探知戦
息をひそめていた女は僅かに身体を揺らす。
監視対象の家屋から反応が二つ接近してくる。最初は単に出掛けただけかと思ったが動きが妙だ。扉からでなく裏手から出てきたように感じる。情報では確かにあの家屋には裏口が有るらしい。そこから移動したという事は意図が有ると受け取れる。
壁を越える少し前から女のサーチ魔法の探知圏内に入っており、屋内に想定した数の反応が視て取れた。なので十分に警戒しつつ接近したのに、相手は動きを見せてきた。これは敵方にもサーチ魔法の使い手がいると思ったほうが良いだろう。
帝国工作員の中でもそれなりの地位に就いていられるのは、このサーチ魔法のお陰だと言っていい。隠密術や体術も鍛えてきたが、探知技術という才能は彼女に大きな利益をもたらしてくれている。
彼女がいるからこそ監視の目を搔い潜って城壁内への侵入も可能だったし、発見される危険に晒されずとも配下の者達と隠密行動が遂行出来ている。
その優位性が当てにならない可能性に歯噛みした。
サーチ魔法の使用者はあの魔法士だろう。
処理情報量が大きく、十分な魔法演算領域を確保しなければならないこの探知術は使用者の負担も大きい。魔法演算に長けた者でないといささか厳しいと言える。近接戦闘を行う前衛職には難しい。
彼女もこの侵入班のリーダーであるが、戦闘に関しては基本的に配下に任せており、彼女が前に出る事は少ない。後方での指示出しが主任務になる。
二人行動である相手も、おそらく魔法士を後ろに置いての戦闘になると思っていい。前衛は魔闘拳士であると考えられる以上、まずは彼の目になっている魔法士を狙うべきであろう。幸い、数には差がある。陽動を仕掛けて引き離しつつ魔法士を処理。そのまま屋内に突入させてメルクトゥーの女王の命を奪う。
秘密裏に外遊中の他国の王を、国内で暗殺されたとなればホルツレインの信用は失墜する。大国とは言え国際社会で孤立し、連携が難航するのは明白だ。それは帝国に極めて大きな優位性をもたらす。
それを成した彼女の評価は計り知れない。そう簡単に現場は離れられないかもしれないが、より安全な位置での仕事が出来るようになるだろう。今後の安泰な生活の為に、ここで稀代の英雄との戦闘という賭けも必要だと思えた。
家屋を出た二人は急速に接近してきている。木立に散開している配下に、指の合図で指示出しをしつつ、迎撃態勢を整えた。
ところが、前面に配置した戦闘要員は敵との接触を果たしていない。その姿を確認も出来ないままに突破されているようだ。彼女にはいったい何が起こっているか分からなかった。
位置的に突破された前衛に後退指示を出しつつ最大限に警戒し、脳裏に投影される反応に眼を凝らす。しかし、経路上に配置した配下は誰一人として接敵しないままに接近を許している。
その判断の迷いが命取りだった。
(上!)
突如として頭上の枝葉が割り開かれると、音も無く黒髪の青年が舞い降りてくる。気付いた時にはもう、傍らに置いていた護衛役の戦闘要員の腹に拳がめり込んでいた。
そして、青年の背に乗る青髪の女が左腕の盾を彼女に向けている。
破裂音が連続すると身体の何ヶ所をも焼けるような激しい痛みが襲い、意識が遠退いていった。
◇ ◇ ◇
「マルチガントレット」
スイングドアから裏手に出たカイが装備を整えると、しゃがんで背中を見せてくる。乗れという意味だろう。
「上を回るから風の結界をよろしく」
(回り込むつもりなのね。戦闘技術でも圧倒出来る筈なのに戦術を用いるなんてこの人らしい)
チャムは失笑する。
(確実に一網打尽にするつもりなんだわ)
そう思いつつ、空中に光述をする。二人の周囲を風が巻き始めると、彼はチャムを背負ったまま大きく跳躍した。
葉や小枝は風の結界で押し退けられて道が拓ける。ほとんど音を立てずに二人は木立の上、葉の茂った樹上に躍り出た。
カイがしきりに首を動かして着地点を探す。脳裏に浮かぶ敵の配置と、降り場所を検討しているのだろう。枝葉を割いて太い枝に足をつく。膝のバネで反動を殺し、こちらの挙動を覚らせないようにする。
そんな跳躍を繰り返しているが、一直線に敵の裏を目指しているようではないようだ。ジグザグに跳躍し、着地の都度樹間を通して敵影が確認出来た。
(これはあっちにも探知能力者がいるって事ね。単独で陽動を掛けているんだわ)
いやらしい対応に彼女は少し呆れる。
「どうして気付いたの?」
カイの首にしっかりと手を回したまま、耳元に囁く。それくらいは風の結界が拡散を妨げてくれる。
「侯爵様の諜報員がずいぶん遠巻きにしているんだ。向こうの探知圏外から監視しているみたいだからね」
「あら」
彼は敵の反応だけでなく、連絡を回した諜報員まで視野に収めて行動していたらしい。
(探知戦でも隠密行動でも
相手の能力まで割り出しているグラウドの諜報員も怖ろしいが、それを利用するこの黒髪の青年もどうかしている。この組み合わせに、帝国の工作員では太刀打ち出来まい。
(あとは戦闘で私がきっちり仕事をすれば片付く流れなわけか)
誘い込まれた彼らに、チャムは少し同情の念が湧く。
地に足が付くと同時にカイは身をひるがえし、目前の男の腹部に痛烈な一撃をお見舞いする。男が崩れてその向こうに女の姿が見えると、チャムはは彼の背から身を乗り出しプレスガンを放った。
自宅に帰ってからは基本は木弾を装填している。今回も制圧が目的だと聞いたので
連続したプレスガンの発射音は、展開中の敵諜報工作員の目を惹く。青髪の美貌はそれも意図した上で連射に踏み切っていた。おびき寄せられれば理想的な展開になる。
指揮役であっただろう女が真っ先に倒された事で動揺している筈なのだが、彼らは瞬時に判断して向かってくる班と家に襲い掛かる班に分かれた。相当訓練をされていると思う。
しかし、それも想定内だ。チャムを下ろしたカイは木立を縫う弾丸と化す。行きがけの駄賃で、数人を跳ね飛ばした彼は襲撃班の後背に迫っていった。
チャムに向かってきた敵は五人。
敵が行動する前に
くぐもった悲鳴だけを耳に捉えると、身を沈ませて柄尻を相手の鳩尾に送り込んだ。身を折ってがら空きになった後頭部に肘を落とし昏倒させると、三人目の突きを盾で滑らせて流した。
擦り抜け様に回転して長剣の腹で側頭部を強打すると、男は糸が切れたように
踏み込んで遠慮なく顔面に盾を叩き込んで昏倒させる。その頃には最初に回り込もうとした男が背後に迫っているが、殺し切れない剣気に反応していた麗人の跳ね上げた足がその顎を捉えていた。慣性のままに、頭を中心に縦回転をした身体は地に打ち付けられる。
戦闘不能を確信したチャムは、五人目の斬り下ろす長剣を凌ぎで流し、そのまま踏み込んで肘を喉に打ち込んだ。出せない悲鳴に口をパクパクとさせると、グルリと眼球が裏返りその場に膝を落とした。
見やれば、青年は二人を引き摺りつつこちらに向けて笑顔で歩いてきている。まだ七人はいた筈だが瞬殺だったようだ。
彼が手を挙げると、正門から十人余りの男がルドウ基金本部の庭に立ち入ってきた。
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