刃主vs魔闘拳士(1)

 序盤から両軍が騎馬隊で歩兵の突出を牽制する動きが、双方の間に間隙を作ってしまっている。本来なら均衡が破れた側から雪崩れ込むその空間に二人の男が対峙していた。

 未だ戦闘は継続しているが、互いにどこか集中を欠いた様子が見られる。それは、その二人の戦いの帰趨が戦闘の局面に大きく影響を与えると感じられたからだ。


 一人は一軍の将にして帝国第三皇子。華麗な装飾を施された軽鎧を纏い、長剣を構える様は勇壮な雰囲気を漂わせる。刃主ブレードマスターの異名を持つ彼の武勇は、東方にあまねく知れ渡っている。


 一人は白い簡素な軽鎧に、白い頭覆いヘッドギアの冒険者。どこからともなく現れた男はその強力な武装と武威をもってこの戦いを支えてきた。落ち着いて佇む様子には、自信を裏打ちするような風格が漂っている。


「これは如何にも礼を欠くでしょうね?」


 そう言うと、冒険者は手にしていた薙刀を格納する。それでも無手には見えない。なぜなら彼の両腕には腕の三倍近い太さを持つ武骨なガントレットが装着され、微かに青い銀爪が剣呑な輝きを放っている。


「そうでなくてはな。挑んだ甲斐がない」

 にやりと笑う口元には、いつにないほどの期待が含まれているように思われる。

「僕を押さえられるかどうかが今後の戦略に影響すると考えてらっしゃるのでしょう? そんなものに捉われていては大局を見誤ってしまいますよ?」

「どの口で言う? 君は大局そのものではないか。少なくとも俺はそう理解している」

「個の武威を否定しなければならない尚武の大国の皇子が、個に振り回されてどうするんです」

 冒険者は苦笑を返す。

「論じても詮無い事だ。事実は変わらん」

「それらしく武で語りますか」


 申し合せたように双方が駆け始めた。


   ◇      ◇      ◇


「問題無いのか? 戦いぶりを知らんだろうが彼はあの刃主ブレードマスターだぞ?」

 狙いを定めさせないよう、機動を続ける騎馬隊を牽制している青髪の美貌に問い掛ける。

「気にしなくても良くてよ。あの人がこの局面をどれだけ重視しているか読めないから明言は避けるけど、劣りはしないから」

「それは……、いや……」

 ディムザが彼に執着する理由がそれなのだろうと理解する。


 レイオットの亡骸は丁重に運ばせた。将、或いは貴族と一般兵の亡骸は同様には扱えない。軽々に引き渡す訳にはいかないのだ。


 指揮官を失ったデュクセラ騎馬隊の動きは単調で、なおかつ積極性には欠いている。正規軍の手前、退くに退けない心情を表しているかのよう。

 チャムやフィノの遠距離攻撃でゆうに撃退できる程度の突進ならば、カイの救援に向かうのも難しくはないのだが、彼女らは不要と考えているようだった。


 二人は同時に接近を始め、激突する。


   ◇      ◇      ◇


 目にも留まらぬ突きが飛んでくる。それは想定内だ。

 身体を逸らして避ければ反撃への態勢を維持出来るがそれはしない。予想よりも伸びてきた時に崩されるからだ。しっかりと足を使って躱す。


 紙一重の見切りなど、長い対戦の中で完全に相手の間合いを把握していなくては使えるものではない。技量の高い相手ほど奥の手を隠し持っているもの。試合の中でならともかく、戦闘中のその油断は命の危機に直結する。


 蹴り足に大地を抉らせつつ踏み込んで爪を下から跳ね上げると、長剣は鍔元から斬り飛ばされて宙を舞う。

 ベウフスト候軍側から歓声が上がるが、帝国正規軍は騒ぎ立てはしない。戦いは序の口だと知っているとでも言いたいのだろうか?

 それを証明するように、左手に現れた槍の穂先が下から迫る。手刀で払い除けると、今度は柄を投げ捨てた右手にも槍が出現し、側頭部に鋭い突きを放ってきた。

 屈んで躱し、飛び退いて間合いを空ける。


「やはりそういう仕掛けですか」

 両手に槍を構えるディムザに話し掛ける。

「当然君相手に小出しにはしないさ。本気で行かせてもらう」

「全力で、と言わない辺りが小憎らしいですねぇ」


 これが『刃主ブレードマスター』の異名の所以だろう。

 戦いの途中で武器を失おうが、間合いで不利な相手と対しようが、状況に見合った武器を『倉庫』から展開し、その全てを巧みに扱う。どんな刃であろうが、彼が手にすれば無双の武器に変わるがゆえに主と呼ばれているのだ。


 振り子のように交互に繰り出される槍の突きは、間断なくカイの急所を狙ってくる。不用意に踏み込めない連続技に彼は押されていた。

 普通なら払いつつ踏み込めるのだが、その一撃一撃が異様に重い。払いを掛けて、こちらが揺らされれば隙になる。その僅かな隙が形勢を大きく傾けてしまいそうで踏み込めない。


(これはまともじゃない。この手応えは異常だ)


 連撃の隙間を見出せないカイは、多少強引な手に出る。

 集中して一撃を受け流すと、そのまま回転して身体を中に入れ、引き戻されている途中の穂先を掴む。引きながら握り潰し、柄ごと相手を崩そうとしたら、今度は手応えがない。

 あっさりと槍の柄を放したディムザの手にはダガーがあり、それは回転したばかりのカイの眼前に迫っていた。


「ギリッ!」


 逆手のダガーは頭覆いヘッドギアを削って通り抜けた。着けていなかったら、深めに切り裂かれていただろう。

 転がって間合いを取る瞬間、後方のチャムの顔が悲痛に歪んでいるのが見えた。


重強化ブースター


 起動音声トリガーアクションとともに飛び起きて地を蹴り、ダガーの二撃目をへし折りながら、伸ばした銀爪はこれまでの比ではない速度を持っている。しかし、ディムザの頬を掠めたに留まる。完全に同等の反射速度だ。


「そう来なくてはつまらないな」


 刃主ブレードマスターの目も獣の色を帯びていた。


   ◇      ◇      ◇


  ディムザの力は天性のものではない。


 彼の背中の真ん中、肩甲骨の下辺りに入れ墨がある。二重円が幾何学的な線で彩られ、独特の図形を描いている。言わずもがな魔方陣である。

 全てを魔法文字で象る魔法陣は、特殊な効果を生み出す。彼の場合は身体強化の重ね掛けであった。


 極めて微細な粉末に磨り潰した水晶を混ぜた墨で描かれた魔法陣は五倍を加算する重ね掛けの効果を有している。元々、五倍近い身体強化の入っていたディムザは、それの効果により十倍の身体強化を得ているのであった。


 当然不自然なものである。彼は或る術式の被験者なのだ。

 その術式は身体に自然に馴染むよう、生まれたばかりの赤子に対して施された。

 被験者のうち三割は、施術の痛みでショック死した。

 次の三割は身体に馴染む前に魔法陣から血を噴いて失血死した。

 更に三割が訓練中に全身の筋肉が幾重にも断裂して、内出血で体色が変化するような状態で死亡した。

 運良く残った者は、精神に異常を来すか、驕りの果てに犯罪を犯して断罪された。

 僅かに残った数名のうち一人がディムザ・ロードナックであった。


 身体強化を記述化した魔法陣は扱いが難しい。カイが組み上げた任意起動のものでも、主魔法陣に身体特性に合わせて調整した二つの従魔法陣を組み合わせないと使用に耐えない。つまり重強化ブースターは個々に調整されているのだ。


 同一の施術を幼子に施して、更に強制的に魔力を吸い上げて常時起動しているそれは身体には負担を強い、生存者が少ないのは当然だと言える。

 それでも弊害はなかった訳でなく、幼い時から力を制御出来ず、乳母に度重なる負傷を追わせて疎まれる。誰もが彼に近寄りたがらない孤独な幼少期を過ごさざるを得なかった。


 施術したのは神至会ジギア・ラナンである。それだけでも恨みの対象なのに、今度は彼が大事にしている帝国をも滅びへと導こうとしているように感じている。


(絶対に許してなるものか)


 ディムザの胸にあるのはその思いだった。

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