剛腕VS魔闘拳士
(身体強化? 重ね掛けか)
怪しげだった捌きに変化を読み取ったホルジアはそう理解した。真剣勝負に魔法を持ち込む無粋者かとも思ったが、そうではなかったらしい。
そこから衝撃音が変わる。互いの武器に刃を食い込ませるような斬撃が続く。
彼の剛剣は斬る一撃ではない。叩き潰すように打ち込む。それを逸らすような受けをしていた魔闘拳士が姿勢を変えたのだ。
長柄を掲げて真正面から受け止める。空気の唸りとともに落ちてくるような大剣がそこで阻まれる。更に押し込もうが、一歩も下がらない。
腕の力だけでは有り得ない。しっかりと体幹を通して受け止めているからこそ出来る芸当だ。
(予想よりも遥かに使える、のか?)
体重でも筋肉量でも倍近く有りそうなのに、それを可能とする男にホルジアは瞠目する。
十分に絞りを効かせた一撃も刀身に迎撃される。派手に火花が散るが、魔闘拳士はまばたきもせずに浴びる。
一定以上の技量の者同士の戦いでは、その刹那が勝負を分けると知っているようだ。不用意に足を振り上げず、滑らせるように進める歩法もそれを裏付けている。
横薙ぎを峰で受けた男は、内から柄を足で蹴って大剣を外に弾く。跳ね上がる刀身に鍔元を合わせて止めると、そこを支点に体を入れ替え、引かれた刃がホルジアの胴を薙ごうと走る。
完全に抜かれた大剣は地を叩き、思わず戻した籠手で刃を滑らさなければならなかった。
見れば籠手が斬り裂かれて口を開けている。振りの浅い斬撃で無かったら、手首から先を失っていただろう。
(今の抜き。最近の勇者王の使い方にそっくりではないか? まさかな?)
浮かぶ疑念を振り払うように、大剣で大地を削りつつ後退する。
「嘗めているのね。その人、聖剣ナヴァルト・イズンを折っているわよ?」
青髪の女剣士の言葉は、疑念を確信に変えてしまった。
◇ ◇ ◇
「どうして言っちゃうのさ。油断しているうちに片を付けようと思っていたのに」
敵への援護にカイは口を尖らせる。
「だって面白くないじゃない? あなたを侮ったまま終わらせるなんて」
「なぁ、惚れた女がそう言ってんだ。男を見せとけよ」
トゥリオが煽ってくる。
「僕はそんなタイプじゃないんだよ。力を誇示して勝ち取るとか失礼じゃないか。賛美すべき対象を」
「どうしてカイさんは戦いの最中ほど口説きに入るんですかぁ?」
フィノは、にまにまと笑いながら茶化す。
「…………」
「ほら、怒らせちゃったじゃないかー!」
斬撃は唸りを増し、あたかも衝撃波をともなっているのではないかという勢いで迫る。薙刀を格納した青年は、続けざまの剣閃を機敏に躱し、剣の腹に打撃を入れて大きく弾くと、跳び下がって間合いを取った。
無手で対峙し、構えに入る。
右拳は腰溜めに置き、左半身で肘を曲げ左腕を突き上げるように差しだしている。左手は天を向いており、鋭い五指が貫くように立てられている。
時折り彼が用いる構え。その銀爪をこれ見よがしにする構えは威圧感を相手の目に映す。獣が牙を剥くようなものだ。
同時に駆け寄り、ホルジアの放つ横薙ぎを屈んで躱す。足払いを掛ける挙動まで起こすが実行はしない。先の横薙ぎは誘いだ。手首を返した斬撃が上から落ちてきている。
地を滑るように身体を横に流しつつ剣の腹に一撃を加える。人差し指と中指の第二関節を突き出した右拳は、大剣の重量をものともせずに遠く弾く。
左の五指で大地を刻んで身体を止めると、今度は握り込んだ右拳を伸び上がりながら振り抜く。地を擦りながら大剣を引いた剛腕は上体を逸らして躱した。
後ろ重心となったホルジアが放つ数撃を左で捌く。これは力の籠っていない牽制。自分の間合いに持ち込もうとしているのだ。そうはさせじと捌きつつ踏み込み、右足で大地を叩いて
空気を打つ音を鳴らせたカイの拳は、ホルジアが身体の前に翳した大剣の腹を叩く。それなりの名剣らしく砕けたりはしなかったが、支えの左手にも相当の衝撃を伝えたのだろう。大剣使いは顔を顰めている。
だが、その顔が笑みに変わっていった。
「良いぞ! 良いぞぉ、魔闘拳士! なぜ隠す? なぜ我に味わわせなかった? こんな美味はなかなかにお目の掛かれんぞ!」
爛々と瞳を輝かせつつ、ぶつけるように大声を放ってくる。
「熱っぽい目で僕を見るのは止めてください。そういうのは苦手なんです」
「どうしてだ? 愉快ではないか! こうも我を楽しませてくれるのは勇者王しかいなかった。その女が言った聖剣を折ったという話、あながち嘘とも思えんな! これは良い!」
「ナヴァルド・イズンならちゃんと直して差し上げましたよ。目の前であんな世界の終わりみたいな顔されたら、罪悪感でご飯が美味しくなくなるじゃありませんか? 貴方も遊び相手が減らなくて良かったんじゃないですか?」
更に燃え立つような剣気を放ちつつ、剛腕は大剣を構え直す。
「然りだ。聖剣を持たぬ勇者王など面白味の欠片もないではないか?」
「だったら少しは感謝して軍を引いてくださいよ。別に僕はあなたと遊びたい訳ではないんです」
「つれない事を言うな。もっと我と立ち会え。もっと楽しませろ。さすれば叛乱軍の輩ども、生かしておく価値があるというもの」
その台詞にカイの瞳は剣呑な色を帯びる。
彼が先陣に位置するならば、ホルジアは何度でも立ち会う為に西部連合に手心を加えるという意味だ。そうでなければ踏みにじるつもりだったとしか思えない。
この第一皇子、武人としては最たるものであるが、それ以上に求道者であるらしい。決して良い傾向とは言えない。
(単純ではあるけど、それだけに危険だな。獲物をいたぶるタイプの獣だ)
相手が限界までの力を発揮して抵抗してくるのを愉しむ嗜好を持つ人間がいる。行動指針は明解だが、時に偏向した嗜虐性を発揮してしまう可能性が高いタイプだ。
カイの構えが変わる。今度は右半身で左の拳が腰溜め。軽く肘を曲げて突き出した右手は四本貫手を形作っている。寄らば斬るといった、まるで抜身の刀のような空気を漂わせるが、それが伝わっているかは分からない。
彼の変化に哄笑を上げて斬り掛かってくる剛腕。
斜め上からの斬り落としを手刀と噛み合わせて逸らす。地を食む寸前まで落ちた切っ先の方向へ踏み出したホルジアは腕力だけで大剣を返し、大振りな横薙ぎを放ってきた。
身体を沈めて右肘で打って逃がす。左の拳を掌底に変えて胴に打ち込む。これは踏み込みが浅いので有効な打撃ではないが、身体が泳いだ相手にたたらを踏ませるには十分だ。
(終わらせる)
その隙を突いて大きく跳び退ったカイは、更に大きく跳ねて距離を取る。そして一気に加速して助走に入った。
低く迫る突撃に剛腕は突きを放つ。カイはそのまま踏み込み、切っ先を眼前にまで引き寄せた。
そこで彼の両の手刀が交差し、切っ先は折り砕かれて飛ぶ。首を傾けてもう一歩踏み込むと、大剣の主は目を見開いていた。手首を返して交差した手刀で鍔元から折り砕く。
低く懐に潜り込んだカイが拳の翼を開く。がら空きの胴へ右拳を打ち込むと、大振りな
堪らず下がった頭に左のフックを送り込んで揺らす。伸び上がって右の裏拳を後頭部に落とすと剛腕は大地に突っ伏した。
「一軍の将の心得はお有りですか?」
背後からマウントを取り、首に右腕を回す。そこで問い掛けた。
「当たり前だ」
「では、お覚悟を」
少しだけ間を置いたカイが右腕に全力を込めると、何かが砕ける感触がした。
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