決別の剣閃
騎馬兵の突き下ろしの槍や斬り下ろされる長剣は歩兵にとって脅威以外の何者でもない。普通なら突進を受ければ簡単に崩されかねないのだが、相手が獣人兵となると少々事情が変わる。身軽な彼らはそれらの攻撃を避けて反撃してくるのだ。
その上で足元の弱い馬の足を刈り騎兵を引き摺り落として倒していく。騎兵は眼下を走り回る獣人兵の動きを見定めなくてはならない。
普通ならそれでも五分の戦いが出来るのだが、今は集中を欠いている。足元をうろちょろする獣人兵に気を取られていると狙撃される。
発射音とともに迫る危機は、少し前まで彼らにとって味方であった筈なのに、今は恐怖の対象に変わってしまった。
金属針が急所を貫けばそれで終わり。身体のどこに当たっても痛みで落馬に追い込まれれば、獣人兵の剣に掛かって戦死が待っている。
騎馬隊の突撃に今一つ勢いが感じられないのは、それが原因だった。
◇ ◇ ◇
「るああーっ!」
振り下ろされた大剣は獣人侯爵イグニスの長剣の刃で止められる。
「力比べなら負けんぞ、レイオット」
「貴様はもう敵か!? ただの叛逆者なら我が名の糧になれ!」
デュクセラ子爵の中に英雄願望は感じられていた。
貴族としても騎士としても身を立て、歴史に名を残そうという望みを抱いているのは理解出来るし、その為の努力をしていると思う。若さが抱く希望は好ましいとは思ったが、ただ上を向いて突き進んでいる姿は妄執に見える。
正義を語り、大義を背負い、純粋に未来を目指していた以前の彼は今は影もない。間違った情熱に捕らわれた大剣は軽かった。
「目を覚ませ、レイオット。この戦いのどこに大義がある。お前は俺の中に叛意を感じていたか? だとしたら悲しいぞ」
受けて逸らした刃は抜いて落とす。斬り結んでいれば乱戦では隙になる。
「貴様の忠が帝室に向いていなかったのは事実だろうが! 片目で帝室を見、片目で
「獣人として橋渡しがしたかっただけだ。帝国が住み良い国であれば我らは安心して暮らせる。愛国心が生まれれば貢献も出来て、共栄の道は拓ける。解らないか?」
「はっ! 本音が出たぞ! 貴様は獣人のことしか考えていないんだ! 尻尾付きが!」
それは東方で言う獣人の蔑称だった。
耳にしたイグニスの眉間に皺が寄る。友人と思っていた人物の口からは聞きたくない単語だ。
馬首を返して再び打ちかかろうとするレイオットの鼻先を何かが掠め、かざした切っ先が金属音を立てて弾かれた。
「下がりなさい、下郎! その下劣な口を閉じなければ、私が二度としゃべれないよう喉を裂いてあげるわ」
走った銀閃の主は割って入ると、相手を悪し様に罵る。眉は吊り上がり、緑眼が爛々と輝き、怒りを露わにしている。
操る青い騎鳥が「クルル」と喉を鳴らして威嚇すると、馬は怯えて後退りしようとした。
「待ってくれ、チャム! 彼は友と呼んだ男だ。俺が……、俺の手で決着を付ける」
それは決別の言葉であり、覚悟の叫びだった。
「……無粋だったわね。ごめんなさい。あなたの信念を見せて」
「ありがとう。恩に着る」
狙いの明確でない鉄弾がばら撒かれ、僅かながら戦場が拓ける。彼女の気遣いに素直に感謝を述べた。
「お前との関係は人族と獣人を繋ぐ一助になると考えていたが、俺の買い被りだったようだ。つまらん感傷は捨てるぞ、レイオット!」
唸りを上げて迫る大剣を全力で弾く。続く突きをものともせず、英雄願望を抱く子爵は一歩も退かずに前に出てきた。
切っ先は
前腕に刃が浅く入り、血が
「うああーっ!」
跳ねる剣身とともに、半ばから斬られたレイオットの左腕がくるくると宙を舞う。
「さらばだ、友よ!」
「やられるかー!」
長剣を寝かして馬を走らせるイグニスに対して、右腕一本で大剣を支えて突き進むレイオット。
大剣の突きの下に剣を滑り込ませた虎獣人は力の半減した突きを跳ね上げ、そのまま懐に入り込むと右肘で顎をかち上げる。焦点の定まらない目を向けてまだ斬り掛かろうとするレイオットに彼は切っ先を彷徨わせると、胴に突き込んだ。
「すまん、レイオット。これが俺の甘さだ」
ひと思いに首を刎ねる事も出来たのに、身体を投げ出すように肩から突っ込んで腹に切っ先を埋め込んでしまった。
「ぐふっ」
「苦しめてしまう。許せ」
剣を捻って致命傷を負わせる。そして引き抜いた。
血に濡れた剣を払う気になれない。それが自分の背負った罪の証のように感じられた。
馬からずり落ちて大地に赤い染みを広げつつある男は、浅く短い息を繰り返して絶命寸前。見下ろす獣人侯爵の瞳は潤んでいる。
過去の記憶が頭を駆け巡り、そこが戦場だと忘れそうになった。
「父上殿に遺す言葉はあるか?」
震える舌で言葉を押し出す。
「き……さま……、をたお……して……、わたしは……」
「そうか……」
落胆が心を苛む。濁った眼は妄念から抜け出していない。
イグニスは強く牙を噛み締めて上を向いた。
◇ ◇ ◇
剣が火花を散らす。
(驚いた。力押しで俺と五分に打ち合うのか?)
帝国第三皇子ディムザは決して恵まれた体格を持っている訳ではない。見た目、
なのに彼の斬撃から感じられる剣圧は大男のそれに劣らないと感じられる。よほど高い身体強化が入っていないと有り得ない話だ。
「やるな!」
不思議と悔しさより楽しさに近い感情が湧いてくる。
「君こそずいぶんを腕を上げたんじゃないのか? デニツク砦で見た時より鋭さを増しているぞ?」
「鍛錬も欠かしてねえし、どこぞの国が色々とちょっかいを掛けて来てくれるからよ、実戦にも事欠かねえんだよっと!」
「皮肉るな。西方へは手を出してないんだから、そっちが入り込んできているんじゃないか?」
話しながらも大盾に感じる衝撃は凡百の戦士の比ではない。
「いやいや、善良な流しの冒険者をいじめるもんじゃねえぞ?」
「善良な冒険者は大国の帝宮を脅かしたりはせんだろうが?」
「手を出して来なきゃ、そんなバカげたことは起こらねえって!」
「可能だと思わせるところが脅威だって解れよ」
「あいつは誰にでも噛み付く狂犬じゃねえって言ってる」
「それでも無視出来ないのが人情ってものだ」
(違えねえ。違えねえがそれを寛容に受け止めるのが大国の度量ってもんじゃねえか?)
武力にものを言わせているからこそ、武威を脅威だとしか感じられないのだろうと思う。味方でなければ敵。単純であるからこそ筋は通っているように思える。
打ち合っている傍を紫光のビームが薙ぎ払う。雷撃で落馬する騎士が続出し、攻め手の騎馬隊の一部が瓦解すると、そこに紫色のセネル鳥が割り込んでくる。言わずと知れた青年の黒瞳が
「用があるのは僕にでしょう? つまらない手出しをしないでいただけませんか?」
待っていましたと言わんばかりのディムザの笑いが、トゥリオに不快感を抱かせた。
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