針猫

「そろそろお出迎えあるかな?」

 カイがそう呟いてすぐに緊張が高まり、銀光が走った。

 樹に突き立ったのは、磨かれた金属光を放つ針であった。

「暗器!? 狙われている?」

「違う違う! 若い子がいるみたい」

 答えながら踊る銀爪が「チン! キン!」と弾き返している。追い打ちの針が飛んできているのだろう。

 大盾を掲げたトゥリオが前に出ようとして制されたところで、茂みの向こうから「ふぎゃっ!」と鳴き声が聞こえる。

(猫?)

 チャム達は目を見合わせた。


 毛並の豊かな漆黒の猫が、のそりと茂みの奥から歩み出てくる。

「良かった。ご健在だったのですね?」

「みゃ」

 トトトと駆け寄ってきた黒猫を青年は抱き上げた。

「相変わらずの見事な毛並で。お元気そうで何よりです」

「みゃ」

「なー」

 茂みからは続々と様々な毛色の猫が姿を現し、座ってカイを見上げる。

「皆さんもお元気そうですね?」

「みゃー」

 それぞれに応えがあり、片膝を突いた彼の足にかわるがわる身を擦り寄せては挨拶をする。


「あまり責めないであげてくださいね。ずいぶんご無沙汰してしまったので、若い子の中には僕を知らない子もいるでしょう」

 引き摺られてきた一匹の白地に黄色いブチのある猫を見て、押さえ込んでいる茶トラの猫に声を掛ける。

「ふみー」

「みゃあ…」

 項垂れる子の頭をカイは軽く撫でた。

「驚かせて申し訳ありませんでした。君は自分の務めに忠実だったんですよね?」

「みゃう!」

「立派ですよ」

 褒められた猫は彼の膝に頭を擦り付けてゴロゴロと喉を鳴らす。

「という訳で、僕の友達です」

 喉を掻いてやりながら、チャム達に彼らを紹介した。


 針猫ニードルキャット。土属性の猫系魔獣である。

 猫科大型肉食獣の魔獣ではなく、普通の猫の魔獣。毛皮に一定の法則性はなく、様々な毛色や模様が表れ、体長も尻尾を除けば平均して50メック60cmほど。毛足の長いものが多く、基本的に肉食性。

 単独狩猟者であるが群れを作り、社会性を持つ習性がある。女系社会を形作り、数百匹単位の群れで縄張りを形成する。餌を融通し合う事で、生存競争の厳しい森林帯での種の保存を図っている。

 最も大きな特性として、彼らは土魔法の中でも金属を操る魔法を得意としている。鎧豹アーマーパンサーのように身体を鎧うのではなく、武器として金属針を形成して放つのだ。それを可能にする為に体表と体内の一部に金属を保有しており、体重は重い。


「本当ね。見た目よりずいぶん重いわ」

 近付いてきた針猫ニードルキャットの一匹を抱き上げて感想を口にするチャム。

「その分、筋肉もしっかりついているから木登りとかも上手だよ」

「なるほどな。おっ! ごつごつしてやがる」

 一匹を持ち上げて長い毛の中に指を滑り込ませると金属が感じられる。

 背中から肩、前肢の中ほどまでと、お尻の左右、腿の辺りには装甲と言えるほどの金属細片が浮き出ていた。

「でも、毛が長いからもふもふですねぇー?」

「フィノでも嫌われないのね?」

 茶トラの子を抱き上げて頬擦りしているが、特に嫌がる様子は見せない。

「むー、確かに犬系獣人ですけど、猫さんを目の敵にしたりしませんもん!」

「冗談、冗談」

「彼らはフィノも人間として認識しているよ」

 フィノの匂いを嗅いだ茶トラは、その頬を舐める。ザリリとした感触がくすぐったい。


「それで、今のボスはあなたですか?」

 群れの様子を見て尋ねる。

 他の猫達はカイに身体を擦り寄せては来るものの、登ってきたりはしない。黒猫に遠慮しているようだ。

「みゃ」

「前のボスはもしかして…」

「みゃー…」

 鳴き方に悼む気持ちが感じられる。

「そうでしたか。残念です。もうお歳を召していらっしゃいましたからね」

「みゃう」

 落胆するカイの頬を肉球がペシペシと叩く。慰めてくれているらしい。

 前に来たのは五以上前だ。寿命を迎えたのだろう。そして、出会った頃には副リーダーのような役割だった彼女がボスに繰り上がったようだった。


   ◇      ◇      ◇


 彼が針猫ニードルキャット達と出会ったのは偶然とは言えない。

 初めての転移の頃、熱心に危険種討伐に出ていたカイは、この辺りで発見する白骨化した魔獣の死体の側に金属針が落ちているのを時々見かける。最初は冒険者の武器かと思ったが、他の危険種地域では全く見られない針に興味をそそられた。

 解析すると、かなり純度の高い合金で、使い捨てにするような安物ではない。いったい誰が使っているのかと探り歩いている間に、その針を使った襲撃を受ける。サーチ魔法に反応は確認していたが、分散の具合からして相手は魔獣だと考えていた。

 それなのに狙われたという事は、使い手が魔獣である可能性に至る。


 そこからは我慢比べになった。

 その姿を確認しようとじりじりと前進する彼に、阻止しようと狙い撃ってくる金属針。彼らは天然の狙撃手スナイパーだった。のちに、魔力を必要としない武器の開発の参考にしたのがその金属針になったほどに脅威に感じたのだ。

 一進一退の攻防は半に及び、カイが針猫ニードルキャットの姿を確認した時には夕刻を迎えている。防衛線を敷く猫達に、組織立った意思を感じた彼は呼び掛ける。攻撃の意思はなく、ただ交流を求めているだけだと。しばらくの静寂の後に、白地に黒ブチを持つ猫が姿を現した時には胸を撫で下ろした。


 全身を露わにし攻撃意思がない事を示した彼は、猫達の習性が知りたい旨と人間に対する敵意がない事の確認を求める。ちょこんと座る黒ブチ猫と、傍らに控える黒猫の前に座り込むと、真摯な表情で対話を始めた。

 それから正誤形式の遣り取りを繰り返し、針猫ニードルキャットが群れの縄張りを守る為に攻撃する以外に人間に対する敵意がないと判明する。それならばとカイは懐柔策に出て、彼らに手持ちの肉を提供して交流を図る。

 ひと晩猫達と過ごした彼はホルムトに戻り、冒険者ギルドに針猫ニードルキャットの存在を知らせるとともに、能動的に人間を襲わない種だと報告した。ただし、縄張りへの侵入には強い反発が有ると警告を付け添えて。

 彼から申告のあった地域が、に十数名前後の行方不明者を出す場所だったのも裏付けになり、ギルドから針猫ニードルキャットの縄張りに対する意図的な侵入を禁じる警戒情報を引き出す。それを後陽ごじつ猫達に報告した。


 それから時々は交流を続けていたのだが、ここしばらくは途絶えていたのだった。


   ◇      ◇      ◇


「そうだったのか。で、そのお前の腕の中でゴロゴロ言ってんのが今のボスって訳か?」

 満足げに喉を鳴らす黒猫を見つつ、トゥリオは尋ねてくる。

「割と長命な種みたいだけど、前のボスと会ったのは十数も前の話だからさ」

「長生きさんなんですかぁ?」


 針猫ニードルキャットはだいたい三十以上の寿命があるらしい。

 魔力による影響なのか、魔獣は比較的長命種が多い。属性セネルなど百以上生きるとされている。通常セネルが四十くらい生きるのを考えれば、魔獣種はおよそ三倍くらいは寿命があるのだろう。


「こんなに可愛いのなら、一緒に暮らすのも良いですねぇ」

 フィノはまだもふもふを楽しんでいる。

「カイ…。あなたもしかして…」

「うん、実はその通り」

 そう言うと彼は黒猫に問い掛ける。

「試しに人間社会で暮らしてみようっていう、冒険心の強い子はいない?」

「みゃ?」


 ボスには予想外の問い掛けだったようだ。

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