宰相の思惑

(機転は利くのだが、難しいところのある娘だ。だが、利用価値はある。シュッテルベ侯爵家の伝手もあるし、なまじ美しいだけに彼女が声掛けすれば若い貴族を集め易い)

 宰相クルファット・ギアデ公爵は執務室に戻って腰掛け、そう考えていた。


 シュッテルベ侯の娘ナミルニーデは、生来の美しさに加えて努力で磨きをかけているのが一目で分かる。

 彼女は本来、どちらかと言えば美形とは分類されない種類の人間だ。深紫の髪に浅黒い肌。くっきりとした目鼻立ち。北洋人スクルタンと呼ばれる人種は東方人の一部に見られ、ラムレキアでは半数の人間がこれに当たる。


 深い髪色や小麦色の肌が目立つ彼らは、美的に劣ると言われる事が多い。これはおそらく時折り遺跡としても発掘される古文明の芸術品に石膏像が多々見られた為、白さを美しさと混同する考えが定着し、色の薄い肌を持つ者ほど美的に優れているとされたからだと考えられている。


 しかし、そんな常識は既に失われつつあり、北洋人スクルタンを見直す動きは表出しつつあった。

 東方で多数を占める象牙色の肌を持つ東方人は、比較的造作が小作りである。目や鼻、口といった部分が小さく、華々しさには少し欠けるところがある。それに比して北洋人スクルタンはそれぞれが大きく、しっかりとした作りになっていて目立つ。整っていれば東方人とは比較にならないほど華のある見栄えになるのだ。


 その利点を最大限に利用しているのがナミルニーデだと言えよう。

 化粧で肌色を少し薄くし、目は強めに縁取ってより大きく見せ、唇も赤い色を乗せる事で煽情的に演出している。派手な印象を前面に押し出す方法で、相手の目を惹く作戦。それが見事に成功している。

 夜会では彼女は人気者で、引く手数多あまたなのも事実だ。しかも美貌を誇ったりもせずに、言い寄る者達を上手にあしらっている。貴族令嬢の鑑のような振る舞いをするのも人気に拍車をかけているであろう。


 ナミルニーデはその美貌を努力のたまものだと思っている。紛う事無き事実なのだが、それだけに許せないものがあるらしい。

 それが同じ北洋人スクルタンでありながら努力をせずともそれなりに美しく、しかもあまり女磨きに心を砕いている様子を見せない王妃アヴィオニスの存在。今でこそ表に出る時は王宮メイドの世話を受けて装ってはいるが、時間に追われる執務の時など彼女は信じられないほど飾りっ気のない相貌を見せたりもする。

 歯噛みとともに零す言葉を聞くに、女性の最高位にあるアヴィオニスのそんな姿に苛立ちを隠せないのだろう。

 そして、そのアヴィオニスが当然のように憧れの勇者王ザイードの隣を我が物顔で占拠しているのも不本意極まりないという。それに飽き足らず、彼女はザイードが口数少ないのを良い事に、はしたなくも差し出口ばかりを繰り返し、勇者王をないがしろにしている様子が我慢ならないと相談してきた。

 それがとある夜会での、クルファットへの直訴の内容であった。


 彼自身は代々勇者王の血を支えてきた宮廷人の筆頭格として、王妃の存在は疎ましく感じている。ナミルニーデとは目的は異なれど、アヴィオニスを取り除きたいという思いは同じ。彼の目的にも即している。

 それならばと彼女と共謀関係になり、書記官として身近に置く事にして許可も取った。それは便利であると同時に王妃に対するメッセージでもある。いつでも動く準備は出来ているぞ、と圧力を掛ける為の陽動の一つでもあるのだ。

(今は注意を向けておいてくれねば困る。ナミルニーデは放っておいても噛み付いていくから、心配は不要だと思うが)

 そう、彼女は人身御供に過ぎない。


 そんな風に思考に沈んでいると、小さくノックの音が聞こえる。

 許可を与えると、若い宮廷人のうちの一人、オルーク子爵が入室してくる。手元に書類を抱えているが渡してくる気配もない。訪問の為の体裁を整えているだけの小道具なのだろう。

 露骨に控えの間に目をやってくるので、在室中を表すように一つ頷いて見せた。

「良いのですか、閣下。あれほどあからさまに妃殿下に盾突いて」

 彼は小声で問い掛けてきた。

「良い。彼女には好きにさせておく」

「しかし、不敬な暴言もあまりに多い。ナミルニーデ嬢が罪に問われたり更迭されるだけなら構いませんが、我らがその一派として同罪だと見做されたのでは適いませんよ?」

「心配するな。妃殿下はああいった手合い、特に年若い者が臆する事無く噛み付いてくるのを楽しむきらいがある。議論はするがそれで更迭したりはしないはずだ」

(そんな単純な挑発に乗ってくる相手なら苦労はしない。その程度も読めんか)

 クルファットは内心でオルーク子爵の評価を下げる。

「本当にそうなら構いませんが、逆鱗に触れてしまったら元も子もありませんよ? 自重を求めるべきだと思いますが」

「貴殿にあの娘の尻拭いをさせたりはしない。安心しろ」

「いえ、そうではなくて…」

 女性であるナミルニーデが自分達反王妃派の顔となっているのが面白くないのだろう。彼の胸中には、男尊女卑の論理が働いているのが透けて見えた。

「我々の本来の目的、妃殿下を取り除い…、勇退していただいて国政を宮廷に取り戻す為の障害になるのではないかと案じているのです」

「あれの事は任せておけ。貴殿は貴殿で進めていけばいい。案ぜずとも計画は順調に進行している。我らの悲願が達成されて、ラムレキアが本来の形の戻るはそう遠くはないぞ?」

「はい、差し出口を申し訳ございませんでした…。どうか国を思っての事とご理解ください」

 宰相は鷹揚に頷いて、笑みを見せて安心させる。

「問題無い。下がれ」

 子爵は一礼して部屋を後にした。


 クルファットの思惑はオルーク子爵ともナミルニーデとも違う。


 オルーク子爵は国政を取り仕切るのは宮廷人で、政策立案及び施行を行い、その最終判断だけを主権者である王が裁定すべきだと思っている。最終的には、御前会議に参加する宮廷人の施策の議決に従い、王は承認を行うだけの形を理想としているのだろう。

 要は権力も名誉も全てを求める野望を持っているのだと考えられる。自分にそれだけの器が有るかどうかはともかく。


 反してナミルニーデは大それた野望など持ってはいない。

 むしろザイードが統べるからこそのラムレキアだと考えている。アヴィオニスに振り回されているだけの国政が誤っており、王妃を取り除けば正常な形に戻ると思っている。適うならば、その隣に居るのが自分でありたいとも夢見ているのは間違いない。

 つまり彼女は単なる恋する乙女である。


(両者とも実に単純な思想を持っているものだ。見えているのは国内だけ。現在の緊迫した国際情勢を理解しようとせず、理想ばかりを追い求める幸せ者)

 クルファットはそう断じている。

(おそらくロードナック帝国との緊張状態というのが永く続き過ぎたのが原因だろう。決して平和とは言えない中で、それが日常になってしまうと感覚も麻痺してくるのだろうか? 国外は国外、国内は国内と分けて考えてしまうようでは、正常な政治的平衡感覚とは言えんぞ)

 自分は違うと宰相は考えている。

 きちんと国際情勢を睨み、真に安定する状態とはどんな形かを思い描いているのだ。彼が思うところの「在るべき形に戻す・・」は、二人とは全く異なる理想である。


 そして、クルファットは二人を含めた人間をどう動かせば良いのかと策を思い巡らせ始めた。

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