守るべきもの

 グラウドの諜報員達は襲撃犯をてきぱきと捕縛すると、門扉に横付けされた箱馬車に運び込み、後処理を済ませていく。


「ご協力ありがとうございました」

 数度ほど顔を合わせた事のある一人が、黒髪の青年に頭を下げてきた。

「構いません。あとはご随意に」

「何かこっちにも影響ありそうな情報があれば流してくれればいいわ」

 チャムへも会釈を送ってきたので鷹揚に応える。

「お任せください」

 名前も立場も知らない相手だが、そのくらいの関係が彼らには都合が良いだろう。


 見送っていると、一人の文官が通り掛かる。

「あ、代表! お疲れ様です」

「ご苦労様です。お忙しそうですね?」

 書類を小脇に早足の彼はいかにも大変そうだ。

「これくらい何て事ありません。あの…、イーラ様が難しい顔をなさっていたのでお顔を見せていただけませんか?」

「分かりました。夕方にでも一度出向きます」

「お願いします。じゃあ行きますね」

 そう言うとまた早足で玄関に向かっていった。

 先ほどまで近くで行われていたような暗闘を、彼のような存在は知らずに暮らしている。


 その人や場所を守るのも大切な事だとカイは強く思った。


   ◇      ◇      ◇


 家に戻ると、残った人々は落ち着いてお茶の続きを楽しんでいる。外の戦闘が終了した事をフィノは伝えているのだろう。


「お待たせしました。終わりましたので御心配なく」

 諜報員の話では、これでほとんど掃討出来たはずだと聞いた。

「心配はしておりませんわ。魔闘拳士様は我が国が奉じる闘神グリザーリ様の化身ですもの。どんな相手であれ敵う訳がございませんわ」

「ぶふっ!」

 カップを口に運んでいたトゥリオがせて吹く。


 あんな事があったばかりで、カイを神になぞらえる者が出てくるとは思っていなくて意表を突かれたようだ。

 こういう時に素知らぬ顔が出来るように鍛えておかねばとチャムが心に決めたなどとは、彼は思いも寄らないだろう。


「どうかなさいましたか?」

 クエンタも彼の反応の意味が分かっていないようだ。

『神ほふる者』の託宣は、旅程中の事で彼女の耳には入っていないらしい。ザウバでの長居は不要かもしれない。

「何でもありません。彼は僕のような奔放な人間が神と同列に扱われるのが気に入らないのでしょう」

「そんな事ありませんわ。武勇も知略も闘神の名に相応しく思います。メルクトゥーの民はそう感じております」

「主にクエンタ様がそう口にしておられますからね?」

 彼女の宰相が内実を暴露してしまう。

「シャリアったら、もう!」

「勝手に祭り上げられてはカイ殿がお困りになられますよ?」

「ええ、拝まれても何の御利益もありませんからね?」

 室内は笑い声が木霊する。


 その後も少し談笑し、王宮に戻る馬車を見送った。クエンタの存在を公表する晩餐会への参加を約束させられたのちの話ではある。


 再びくつろぐ頃には、食堂に昼食の用意がされていた。レスキリは、客のもてなしをしながらも昼食の準備を進めていたのだ。

「手早いわね。ありがとう、レッシー」

 チャムが礼を言い、カイが労いに頭をポンポンとすると彼女は顔を蕩けさせている。

 食卓の上のメニューは少し前までお菓子を抓んでいた彼らに合わせて、相当軽めに摂れるよう配慮までされていた。

「こりゃあ、いつでも嫁に出せるな。アルバート陛下に言って、良い嫁ぎ先を見繕ってもらったらどうだ?」

「なんですと!?」

 トゥリオにしてみれば、最大限の賛辞であったろう。だが、レスキリにとっては不本意極まりない内容だ。

「トゥリオさんはわたしを追い出したいのですか!? 敵です! あなたを敵認定します! 今後はろくなものを食べられないと思ってください! お部屋にお酒を運ぶなど絶対にありませんからね!」

「げっ! 待て待て! そういう意味じゃねえ! 嫁に欲しいくらいの手際だって言ってんだよ!」

「ひゃっ! わたし、狙われていますー! 助けてください、カイ様! 乙女の貞操の危機です!」

 ハウスメイドは主人に縋り付いた。

「まあまあ、落ち着いて、レッシー。僕が守ってあげるから」

「ひゃあん! 今陽きょうのカイ様は優しいですー」


 一方、美丈夫はフィノの冷たい視線を浴びていた。

「ふ~ん…」

「ちょっと待て! だから誤解だっつってるだろ?」

「分からないわ~。誰かさん、見境ないものね~。メイネが零していたでしょ?」

 チャムのその言葉はカイの悪ふざけに乗ったものだが、過去の悪行が祟っているのも確か。

「いえいえ、トゥリオさんはお貴族様なのですからフィノの事などお気になさらなくても良いのですぅ。獣人娘などがご意見するのは畏れ多いのですぅ」

「ぐおっ! 頼むから聞いてくれ、フィノ! 俺はお前を…、その…、大事な仲間だと思っているからその意見を尊重してだな…」

 せっかく時間を掛けて詰めてきた距離を突き放されてしまう。思わぬところの落とし穴に落ちて、弁明に追われるのだった。


「追い掛けなさい、追い掛けなさい。必死で追い掛けて掴んだものほど大切で仕方なくなるものよ」

 ほくそ笑みながら呟くチャムの言葉は、隣の青年の耳には届いてしまう。

「人が悪いなぁ、チャムは」

「安心して。あなたほどではないから」

 仕掛け人はしっぺ返しを食らう。だが堪えた風はない。

「もっともだね。僕も全力で追い掛けるとするよ」

「あなたは少し手を緩めてもいいくらいよ」

 片眉を上げて「おや?」と言うカイを、軽く頬を染めて睨む。


「カイ様、カイ様。わたしを追い出そうとなさったりしませんよね?」

 ネタにされた彼女は、冗談交じりながら主人の意思を問う。

「そうだね。良い人が出来たなら止めたりはしないけど、その時は早めに言って欲しいかな? 優秀なメイドを失うのはとても困るから」

「はい! レッシーは一生お嫁に行ったりはしません! そしていつまでもお手付きメイドを目指すのです!」

「いや、それは結構です」

 最後の言葉はなぜだか彼女の耳には届かないようだ。皆が食卓に着くのを待っているリドと手を取り合って踊り始めた。

「ふふ~ん♪♡」

「ちゅり~♪♡」


 仲良く拍子をとって踊る一人と一匹を眺めていたカイは何かを思いつく。

「レッシー、君は動物は好きなほう?」

「リドは好きですよ。パープル達も好きです。うちでは犬も猫も飼っていましたが、こんなに仲良くはなかったかもしれません。でも、嫌われてはなかったと思います」

「そうなんだ」

 この時は、風鼬ウインドフェレットセネル鳥せねるちょうとの生活が苦にならないか気に掛けてくれているのかとレスキリは思った。


 しかし、彼の思惑は別のところに有ったのだと後に知る事となる。


   ◇      ◇      ◇


 この、カイ達はホルムト南側の森林帯に足を運んでいた。

 食肉の確保ではあまり出向かない場所に当たり、比較的高ランクパーティーが魔獣数量コントロールの為に派遣される地域になる。それは彼らの務めでもあり、ポイント収集と収入源になっているので、青年は遠慮して好んで足を向けなかった。

 だが、今は先陣を切って躊躇なく分け入っていっている。目的を定めた確かな足取りで。


 特に配慮もなく、遭遇した危険種は排除しつつ進む。危なげないゆとりある戦闘が展開されるが、彼らは緩める事はない。チャム達にしてみれば、時々は緊張感のある行動をしていないと鈍ってしまいそうな感覚を覚えるからだ。

 彼らとて戦闘のプロ中のプロだが、黒髪の青年ほどに瞬時に意識転換が出来るものではない。精神も肉体も或る程度作っておきたいと考えてしまう。


 彼が急に腰を落として足を止めると、ピリリとした空気になる。


 身体を僅かに横に流すと、横の立ち木に銀光が突き立った。

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