混沌の王都

 北方三国同時侵攻の報を受けたハイハダルは、冒険者全員に檄を飛ばし兵として動員する。王都には秩序維持の為だけに僅かな人員を残し、自ら率いて出征した。


 冒険者兼務のラダルフィー軍の兵には軍略に通じている者は皆無と言って良い。最も早く進軍していたウルガン軍に、ただ闇雲に隊列も無く突進する。幹部連には従軍経験の豊かな者も居る事には居たが、元はばらばらのパーティーを組む冒険者に端から整然とした戦術など求めるのは不適だと断じていた。

 個々の技量に偏った彼らであれば、集団でぶつけさえすれば問題無いと考えていた節もある。

 ラダルフィー軍は混戦に持ち込み各個撃破での早期勝利を目算していたが、ウルガン軍の将は巧みな用兵で彼らの自由にはさせない。苦戦して膠着状態に陥ったラダルフィー軍の側方からメナスフット軍、イーサル軍が時間差で攻撃を掛けていく。その状況にラダルフィー軍が耐えられる事など有り得ない。


 圧倒的兵力差に、ラダルフィーの冒険者達は崩れ立ち、敗走を余儀なくされた。


   ◇      ◇      ◇


 王都周辺の冒険者ギルドの依頼掲示板をあらかた攻略したカイ・ガラハ両パーティーは、蛮王の本拠地であるラダルフィーを窺う位置まで来たのだが、そこで予想外の光景に出会う事になった。

 王都ラダルフィーから三々五々とではあるが住民が大きな荷物を抱えて逃げ出しているのである。見るからに由々しき事態に、九人はセネル鳥せねるちょうの足を速めさせる。


 街中では住人が慌てたように行き交う姿と共に、「敗北」「潰走」といった単語が飛び交っている。


「冒険者ギルドに行きます」

 一方的に宣言したカイの毅然とした姿に、彼に何らかの考えが有ると悟って皆が追従した。

 ギルド内には冒険者の姿は無く閑散としていたが、職員達が慌ただしく走っている姿がある。


「すみません。忙しいところを申し訳ございませんが、可能なら状況を教えてください」

「はい、すみません! どうぞ!」

 一人の受付嬢が職業意欲を見せて窓口に着き、声を掛けてくる。

「何らかの問題が発生したと見受けられますが、事情を聞かせてください」

「はい、あの……」


 冒険者ギルドはラダルフィー軍敗北の第一報を受け対応を協議していたのだが、その間にも王都へ敗走してくる冒険者達の状況が次々に入ってきて混乱しているのだという。

 彼らは北方三国軍の追撃を受けているが、正規軍である各国軍の行軍速度はしれており、かなり先行する形でラダルフィーに入ってきそうだとの情報。遅れてくるとは言え、王都はおそらく北方三国軍の包囲を受けそうな情勢であり、その場合の対応も考えておかなければならなさそうだ。


「職員全員を集められますか? 無理ならここのギルド長の方とお話させていただきたいのですが」

 冒険者ギルドのラダルフィー本部はその権威の高さと同等に規模も大きく、職員数も他の支部に比較すると数倍する人員が配置されている。それを急に集めろと言われても難しい話かもしれない。

「少々お待ちください。伺って参りますので」

 その受付嬢はその人相風体を見て、彼らこそが各地を転々として依頼を消化し続けてくれている冒険者だと見て取ったようだ。応対が非常に丁寧なのがそれを証明している。

 しばらくして恰幅の良い本部長らしき人物が現れると共に、結構な数の職員も姿を見せ始めた。先ほどの受付嬢からくだんの冒険者だと話が通ったのだろうか。


「今からお話しするのは単なる僕の推測に過ぎません。そのつもりでお聞きください」


 北方三国軍が王都を包囲するのが常道だろう。簡素な街壁しかないとは言え、いきなり攻め入って来たりしないのは間違いない。そうなればラダルフィー軍は街壁内に籠もって応戦する事になるだろう。そこまでは問題ない流れと言える。

 ラダルフィー軍が籠城戦で孤立無援となった時、何らかの防衛策を講じなければならない。そういった場合、規律だった行動の出来ない烏合の衆である冒険者は、野蛮な手段を採る事が多々ある。人質を盾に強引な交渉に持ち込もうとする方法などがそうだ。


 それには自国民を用いて人道的な判断に訴える可能性もあるが、比較的効果は薄いと言える。攻撃側からすればそれは敵国民であり、自国の不利益を圧してまで守るべき対象にはならない。

 ならば、効果の高い人質を準備したほうがその後の交渉を進め易くなるのは自明の理である。そんな人質は誰かと問われれば、国際機関の職員などがそれに当たるだろう。最悪、冒険者ギルド職員がその標的にされる可能性は少なからずある。

 ゆえにカイは訴える。可及的速やかにラダルフィーから退去すべきであると。


「馬鹿な。幾ら彼らが紳士とは呼べなくとも、ハイハダルが蛮王と呼ばれていようとも、そこまで非人道的な行為に及ぶとは思えない!」

 本部長は、ギルドの所属冒険者を信用したいと考えているらしい。擁護する意見を述べてくる。

「貴方は善人なのですね? 僕は臆病なので冒険者徽章を悪用して、侵略を繰り返してきた彼らを信用出来ません。あくまでも退去をお勧めします」

「う、むぅ」

「あの、もしそんな事になったら……」

「何が起こるかは解りません。脅したくはありませんが、口にするのも憚られるような行為が行われたとしても不思議はありません」

「あー、言いたくはねえが、戦争中の事は見過ごされがちになるからな」

「まあ、まともな扱いを望むのは厳しいかしら?」

 力無い婦人達は震えが治まらなくなる。

「あまり脅かすと可哀想ですぅ」

「そうですね。全ては可能性です。頭に入れておいてくだされば結構ですので」

 だが、カイの微笑みは今は気休めにもならない。


「どうしてこんな事に……」

 判断の難しい事態に懊悩する本部長は、見えない誰かを責めるように言葉を漏らす。

「それほど奇妙な話ですか? この国の冒険者が何をやっていたかは貴方も御存じだったのでしょう? この状況は十分想定範囲だと僕は思いますけど」

「しかし、三国同時侵攻など」

「なぜ他国が憤激していないなどと考えられます? 各国は実に大人な対応で容赦してくれていましたよ。それにも限界はあるという事です」

「私が悪いと言うのかね? 冒険者の利益を守る為に邁進してきた私を」

「全てが貴方の所為だなんて言ってはいません。ですが責任の一端は有ると僕は思いますよ」


 冒険者ギルド職員は政治家ではない。しかしギルドの利益だけを守れば良い訳でもない。各国の情勢を鑑み、冒険者やギルドの利益を守りつつも、バランスの有る判断を下していかなければならないとカイは思う。


「各国からの要請を受けていたのは確かだ。しかし、ラダルフィーでだけ徽章の保持に制限を設ける不公平などの前例を作るのは認められない!」

「僕は大鉈を振るうべきだったと思います。ここの冒険者の公平性を保てても、他国の冒険者は著しく評判を落とした事でしょう。それとも、貴方も蛮王のように、魔獣から世界を守っているのが冒険者であり冒険者ギルドだとでも思っていますか? それで各国が大抵の事は大目に見てくれるはずだとでも?」

「そんな事は……」

 本部長は内心の葛藤に苦しんでいるようだが、事態は彼を待ってくれなかった。


「残念ながら、悪いほうの予感が当たったようです」

 カイの言葉が終わると共に、大扉から数名の男が駆け込んでくる。

「手前ぇら、大人しくしやが……」

「マルチガントレット」

 肉を打つ音と共に、一人の男が屋外に吹き飛んでいった。他の男達もチャムとトゥリオに打ち倒されている。

「ギルド長、私は今すぐ彼に職員避難警護の依頼を出す事をお勧めするわ」

 チャムは左手でカイを指し示す。


「『魔闘拳士』に、ね?」

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