ち割る。

 再び周囲の騎兵を討ち果たすと、宙に身を踊らせた。すると今度は複数の魔法で狙撃され、空中の姿勢制御では躱し切れない面攻撃を受ける。

 光盾レストアで防ぐと、見上げながら走るパープルの視線。身を捻って元の鞍に着地し、跨がると首筋を叩いて労う。


 彼らの呼吸はぴったりだった。


   ◇      ◇      ◇


 一瞬だけ後方に視線を走らせたチャムは、彼らの健闘に意気を感じたのか、追随してくる味方騎馬の姿を確認する。圧倒的な武威にさらされた敵騎馬が怯んだ隙に、楔を打ち込むように中陣が侵攻して分断しかねない勢いだった。

 しかし、剛腕軍側としてはそんな事を許す訳にはいかず、未だ組織的な動きを見せているように感じた。


 敵騎馬の上を渡り歩くという離れ技をカイが見せてくれたお陰で、散漫な攻撃しか受けていないように思える。ただ、微妙な間合いから何か危険な匂いがした。


「トゥリオ! 警戒!」


 彼からの応えを受け取る間も無く、一斉に敵騎兵が身を躱して道を作る。その先に見えたのはロッドを構える魔法士と放たれた魔法。彼女は左腕の盾を掲げて待ち受ける。


 ミスリルの盾は確かに魔法防御力も高い。数撃までなら魔法も防げるかもしれない。ただ、一撃ごとに脆くなっていくのは間違いなかった。

 それを知っている敵兵は、直後に打ち掛かってくる気配を見せている。


 しかし、チャムは冷静に中指に配置されている起動端子に魔力を流し込んだ。起動線を走った魔力は縦の裏に刻印されている魔法陣の魔法を発現させる。

 光る薄膜のような魔法で覆われた盾は、接触した魔法を瞬時に結晶化させたかのように見えた。その結晶はすぐに崩れ、光の粒となって拡散していく。

 新しい盾の裏に仕込まれていたのは光盾レストアの魔法陣だった。


 マルチガントレットのように、空間に光盾レストアを固定化させるとなると、専用の発生器が必要となる。ただし、刻印された物体を覆うだけならば可能ではないかとカイが研究した成果がこの魔法陣である。

 それはトゥリオの盾にも施してあり、彼らを狙った魔法狙撃は失敗に終わる。そして、その道は射線となる。


 魔法士はその身に鉄弾を撃ち込まれて倒れるのだった。

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