暗闇に染まる視界

 何か悪い冗談だと思った。先刻のように不意を突くならともかく、単体でも倒すには時間が掛かる敵が、視界を埋め尽くしている。二千体は下らないであろう魔人は、既にこちらに気付いて濃密な敵対の気配を放ってきていた。


(俺の人生、ここで終わりか。逃げ切れるとも思えねえ)


 その絶望的な光景に、トゥリオはまともに働いてくれない頭を何とか回そうとする。こんな状況でも生き残る道を模索しようとする辺り、人間の生存本能も馬鹿に出来ないと思う。

 服の背中が引かれているのを感じた。真っ青な顔をした獣人少女が、小刻みに震えながら絶句している。


(ダメだ。簡単には死ねねえ。俺にも守ってやりたいって娘が居るんだった)


 トゥリオの剣は魔人相手では何の役にも立たないが、むざむざやられる訳になどいかない。どこまで出来るかは解らないが、とことんまで悪足掻きしてやろうと心に誓った。


(まずは逃げ道を……、って戦うやる気満々かよ!)

 黒髪の青年が両手を横に水平に開き、まばゆく輝く光剣フォトンソードを発現させたのが見えた。


   ◇      ◇      ◇


 チャムは想定したよりも悪い状況に歯噛みする。薄闇に沈む暗黒にうねる波からは明確な敵意しか伝わってこない。


(これだけ揃えられるほどに力を付けてきているって事はもう遠からず動いていたって訳ね)

 攻撃が通らない無敵とも思える軍団が、人の世を蹂躙する。その姿は想像したくも無いが、現実に目の前に有る。

(やっぱり、せめてこの場所くらいは伝えなきゃいけなかったのかしら?)

 それなら自分の命も報われるだろうと思う。いかんせん、既に手遅れだ。黙って帰してくれるとは思えない。冷たい汗が背筋を伝う感触だけがまだ生きている事を教えてくれる。

 否、それだけではない。隣に立つ黒髪の青年の口角が上がっている。黒い瞳も闘志にぎらつき、存在しているかと感じられるほどの闘気が立ち上り始めていた。その様子を見ると彼女は、自分の顔が薄笑みに変わるのを止められなかった。

(この人ほど、絶望が似合わない人は居ないものね)


 光条レーザーが薄闇を薙ぎ払う。その光芒が青白くまばゆく感じるのは、薄暗さの所為だけでは無かろう。明らかに出力を増しているそれは、まさしく瞬時に魔人の群れに突き刺さり、横ざまに黒い粒子を散らしていく。胴体付近を薙ぎ払われた魔人はそのまま再生する事無く解け消えていっていた。


 暗黒色の波がざわりとざわめくと一斉に打ち寄せ始める。黒い神殿の中は、広さも高さも十二分な空間を有していて、横並びでも数百体に及ぶ魔人が駆け寄ってきていると分かる。石造りの壁や天井は音を複雑に反響させるのか、「おおお……」と不気味なうねりを響かせてくる。


「これは良くない」


 その様を闘志溢れる目で眺めていたカイが零す。両腕の光条レーザーだけでは抑えきれないと思っているのだろう。それは誰の目にも明白だ。この結果が計算出来ないような人間ではない筈だが、その一言には皆、肝を冷やした。

 まさか、ここに来て彼が猪突猛進に宗旨替えしたのではなかろうと思いたいが、人一人にどうにか出来る状況ではないのも否定の材料に足りないと思わせる。


射出装置ランチャーシステム


 カイがそう唱えると、薄闇を六条もの光芒が一斉に薙ぎ払い、一気に数十体に及ぶであろう魔人が滅して、どす黒い核石が床をころころと転がっていた。押し寄せる魔人の軍団はザッとその全てが立ち止まり、戸惑うような様子を見せ始めている。


(((え!?)))

 カイの肩上には見慣れない物が出現していた。


 脇から肩に回るリング状の保持機構からフレームが伸び、左右に20メック24cmほど張り出して彼の頭頂の高さまで立ち上がると、そこから頭の方向に戻って手前で支柱に変わり、首の後ろを回って重量を支える仕組みになっている。

 そして、全てが金属製だと思われるフレームには、太さ4メック48mm長さ20メック24cmの円柱状の物が前後を長辺にして懸架されており、その前方から光芒が放たれたのだ。

 それはマルチガントレット内臓の物より遥かに大型の高出力レーザー発振器。そこから放たれる光条レーザーはこれまで以上の威力を発揮し、一瞬で魔人の身体の半分近くを吹き飛ばすほどであった。

 その高出力レーザー発振器は球体関節でフレームに取り付けられていて、使用者カイの意思で自在に動いて魔人達を睥睨している。微かに空気の漏れるような音がするところを見ると、風魔法で駆動しているのだろうと予想出来た。


「それ……、は?」

「これね、昔作った道具」


 それはカイが以前転移してきた時に、時間を見て組み上げた物だと言う。マルチガントレットの光条レーザーも牽制程度なら十分だが、複数或いは集団と対するとなると手数が足りなくなる。

 それを踏まえて構想して組み上げたのだが、出力を上げ過ぎてあまりにえげつない出来上がりになってしまったので、使い辛くてほとんど死蔵していたらしい。それだけにこのような状況には最適と思われたので使用するつもりだったと話した。


(この人はまた、いけしゃあしゃあと……)


 チャムも頬が引き攣るのを止められなかった。

 彼はどれほどの手札を隠し持っているのか予想が付かない。本人が、手札は切るべき時まで隠し持っているから手札だと公然と言い放つので開陳しろとは言えないが、それならせめて少しくらい前には教えて欲しいと思ってしまう。そうでないと、完全に覚悟を決めてしまった自分が馬鹿みたいではないか?


(それを言っても無駄なんでしょうね? いい加減、この人の事で驚くのは止めようと思っているけど、無理みたいだわ)

 あまりごちゃごちゃと考えていていい状況ではないと、頭を振って思い直す。


 カイが踏み出すと躊躇う素振りを見せたが、再び魔人の軍団は押し寄せ始めた。そこに肩の三門の光条レーザーと腕の一門の光条レーザー、両肩合わせて計八門分の光芒が襲い掛かる。

 撃ち抜かれて飛び散る黒い粒子が黒い煙を連想させて、軍団の前が霞んでいるかのように見えた。それでも魔人達は怯まず、闇色の霞を抜けて陸続と迫ってくる。その腕を剣や棘、棘付き棍棒のような物などそれぞれが思い思いの武器に変えていた。

 その光景は、普通なら怖気を通り越して固まっても仕方のないほどだったが、薙ぎ払う光芒に瞬時に消し飛ばされていくので彼らはその圧力に屈しないで居られる。それでも、僅かながら撃ち漏らしが発生し始めていた。

 それらの魔人は淡々と歩みを進めるカイに突進しては、光剣フォトンソードに斬り捨てられていく。広間には、核石が黒曜の床に転がる軽い音が連続で響き渡っていた。


   ◇      ◇      ◇


(無敵っつっても限度が有るだろうが!? 普通、人類の天敵中の天敵相手にここまでやっちまうのかよ!)


 トゥリオは仲間の異名である『無敵の銀爪』を思い浮かべる。それは人間の範疇に於いてだと考えてきた。

 しかし、これは人間の範疇を明らかに逸脱している。勇者の範疇……、いや伝説や神話の範疇なのではないかと思えた。目の当たりにしているというのに、どこか現実離れしている光景は彼の頭脳を痺れさせているかのようだ。


「ボーっとしてちゃいけないよ、トゥリオ。きちんと撃ち漏らした分は仕留めてくれないと困るからね?」

 彼の相棒は、付いて来いと言ってくる。


 とんでもない要求に、彼は黒髪の仲間と行動を共にするのを考え直したいとつくづく思った。

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