剛腕出撃

(雑兵や半端な騎士では歯が立たんか)

 大胆に突き進んでくる西方の英雄の姿を見てホルジアの表情は微妙に歪む。


 戦場でまみえるに値する勇士か、或いは力劣る者に武威を誇るだけの俗物か? 本領なのか罠なのか、見えない相手に憤懣が募る。


(勇者王をも倒したという信憑性に乏しい噂だけは聞こえてきた)

 明確でない情報が余計に彼を苛立たせる。


 それとて吟遊詩人の歌う英雄譚サーガに花を添えるつもりの創作である可能性のほうが高い。民草とは娯楽にも貪欲で、得体の知れない噂を平気で捏造すると思っている。


(此奴は勇者に負けたと聞く)

 それだけは確かな情報として伝わってきた。

(勇者王より優れた剣士も戦士もいるだろう。それは否定出来ん。ただし、聖剣を持たせたら話は別だ。あれを下せる者など現役勇者以外にはいまい。我こそが例外の一人目になるのだ。こんなところでつまづく訳にはいかん)

 無敵の銀爪などと褒めそやされているが、一度でも敗北を喫している者に強い興味が抱けない。


(魔闘拳士。その伝説、ここで終わりにさせてもらうぞ?)


 ホルジアはその巨躯を馬上に持ち上げた。


   ◇      ◇      ◇


 正規軍騎馬兵団を抜けると珍しいものが見られた。それは心理的衝撃が人の間を伝播していく様だ。

 気付いた者が一歩身を引き、それで目を向けた者が後退る。連鎖的に広がっていき、衝撃が騎馬領兵軍団を波紋のように揺るがしていく。


 彼らが押し通ってきたのは四人だけの力ではない。追随する勇気ある騎士騎兵達が包囲態勢を作らせなかったお陰でもあるし、今確認出来るように騎馬兵団を両側面から脅かしている獣人戦団とベウフスト候軍の力でもある。

 そうと分かっていても、数多くの国を滅ぼしてきた勇猛なる帝国騎馬兵団を少数で圧倒し、切り抜けてきた強大な武威は無視出来ない。ましてや、これまでも散々に苦しめられてきた白ずくめの英雄が平然とした顔でそれを成したとしたら、衝撃が怯えに変わったとしても責められるものではない。


「魔闘拳士がきた……」

「嘘だろ……」

「ぎ、銀爪の魔人だ ── !」


 誰かが上げた恐怖の叫びが恐慌の引き金になる。その中の誰一人として魔人と遭遇した者はいないだろうに、恐怖の代名詞としてその名が口に上る。


「何て失礼な! まるで巨大な変異種魔獣にでも出くわしたみたいに!」

 ただの一度も激突する事無く、潰走を始めた領兵軍を目にしたカイは鼻を鳴らす。

「彼らにはあなたがそう見えているんじゃない?」

「おー、山羊の群れに魔法を放り込んだみてえに、ものの見事に散っていくな?」

「あははー、ちょっと怖くなっちゃっただけですよぅ。誰も本当のカイさんを知りませんもん」

 不謹慎にも笑いが込み上げてきた三人は口々に感想を言う。

「フォローになってないわよ、フィノ。この人の事はよーっく知っているけど、私だって敵としては会いたくないもの」

「揚げ足取らないでくださいよぅ! そういう意味じゃないんですぅ!」

 軽く黄昏ている黒髪の青年に、両の拳と尻尾を激しく振って主張する。


「でも、逆に煽られちゃった人もいるみたいよ?」

 そう下命されでもしたか、逃げ去る領兵を一顧だにせず、本陣の一部が割れて突出する一団がある。

「剛腕……」

「いよいよお出ましか」

 かなり大柄な軍馬に巨躯を預けて歩み来る人影。それは一目で剛腕の異名を持つに値する体躯だと思える。

「さてと、ここは一つお付き合い願いますか」

「ええ、いってらっしゃい」

 麗人は快く送り出す気のようだ。


(そりゃ、そうか。一番効率良くこの戦闘に決着けりを付けられる方法だからね)


 そう思いつつカイはパープルの歩みに身を任せた。


   ◇      ◇      ◇


 改めて見ても小兵である。

 冒険者らしく胸鎧に肩当てだけの軽鎧。頭には鉢金の付いた革覆い。代名詞であるガントレットだけは類を見ない武骨さを見せるが、鎧下も白い平服で全身が白ずくめ。


(だが、我の前に立つ資格は見せた)

 騎馬兵団を討ち破ってきた姿は、彼に立ち会う気を起こさせ、近習の将を黙らせるに十分だった。


 騎鳥の背から降りた魔闘拳士は、長柄の奇妙な武器を抱えたままホルジアの正面に立つ。あまりに自然体で、特に覚悟を決めた風もない様子が癇に障るが、仲間を後ろに下げたままでいるのは見直すに値する。


「訊いておこう。なぜ大国に挑むような無謀をする? なぜ帝国の覇道の前に立ち塞がろうとする?」


 問答無用で斬り掛かるとでも思っていたのか、彼は苦笑する。頭を掻きつつ首を捻り、何と返したものか考えているようだ。


「覇道……、覇道ですか。それはそんなに大事なのでしょうか?」

 眉根に皺を寄せて質問で返してくる。

「帝室が主張しているように、真の平和の為には大陸の統一が肝要だとでも言うのですか? 国が分かれているから争うとでも? 各々が済む地域で文化も違えば慣習も違う。それが対立の種になり芽吹きます。同じ国内でも変わりありません」

「今の状況を見れば分かると言いたいか?」

「少し意味が違いますが、これも一つの形でしょう。国の在り方を問うのも対立の種になります」

 拳士は「悩ましい事に」と付け加える。

「だが、国が分かれているこそ思惑の食い違いが出る。暗黒時代が良い例だろう。一国の思惑が苦難を産み東方を危機に陥れた」


 ホルジアは暗黒時代を例に挙げる。ただ一国が隣国との戦いを有利に進める為に勇者を利用し、ついには死なせてしまった。魔王を倒す術を失った人類は四十年にも及ぶ蹂躙の歴史を刻んでしまったのだ。


「対立を解消する努力を怠り、力を安易に用いようとした愚か者の起こした事故です。国が分かれていようとも、対立を回避する術を考え抜くのが大人というものです。逆に一つの枠に縛られていないほうが柔軟な思考が得られるのではないかと僕は考えています」

 思いを問うように左手を差し向けてくる。

「それは理想だ。物事はそれほど単純ではない」

「単純でないからこそ知恵を持ち寄らなくてはならないのです。唯一の存在がただ命じただけで解消するようなものではないというのは分かるでしょう?」

「中枢に知恵を集めれば良いではないか? 解決法はそこから生み出される」

 いずれ至高の座に至った時には、取り組もうと考えている仕組みを開陳する。

「そんな集権の仕組みはきちんと機能などしません。いつの間にか保身が横行し、互いに折り合いを付けるだけの組織に成り果てます。そこに進歩はありません。実際に帝室周りはおもねるだけの人で埋め尽くされているのでしょう? そして皇帝本人が一組織の傀儡と化している」

「貴様、どこまで知っている?」

「かなり深くまで」

 ホルジアが睨み付けようとも黒瞳は揺らぎさえしない。

「一地方に在ってさえ健常さを保てない国にどうして大陸の覇権など渡せますか? あなた方は暗黒時代から何も学ばなかったのですよ。力だけを求めて愚行に及ぶヤラカナン王国を踏襲しようとしているのです」

「ほざくな! 戦士如きが! 我を倒してから言え!」

 その言動こそが彼の主張を裏付けているとは剛腕は気付けない。


 大剣を抜いて見せると、それに応じるように長柄の武器を構える魔闘拳士。間合いに入らせないよう突いてくるかと思えば自分から動く気配はない。

 ホルジアが踏み込んで長大な大剣を脳天に落とそうとすると、切っ先を上げ剣の腹を叩いて逸らす。そこから横薙ぎに変化すると、またも下から叩かれて跳ね上げられ、しゃがんだ上を通り過ぎる。

 剣筋を見切られているが慌てる必要などない。彼はそんな小手先の技で打ち負けはしない。今度は様子見ではない。相応に力を入れて斬り落とした。


「おっと。重強化ブースター


 逸らし切れなかった斬撃を半身で躱すと黒髪の青年は魔法を唱えた。

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