それぞれの戦い(1)

 カイは魔人の軍団を前にして射出装置ランチャーシステムでなで斬りにしている。それでも抜けてくる魔人は強い光を放つ光剣フォトンソードでおびき寄せて滅しているが、全ての範囲をカバー出来る訳では無い。


 知能の高い高位魔人は彼さえ倒せば勝負が付くと気付き、味方の魔人を盾にしてまで接近しようと試みているが、その動きはカイに察知されて斬り結ぶまでもなく倒された。そもそも高出力光剣フォトンソードとは刃を合わせることさえ出来ないのだ。

 獣程度の知能しか持たない下位魔人はそんな事もお構いなしに、相手が人だというだけで襲い掛かっていくようで、抜け出すと三人のほうに向かってきている個体も居る。


「ぢゅい ── !」

 尻尾を膨らませてリドが一体の魔人を威嚇している。巨体のリドに反応した魔人が斬り掛かってきたのだ。機敏に黒い刃を躱した彼女は、強力な旋風を起こして魔人を封じ込める。それだけで倒す事は出来ないが、当面足留めだけは出来そうだ。

「そのままよ、リド!」

 チャムの聖属性魔法剣は間もなく完成しそうだが、今しばしの時が必要なようだ。

「ぢいぃ ── ぢぃっ!」

 ところが旋風の中に光の粒子が混じり始めると、それらが集まって徐々に形を成し始める。指先で抓める程度とは言え笹穂のような刃が形成されると、数十にも及ぶそれが魔人を斬り刻み始めた。


 カイの頭上に定位置を持つリドは、彼が最も得意とする光魔法の構成を少しずつ吸収してきた。それが今、一つの形に結実しようとしている。

「ぎるいぃ ── !」

 末端から徐々に削られていた魔人は、悲鳴を上げてその容量を失っていき、ついには全てを失って傷だらけの核石を残して消滅した。

「ちゅるちるっちー!」

「リド、あなた……」

 チャムもさすがに魔獣であるリドが魔人を倒せるなどとは思ってもいなかった。風鼬ウインドフェレットとしては極端に魔法演算領域を発達させている彼女は、得意な風魔法と共に光魔法まで並行して発現させる事に成功したのだ。

「すごいわ。たいしたものね」

「ちるー」

 リドは自分も戦力になる仲間だといわんばかりに前脚を上げて見せる。


 チャムは負けていられないと気を引き締めた。


   ◇      ◇      ◇


 リドまでもが魔人を倒してしまうのを唖然と見ていたトゥリオは、袖を引かれて我に返る。


「少し集中したいですぅ。守ってください」

 恐怖の残滓をそのつぶらな瞳の端に涙の粒として残したフィノが、少し赤みを増した鼻を啜りつつ言ってくる。彼女の顔には決意の色が窺えた。ここで奮起しなければ、彼がそこに居る意味などどこにもない。

「任せろ! 幾らでも保たせてやる! やれるだけの事をやってみてくれ!」

 トゥリオは気合を入れて身体強化をギリギリ限界まで高める。零れ出てくる数体の魔人を見据え、大盾を掲げる腕にグッと力を込めて腰を落として待ち構えた。


 黒い神殿の広間は非常に薄暗い。そこに光が有るとはフィノには想像も付かなかった。

 カイのように強いイメージ力で自ら光を生み出せない彼女は、そこに在る光を集めて利用しないと強い光は生み出せない。必ずそこに在る筈の光にイメージの手を伸ばすが、上手く掴めないでいる。


 フィノは、カイとした会話を脳裏に呼び起させる。

【もちろん、昼の白焔たいようの下にはいっぱい光はあるし、炎のように光を放つ物の側にも多いけれど、光はどこにでも在るんだよ】

【どこにでもですかぁ? 何だか信じられないですぅ。光が無いから夜だったり闇だったりするんですよねぇ】

【それはね、無いんじゃなくて少ないだけなんだ。僕達の目って光を取り込んで、それで映像を脳で構成して認識しているんだよ。光が全く無い状態だったら、何も見えないって事】

【んー、理屈的には解るんですけどぉ、イメージするのは無理ですよぅ。だってピカッてしているのが光ですもん】


 あの時はそうとしか感じられなかったが、今はそれではいけないのだ。感じられなければただの役立たずになってしまう。チャムの後ろでサポートに徹する事も可能かもしれないが、あれほど動きの速くて魔法耐性の高い魔人相手に、効果が有るほどの足が速くて威力の高い魔法を撃ち込むには確実性が足りない。

 薄暗いこの広間にも光が在るものと自分に思い起こさせるように、イメージの手を必死に伸ばす。


 その衝撃は、想定していたものとは言え、よく耐えきれたものだと思った。カイが作ってくれたこの大盾は、業物の剣でも戦斧バトルアックスでも戦鎚ウォーハンマーの直撃でも平気で耐えてくれるほどの出来なのだ。もし打ち負けてしまうとしたら、それは自分の力が足りないだけの話だ。それだけは彼の矜持に賭けて有ってはならない。


(俺は守り、そして打ち勝つ事を選んだんだ。絶対に負けて堪るか!)


 ずっと大盾を襲い続けている衝撃から、彼の後ろで目を瞑りぶつぶつとと呟き続けている可憐な存在を守り切るのが彼がここに居る理由。彼女がもう良いと言うまで防ぎ続けるのが彼の存在意義。

 トゥリオは食いしばった口の端を上げて、お世辞にも格好良いとは言えない笑みの形を作り、回り込もうとした魔人に大剣を叩き付ける。


(光はどこにでも在る。光はどこにでも在る。光はどこにでも在る)


 果たしてそうだろうか? 確かに何も見えないほどの暗闇はそこら中にあるとは言わない。でも明るい昼の白焔たいようの下には多くの人が居て、フィノを出来損ないと嘲った。

 最初は家の中に逃げ帰るだけで済んだが、そこは昼の白焔たいようの下ほど明るくはない。彼女は用足しに行くにも水汲みに行くにも物陰を選ばなければならなかった。


 長じてもフードの陰がその居場所だった。そここそが安心できる場所だったのだ。嘲られる事は少なくなっても物珍しげな目で見られるのは苦痛である。彼女はその身も心も陰を選んで生きてきた。

 でも、今はいつでも焔光ようこうの下で笑っていられる。そこに引き上げてくれた人達が居たからだ。


(カイさんが当たり前のように、トゥリオさんがはにかみながら、チャムさんが優しげな笑顔と暖かな手で引き上げてくれました)


 彼らは暗闇の中を揺蕩たゆたっていたフィノに手を伸ばして彼女の手を掴んだ。焔光ようこうの下に憧れて手を伸ばし続けていた彼女に気付いて。

 仲間達には見えていたのだ。真っ暗闇の中に居ると思っていた自分が見えていたのだ。それはそこにも光が在ったという意味になる。


(あの暗闇の中に光が在ったと言うのなら、このくらいの薄闇の中に光が在るなんて当たり前です!)


 フィノはイメージの手を大きく大きく広げた。そこには当然のように光が溢れていた。


光翼刃フォトンブレードシェイパー!!」


 剣の刃を前後に二つ繋げたような光の刃が形成されて浮かび上がった。二つ三つと数を増やしていき、最終的には八つもの刃が浮かび上がる。ス無音で移動を始めると、高速で回転も始める。


「やった! 出来ましたぁ!」

 光の円盤は、トゥリオの大盾に群がっている魔人に襲い掛かって切り裂いていく。二分された魔人は黒い粒子を激しく散らしてその形を失っていった。

「よし! 来たな、フィノ! いいぞ! やっちまえ!」

「はいっ!」


 光の円盤が縦横無尽に飛び回り、周囲の魔人を薙ぎ払って次々と滅していく。光を掴んだ彼女はどんな状況でも自在に光が扱えるような気がする。暗闇に沈んでいた少女など、もうどこにも居ない。


 ロッドを高く掲げてフィノは誇らしげに魔人を屠っていった。

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