魔の神殿
魔人を倒した四人は、基点の石柱から中心部分に向けて慎重に歩を進める。この結界発生装置の最も重要な部品がその延長線上に有るのではないかと推理したからだ。事実、結構進んだところで地面に据えられた
「酷いですぅ。すごく綺麗で機能的な魔法陣なのにこんなにされて」
フィノは石板を手でなぞって悲しげな声を出す。
「これだと封印は完全に機能停止ね」
「うーん、そうでもないから今の状態が保たれているんだと思うよ」
そう言うとカイは石板の下に爪を差し入れると、持ち上げてグルリと裏返す。
「あっ!」
「ほらね。意外と強かだよ」
そこには表面と全く同じ魔法陣が描かれている。その魔法陣はこの周辺の空間魔力を吸収して、本来の一割にも満たない程度とは言え力場を発生させている。
カイは伝送魔力受容器から接続されていた導線から、石板の角に偽装した起動線が裏側にも伸びているのを目敏く見つけていたのだ。表の魔法陣が傷付けられても、機能は失われないような仕組み。もし、魔力伝送装置本体が機能停止していなければ、この封印は簡単に解ける事は無かったのだろうと思われた。
これを設置したであろうダッタンの塔の主は、魔力伝送装置の構想をその頭脳に収めたまま、先にこの端末装置を作ったのだろうか? それともあの塔を作り上げてから、再びこの地を訪れてこの封印を完成させたのだろうか? どちらにせよ、とてつもない発想力だとカイは思う。
構想から実現まで並々ならぬ苦労の連続だったのではないだろうか? それ故に封印の機能がほぼ停止して、彼の遺志がほとんど失われてしまっているのが口惜しい。この先に何があろうと、自分に出来る範囲の事はやってあげたいと心から願った。それだけが同じ世界の住人である同胞への手向けになるはず。
カイの目は強い意志を宿す。
◇ ◇ ◇
木立を抜けた先には窪地が有り、目の前には崖。手前で
そこには漆黒の石で組み上げられた神殿のようなものが静かな佇まいを見せている。出入り口と思われるアーチの前に数体の魔人が立哨している事実が、それは神殿などでなく禍々しさばかりが感じられる魔窟なのだと強調していた。
「ぢぢっ!」
リドが思わず警戒音を立ててしまう。魔人との戦闘ともなれば足手纏いになってしまいがちな彼女はパープルの背で待機が多くなる。こういう時でないとカイと行動出来ないでいた。
「容易ではないわね」
「容易どころじゃねえだろ? 一体だってあれだけ手こずる魔人が並んでやがんだぜ。どうするってんだよ?」
「でも、何かしないと嫌な予感しかしませんですぅ」
フィノの目には不気味としか映っていないようだ。
(正直、厄介ね。あの中に何が居るかは想像付くけど、一応確認しない事には動き難いし)
チャムの頭の中には幾つかの選択肢が浮かぶが、いかんせん情報が足りない。
(新しい勇者は生まれているのかしら? それだけでも分かっていれば状況証拠としては十分なのだけれど)
冒険者ギルドの通信機能を利用した連絡網は機能している筈だ。それでこの位置を連絡すれば、各地からの情報で首脳部は総合的に判断出来るだろうと彼女は考える。ここは退くべきだと仲間を説得しなければならない。
立ち上がったチャムは、トゥリオの首根っことカイの腕を取って崖から離れる。
「これ以上は無理だわ。魔人を倒せるだけではこの先には進めない。撤退よ」
彼女は専門家としてハッキリと言ったつもりだった。
「しゃーねえだろ、あ……」
「ごめん。聞けないや、それは」
意外とは言えないところから反対意見が上がる。チャムも説得すべき相手はカイだと思っていた。
「何度でも言うわ。無理なものは無理なの。聖剣抜きで進めるのはここまでよ」
「勇者が居れば全てが解決する。それに確証は有るのかな?」
「最善手よ。これはこの世界が連綿と続けてきた法則のようなものなの。逆に言えば、あなたがこの先に行っても出来る事には限界がある。私には命を縮める行為としか思えないわ」
「今の状態がどこまで維持されるのか誰にも保証出来ない。
カイは首を振って無理だろうと強調する。
「無いわ。無くてもそうするしか無いの。それが一種の決まり事なのよ。お願い、解って」
「僕は君を怒らせたくは無いけど、それでも行くよ。君の居る世界に
立てた親指で黒い神殿のほうを指す。
ここまで聞き分けてくれないとはチャムも思っていなかった。何であれ、彼女が強硬に主張すればカイは聞いてくれたのだ。その主たる理由が彼女自身だというのが迷いを生じさせる。だが、そこまで想ってくれる相手だからこそ死なせたくはない。
カイは勇者ではない。最初はそうかと思った時も有った。こんな偶然も有るのかと思った。
しかし、彼は異世界人だ。それが勇者足りえない条件ではないのだが前例は無いし、彼が勇者ならとうに神意が下っているだろう。それに彼は人の世に有ってこそ活きる存在だ。人の営みを真摯に見据え、人の在りようと真剣に向かい合い、社会の姿と世界の姿を正しく在れと願い、その永遠を求めて心を裂く。それは魔王と対為す者の姿ではない。
勇者とは魔王を倒す為だけの存在だ。その為に選ばれ、神意により力を授けられる。魔を討つ力をその身に宿し、更に聖属性を強く帯びた聖剣を手に世界を救うべく戦う。
人それぞれと言えばそれまでだが、往々にして人の社会には干渉を避ける傾向が強い。人々は勇者を正義と見做す傾向が有るが、勇者は絶対的正義ではない。ただ、人類の味方であり、救世主であるだけだ。
極論すれば、世界から人類以外の生物が全て魔王に滅ぼされようとも知った事ではないのである。その選択の先に人類の滅びがあろうとも、勇者が得る神意に含まれてはいない。それらをも守ろうとするなら、それは勇者になった人間の希望でしかない。
語弊を覚悟して例えるなら、勇者とは神の道具だ。魔王を排除する
チャムには勇者の知識があるだけに、彼を黒い神殿に向かわせたくは無いのだ。それに特化した存在だけがあの向こうに行く権利が有る。彼女はそう考える。
「どうしても行くの?」
彼女は最後の手段に訴えようとしている。
「うん」
「あなたが行くなら私も行くわよ? 私を守り切って、あれも潰せるのかしら? そこまで傲慢なの?」
チャムは自分を人質にカイを止めようとしているのだ。
「…………」
「……決めて」
「守るよ。君を傷付けさせたりはしない」
その台詞は彼女に失望と希望をない交ぜにしたかのような感情を抱かせる。そしてチャムは、覚悟を持ってカイの差し出した手を取った。
再びカイは崖の上に立っている。右のマルチガントレットを向けると、強い魔力を感じた魔人達がこちらを向くが、次の瞬間に発された
「一緒に行く?」
「ちゅい!!」
強い応えに頷いて返すと、カイは進み始め皆も続く。
「おいおいおいおい! これはねえだろ、これは!」
そこで目にした光景にトゥリオは堪らず声を漏らした。
アーチの向こうに見えた広い空間には、二千体は下らないであろう魔人がひしめいていたのだった。
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