ホルムトへの道

跡始末と…

 再び異世界に舞い戻ってからも様々な出会いが有った。


 バーデン商会の素朴な人達との出会いは彼の心に安息を与えてくれた。


 何よりチャムとの出会いが大きい。明らかに違和感があるであろうカイを普通に受け入れてくれた。彼は新たな生きる目標が出来たと心から思っているのだ。


 そう、まだカイにも出来る事があるのだ。そう思える限りは、この異世界を駆け抜けていこうと思った。


   ◇      ◇      ◇


 戦闘は終わったが被害は甚大だった。

 怪我を負った者は多数に及ぶが回復魔法の使い手がカイとチャムを除けば『紅蓮の翼』の二人だけ。本当ならまだ息のある盗賊の捕縛を急がねば思わぬ反撃を受ける結果になりかねない。

 その為には軽傷の者を動ける状態にして捕縛に回すべきなのだろうが、それをやると命に関わる重傷者が危なくなる。解決策を提示してくれたのはオーリーだった。

 従業員を動員して盗賊団を捕縛して回ってくれたからだ。


 治癒に専念出来るようになった四人は危ない順に回復魔法を使っていく。

復元リペア

 カイの使う魔法は治癒ではなく復元魔法だ。

 斬られた傷はもちろん、えぐれてしまっている傷もきれいに復元する。ただし、いくら魔法でも無から有は生み出せないので、その分の物質は他の身体の部分から補完される。つまりえぐれた分の体重は減ったまま。


 隣ではチャムも黙々と治癒に勤しんでいる。

 彼女の魔法は治癒魔法のようだが詠唱はない。差し出した指先に生まれた光点で傷口に文字を書くと傷が塞がっていく。カイにとっては見慣れぬ魔法だが広い世界にはそういう魔法もあるのだろうと思ったし、その文字が馴染みあるものに近かったのでとりあえず置いておく。


「辛くなったらすぐに言って。取り置きの魔石があるから魔力補充出来るよ」

「ええ、いけないようなら頼むわ。あなたならこれ、なんとかなる?」

 チャムが身体をずらして怪我人を見えるようにすると、腕が皮一枚で繋がっているだけの状態だった。

「切り口を合わせるように支えてくれる?」

「これでいい?」

「うん、『復元リペア』」


 流れ作業のようになりつつあった治癒もやっと一段落すると、次は遺体の処理だ。

 盗賊の遺体は森に放り込んでおけば魔獣の餌になるので、腐乱遺体が病原になったりはしない。残酷に思えるかもしれないがこの世界の犯罪者の末路などこんなものだ。


 次に、並べておいた五人の冒険者の遺体を弔ってやらなければならない。

 ここで問題になるのは、微生物を除き生物は絶対に格納出来ない『倉庫』なのだが、遺体なら格納出来る・・・・・・・・・事だ。

 遺族にしてみれば、遺体と綺麗な形で対面出来ればそのほうが喜ばしいだろう。ただ宗教的側面から見た場合、道具や食料とかを格納している『倉庫』に格納するのは遺体への冒涜だとする意見が多いのだ。

 だから旅先で不運にも倒れてしまった者は遺品と共に遺髪が持ち帰られる事になる。遺髪が取れなければ遺灰だ。そして遺体は焼かれて埋葬される。


 火葬を他の者に任せたカイは隊商主の箱馬車に向かった。御者台を覗くとオーリーがへたり込んでいる。

「済まない、手伝えなくて。腰が抜けてしまって動けんのだ」

「とんでもない。オーリーさんは勇敢でしたよ?」

 情けない姿を自嘲するオーリーを慰めたカイは、箱馬車の扉を開ける。アリサに慰められて落ち着きつつあったタニアだが、カイの姿を見ると再び大粒の涙を流し飛びついてきた。

「ごめん、怖かったね…」

 まだ震えが止まらないようだ。

 これほど命の危険を感じたのは初めてだったのだろう。背中をさすってあげていると嗚咽の声も小さくなってきた。

「タニアちゃん」

「…」

「僕が怖くはないのかな?」

「!?」


 箱馬車の窓からは大立ち回りを演じて、容赦なく盗賊を斬り飛ばしていた自分の姿が見えていたはずだ。そうカイが問いかけてきているのにタニアは気付く。


「んん ── !」

 声にはならないが、慌てて抱きついたまま首を振りまくるタニア。


 その姿にカイはタニアをギュッと抱きしめて「ありがとう」と伝えた。


   ◇      ◇      ◇


 後始末が一通り終わったら商隊を少し移動させる。血と屍肉の匂いに釣られた魔獣に襲われたら敵わないからだ。

 この時ばかりはタニアを安心させるために箱馬車の中に入れてもらった。父母に取り縋り、カイとチャムが傍に居ればタニアも少し落ち着いた様子を見せる。


 開けた場所に陣取ると、皆が思い思いの場所にへたり込んでぐったりとする。生き延びた喜びと仲間を失った悲しみがない交ぜになって感情が動きにくくなっているようだ。

 しかし、一人ばかり違う感情に支配されている者がいた。


「ねえ、そこの魔闘拳士さん。宜しければ説明をいただけないかしら?」


 地面に胡座をかいて一応周囲の警戒もしていたカイは、背後から掛かった声にビクッと反応する。

 恐る恐る振り返り、引きつらないよう最大限努力した笑顔を向けるが、どうやら容赦してくれそうな様子ではない。


「えーと、どの辺りをでしょう、チャムさん?」

「この期に及んでそんな台詞を聞くとは思わなかったわ。私のパーティー仲間はずいぶんと豪胆なのね?」

「いえいえ、滅相もない。秘密にするつもりなんて欠片も持ち合わせていなかったんだよ? ただ、そっちの通り名のほうは自分から名乗った事なんてほとんど無いんだってば。だから『僕があの魔闘拳士です』なんてわざわざ言ったりしないし、したくないから」

「舌の滑りが良くなったところを見ると罪悪感は有るみたいね」

 どうあっても逃がすつもりなんてないらしい。


「…ごめんなさい」

「最初から謝ればいいものを。で、他に伝えておく事は無いわけ?」

「そりゃ言ってない事はいっぱい有るけど、この後ホルムトに着いたら色々解るから勘弁してもらって良い?」

「まあ、そうね。魔闘拳士の発信地はホルツレインだものね。そりゃ色々と聞こえてくるでしょうね」

 何とか落としどころに持って行けたようでホッとするカイ。後々の不安はあるが仕方無いだろう。


「でも、ありがとう、助けてくれて。あの時、ちょっとだけ覚悟したのよ」

「安心して。あんな奴らにチャムをどうこうさせるなんて僕が絶対に許さないから」

「頼りにしてるわ」


 肩に手を掛けて囁いてきたチャムに決意を告げるカイだった。

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