彼と彼女の魔法

 縛って転がしておいた盗賊を、近くの街から呼んできた自警団に引き渡す。その為に『紅蓮の翼』の一人に無理を言って走ってもらったのだ。

 現場に放置しておいても構わないのだが、賞金首でも混じっていれば幾ばくかの金にはなる。転んでも只では起きないのが辺境精神というものだろう。


 その前に頭目を締め上げて聞き出したところによると、ホルツレイン国内で暴れていたのだが、加減が過ぎて騎士団まで動員されて相当追いまくられたようだ。仕方なく生き残り達で結託して国境を越えたらしい。

 だが、ろくに稼げないうちにバーデン商隊に当ってしまってこのざまだ。普通なら最後の悪あがきで強情を張ったりする場合もあるが、近くをカイがうろうろするだけで「ヒッ!」と声を上げてケロケロとよく吐いてくれた。


 どちらにせよ縛り首の運命だろうが。


   ◇      ◇      ◇


 このは本来なら次の街へ夕暮れまでに到着でき、そこで一泊する予定だった。

 オーリーからはそう説明がなされており、ベッドでゆっくり身体を休められたり湯を用意してもらって身綺麗に出来るのを喜ぶ者、夕食時の飲酒を楽しみにする者、冒険者の男達の中にはその後のちょっとしたお楽しみを画策する者など、盛り上がったのだ。


 しかし、現状、ほとんどの者が昼食も抜いたままうなだれて体力の回復に専念したり、干し肉を齧るのが精々といったところだ。


 チャムの追求から逃れたり逃れられなかったりしたカイだが、何とか陽射しのある内にと作業を始める。

 周りで石を拾ってきて幾つも大きめの窯を組む。本当は枯れ木も拾い集めたかったが、さすがに時間が足らず虎の子の炭を『倉庫』から取り出して炭火にする。その上に金網を敷いて上に載せた大きめに切り分けた肉がじゅうじゅうと音を立てて良い薫りを漂わせた頃には皆が喉を鳴らしてのろのろと動き始めた。


「誰でも好きに取って食べてね」

 そうカイが言うと、様子を伺っていた者達も手を伸ばすのだった。


 早々に自分の分を確保したチャムは見た目を裏切って豪快に肉にかぶりつき、「美味いっ!」と健啖ぶりを披露している。

 お腹に物が入って少しずつ笑顔が戻り始めた頃に、オーリーが酒を持ち出してきて振る舞う。ただの宴会に様子が変わるのに、そんなに時間は必要なかった。


「上手くいったみたいね」

「やっぱり食べないと元気出ないからね」

 火の照り返しを受けながら肉を口にしていたカイにチャムが話しかける。

 彼の膝では、肉の誘惑に早々に負けてお腹を満たしたタニアが疲れ果てて眠っている。彼女の衝撃の一陽一日はやっと終わりを迎えたようだ。


「料理もそうだけど、荒事も手慣れているのね。全然堪えている風がないわ」

「色々あったからね。人死ににも慣れちゃったよ」

 吟遊詩人の唄う『魔闘拳士のサーガ』を思い出せば、彼が敵の軍勢を前にしても怯まなかった様子が語られている。彼は見た目によらぬほどの経験を経て今に至っているのだ。

「そう言えば、あなた、幾つなの?」

「あー…、ホルツレインに来た時十六で、そこにいたのが七輪7年、あれから六輪6年経っているから二十九?」

「何で疑問形なのよ。そもそもそんな年に見えないじゃない」

「若作りでしょ?」


 それはカイにしても解らないところなのだ。

 異世界で七年を過ごして日本に戻ってみると、行方不明になっていた期間は七ヶ月だと言われる。半年を日本で過ごしてまたこちらに来て日付を問うと、六輪6年も経過していると言うのだ。

 時間の流れが異なっているのは理解出来ても、それが身体に与える影響を計りかねている。正直に伝えたいところだが、人の耳の多いところでするような話でもないので誤魔化しておく。


「怒らせたいの?」

「うそうそ。『リペア』の影響もあるかな? そう言えばチャムの魔法も面白いよね。僕、初めて見たよ」

 露骨な話題転換だが、それはチャムの琴線に触れたようだ。

「古い魔法よ。今では使う人はほとんど居ないわ。見ての通り起動に時間が掛かり過ぎて接近戦じゃ使い物にならないのよ。昼間も使えば戦局を変えられたはずだけど、あの状況で使おうとすると決定的な隙になるから無理。全然ダメでしょ?」

「確かにね」


 通常の魔法は一般に『音声魔法』、又は『発声魔法』と呼ばれる。

 脳内の魔法演算領域で構成された魔法は、魔法士の発声と共に発現する。その時、声の強弱は無関係なのではあるが、意識の切り替えの為のキーワードなのでしっかりと発声する者が多い。


 対してチャムの魔法は、空間に魔法構成手順を書き連ね、そこに魔力を通す事で発現させるもののようだ。

 特殊な手法のように思えるかもしれないが、そうでもなかったりする。

 実は一般に普及している魔法具は、この魔法構成手順を専用の魔法文字で表記された刻印に魔力を通して発現させる。魔法士が脳内でやっている処理を物理的に書き込んで利用しているのだ。

 その分、威力の強い魔法や複雑な手順を必要とする魔法はなかなか刻印では賄えないが、魔力容量が小さく魔法士になれない者達が生活に必要な魔法を使うには十分と言えよう。


「それを言えば僕なんか五大属性魔法は全然ダメなんだけど」

「え? しっかり使っていたじゃないの」

「あれはマルチガントレットに仕込んだ刻印魔法。素手だと火種を作るとか鍋に水を注ぐのも無理」

「へー、それじゃ、どちらかと言えば刻印士なの?」

「そうかも」


 刻印士というのは魔法具に刻印を施す仕事だが、既存の刻印なら魔法文字を勉強した者は誰でも可能だ。

 しかし新たな刻印の開発となると、そのほとんどが魔法研究者の仕事になる。カイは後者に近いのだが、詳しくない者には区別がつきにくい職業なのだろう。


「僕が得意なのは変形魔法と変成魔法なんだ」

「それはまた珍しいやつの使い手なのねぇ。総合するとまるっきり魔法具屋向きじゃない?」

「適性だけだとそうなるけど、やっぱり僕は拳士だからね。攻撃に使える刻印開発のほうに重きを置くよね」


 変形魔法は読んで字の通り、物質を変形させる魔法。一時的に分子間結合力に働きかけて温度に関係無く変形させることができる。

 変成魔法は物質の相を変化させる魔法。例えば石ころからケイ素を抽出して、結晶化させてガラス、更に格子結晶化させて水晶にするような手順を魔法で実現する。

 どちらも適性だけで使えるようなものではなく物質の構成に関する深い知識を必要とする難しい魔法とされるが、現代教育を受けているカイの知識で何とか手の届く範囲。


 お互いのことを語らううちに夜は更けていくのだった。

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