獣人郷の未来
デデンテ郷
ここからの眺めが好きだった。地面にペタリと座り、意味があるのかどうか分からない柵に背中を預けてボーっと南を見続けるのが。
特に何か面白い事が有る訳でもない。ただ、その向こうに人族の大地が広がっているのを想像するとワクワクする。自分がそこへ踏み出していきたいと思っているのかも定かではない。それを決めるにはまだ少し時間が有るとは思っている。
狩りも採集も無い
ところがその
◇ ◇ ◇
丘を越えてその集落が見えてきた時、皆がフィノを振り返った。
「あれがデデンテ
「へぇ、そうなの」
「でも、何か来てるぜ」
集落から続く獣道のような痕跡だけの道を、土煙を上げながら何かが接近中だ。彼らは警戒させないように
その何かは彼らの前で急ブレーキを掛けて止まった。見上げたその頭は縞々の毛皮に覆われ、猫耳がピンと立っている。
「お客さんかにゃ?」
「そうだよ」
興奮を表すように縦長の筈の瞳孔が真ん丸に広がっている。そしてじーっと観察してくる。
「頭が黒い人族にゃ!」
カイを見て言う。
「綺麗な人族にゃ!」
チャムを見て言う。
「でっかい人族にゃ!」
トゥリオを見て言う。
「犬にゃ…」
フィノを見て吐き捨てた。
「何ですかそれは! ええ、犬ですよ! 悪うございましたね!」
「こらこら、喧嘩しないの」
苦笑いしながらチャムが止めに掛かる。
「猫さん、君は何ていうのかな?」
「マルテはマルテにゃ!」
どうやら彼女はマルテという名前らしい。
「あそこの郷の子?」
「そうにゃ。デデンテのマルテにゃ!」
うずうず、そわそわ。
「デデンテ郷で間違いないんだね。お邪魔しても大丈夫かな?」
「お客さんは珍しいけど問題無いにゃ」
うずうず、そわそわ。
「誰かに許可貰ったほうが良いのかな?」
「マルテにはわかんないにゃ」
「長が居る筈ですぅ」
「なるほど、その人に会ったほうが良さそうだね」
うずうず、そわそわ。
「その人のところに案内してもらえるかな?」
「……」
「マルテ?」
「…鳥にゃ ────── !!」
一声あげてパープルに襲い掛かっていく。
「おや?」
一瞬で終わった。
マルテはパープルに頭を咥えられてぷらーんとぶら下がっている。額から血を流しながら。
「ダメだよ、パープル。お腹壊しちゃうよ」
マルテを救出してリペアを掛ける。
「強敵にゃ。マルテの永遠の
「それは止めてくれるかな?」
簡単に自己紹介した後にカイ達はマルテに連れられてデデンテ郷に入っていく。
人族の街のように魔法で作られた土壁の家屋は無い。全て木製の簡素な作りをして、屋根は何かの非常に大きな葉で葺かれている。その葉には見覚えがあるカイだが、何よりここは異世界。確信は持てない。
そのまま進むと大きな水瓶らしきものを中心にして、男衆がナイフの手入れをしているようだった。その中の一人がカイ達に気付くと皆に声を掛け、のっそりと立ち上がる。
「デデンテ郷に何の用だ、人族?」
「やめるにゃ! この人族はマルテの客にゃ! 手出しは許さないにゃ!」
「子供は口出しするな」
強く押し退けられたマルテは転んでしまう。すぐにチャムとフィノが駆け寄って助け起こし、後ろに庇う。チャムの顔には少しの怒りが窺えた。
ずいと押し出してきた巨漢の獣人に対抗するように、トゥリオが前に出る。腹部を狙ってきた右拳を左手で受けて流し、逆に右拳を獣人の腹に入れる。
「がふっ!」
腹を押さえてうずくまる巨漢獣人。
「次は?」
「待って、僕がやろう」
押し退ける様に出てきた、獣人からは小柄に見える人族に男衆からは嘲笑が漏れた。
先ほどよりは一回り小さいが、筋肉量なら負けていないのではないかと思えるような獣人が進み出てくる。
「そのような小さい身体でゴワントに勝てるとでも思っているのか?」
「女の子を大事にしないような男に負けてあげる義理はありませんね」
「大口を叩くものだ」
ゴワントというらしい獣人は右手でカイを掴みに来た。
そのまま左手で受ける。左も同じような流れになって、二人はがっぷり四つに組む。ゴワントはそのまま圧し潰してやるつもりだったが、人族はピクリとも動かない。少しずつ力を込めていくが、ゴワントの血管が浮き出ていくばかりで、両手の位置に変化はない。
ゴワントは背筋にゾクリと何かが走るのを感じた。
目の前の人族から何かが吹き上がってくる。その巨大な闘気が彼に覆い被さり逆に圧し潰そうとしてくる。どんな魔獣にも臆することなく挑んでいくデデンテ一の戦士の心に恐怖が宿った。
闘気はどんどん膨れ上がり、彼の心をへし折ろうとしてくる。そして、一歩だけ左足を擦り下げた時、勝負は決まった。一気に左膝を地に突かされてしまう。
ゴワントは負けを認めて頭を垂れた。
「強き者をデデンテは歓迎する。申し訳なかった」
「構いませんよ」
獣人の男衆達は一斉に軽く頭を下げて敬意を示す。
(こういう体育会系ってどうしてこういう手続きが好きなんだろう?まあ、単純かつ明瞭で良いんだけど、面倒臭いよね)
これはどうも万国共通どころか異世界でも共通らしい。そんなふうにカイが思っていると、がばりと上半身に重みが掛かった。
「凄いにゃ強いにゃカイは凄いにゃ。ゴワントに勝つなんて信じられないにゃ」
マルテがガッチリと抱きついてきている。頭をテシテシとリドに蹴り付けられながら。
「さすがはマルテが見込んだ男にゃ」
いつの間にか見込まれていたらしい。ここまでは別の物にずっと夢中だった気がするが。
「ありがとう、マルテ。重いから降りようか?」
「嫌にゃ! カイは良い匂いがするからこのままが良いにゃ!」
良い匂い? 何の事だか解らないでいたら、通りの向こうから声が掛かる。
「何をしているんです、あなた達は? あら、お客様なのですか?」
そこには白い毛皮を持つ若い猫獣人が立っていた。
◇ ◇ ◇
「申し訳ございません。獣人男性とはああいう生き物だと思ってくだされば助かるのですけれど」
白い猫獣人はレレムと名乗った。彼女がデデンテ郷の長なのだそうだ。
縦長の瞳孔の瞳には理知的な光が宿っている。獣人の性質として、力の強い者が率いているのかと思っていたが、あながちそうでもないようだ。
「とんでもない。突然お邪魔した我々も悪いんです。警戒してしまうのは彼らが守るべきものがあるからでしょう?」
「そう言っていただければ本当に助かります。あなた方はフリギアからいらしたのですか?」
「ええ、そうよ。私達も獣人族の作法を知らないのだから気にする事は無いわ。ここの事、聞いてもいいかしら?」
デデンテ郷は、シロネコ連・キイロオナガネコ連・ヤマシマネコ連からなる郷らしい。
比較的南側に位置する郷だが、フリギア王国との縁は薄く、特に定期的な交流は無いと言う。彼らは典型的な獣人族の暮らしをしており、近隣の密林に行っては野草類の採集をし魔獣を狩り、それらを主たる食料にしている。そこで得られた魔石を収集し、隊商
生活は簡素そのもので、決して豊かではないが大きな不足の無い程度には暮らしていけているらしい。それが彼らの普通なのだ。
「冒険者の皆様、デデンテ郷へようこそ」
彼らは長レレムの歓迎を受けるのだった。
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