ラダルフィー王国史

「練り麦?」

 聞き慣れない単語にカイ達は首を傾げる。

「そう、練り麦。酒麦さかむぎを煮てから練るの」


 オルク麦を水から、或いはスープで煮て、煮崩れかけて水分が少なくなってきたところでヘラで練って作る食べ物。それが練り麦なのだとウィレンジーネが説明する。スープで煮たものはそのまま食べられるし、水で煮たものは出来上がってからそれぞれ好みの調味料で味付けして食べるものらしい。子供のおやつがてら供される事が多く、その場合は茶砂糖で味付けされた物が人気なのだそうだ。

 カイはそれがもち麦の粘りを利用した食べ物だと推察する。餅とは加工法が全く違うが、食感はともかく最終的な味に関してはそれほど差異が出たりはしないだろう。


「これはずいぶん固めだけどね。どうやって作るの?」

「オルク麦を蒸して搗いて作るのよ。そうね、搗いてみせてあげる。搗き立ては美味しいわよ?」

 チャムは蒸籠を出すように言って餅搗きの準備を始め、ガラハ達は物珍しそうに眺め始める。


 搗き上がった餅に舌鼓を打った彼らは口々に感想を言っていたが概ね好評だったようだ。

「しかし、専用の魔法具を作るなんて凝り過ぎなんじゃない?」

 オルディーナの疑問はもっともだ。それをやってしまうのがカイ達だと理解するには少々時間が足りないだろう。

「って、こっちはまた違う物食べてるし!」

「彼はあの食べ方が好きなのよ」


 餅搗きが注目を集めていた内に、オルク麦を炊飯していたカイは器にご飯をよそって、焼いた肉をおかずに掻き込んでいる。セネル鳥せねるちょう達にお餅をお裾分けしていたチャムは、オルディーナにそう説明し、「今陽きょうは私もご飯をちょうだい」と、リドと並んでフォークを手にした。


「あら? 酒麦を炊いて食べたりするのね」

 ウィレンジーネは炊飯を良く知っているようだ。

「レンジーさんの地方でも炊飯したりするのですか?」

「ううん、炊くのは赤麦あかむぎのほうよ」

「あかむぎ?」

 また新たな単語の出現にカイの目がキラリと光る。

「トレル、本当の名前は何だったかしら?」

「イェリナン麦ですよ。広く食用として流通している大麦です。肉麺で煮たり、海鮮で煮たりする料理が主流ですね」

 表現からしてリゾットからピラフ辺りだと思う。乾燥・精麦した物を直接調理するのが一般的な利用法らしい。カイはそれがうるち麦だと察した。

「そうね。でも、うちの村とか農村だと炊いて食べるのが普通なのよ」

「ああ、パンなんて手間が掛かって小洒落たもんはたまにしかお目に掛かれなかったな」

 ガラハがそう言うと、チッタムもうんうんと頷いている。どうやら農村部では、炊飯食が主食になっているらしい。

「へぇ」

「想像の通りよ。都市部の料理店とかだとパンも一般的だし、イェリナン麦の料理も多種多様に有るわ。結構いけるわよ」

 目線で尋ねてきたカイにチャムが詳しく説明してくれた。

「チャムは東方の事情に詳しいのね?」

「私は東方の辺境の出身。西方まで旅したけど、慣習に通じているのは東方のほうかしら」

「そうだったの。西方の人かと思ってた」

 話が通じると解って笑顔が深くなる女性陣。

「じゃあ、白麦しろむぎ作っている辺りとか?」

「ごめんなさい。それは知らない……、きゃ!」


 カイが急にガバッと顔を上げて両肩を掴んできたのでチャムは小さく悲鳴を上げる。彼女の応えがやっと頭まで届いたのか、ぐるんとウィレンジーネのほうを向いた彼がビシッと指を突き付ける。


「それ ──── !」

「なになに、何なの!?」

「それ、こめじゃない、あー! 何て言ったらいいんだよ! えーっと、普通の大麦より細長くて白い穀類で合ってます?」

「違うな。形は赤麦と一緒だが粒は白い。それだけだが?」

「ジャワナ麦の事ですよね?」

 名前を聞いて大きな期待を抱いてしまったカイは、ガラハの答えにガックリと項垂れた。それは普通のうるち麦だ。

「大丈夫?」

「僕、泣きそう……」

「どしたの?」

 あまりに激しい落胆を見せるカイを心配するチッタム。

「私も聞いただけなんだけど、そんな穀類が有るらしいのよ。この人は両親に聞いたそれを渇望していてね、ちょっと期待し過ぎちゃったみたい」

 彼の心中を察して、チャムは適当な作り話を展開する。

「辺境には色んな穀類有るから。探してみて」

「ありがとう、チッタム」


 この後、チッタムとリドに頭を撫でられまくるカイであった。


   ◇      ◇      ◇


 若くから名を馳せた冒険者ガルハイト・クラットソンが、ウルガン王国の一地方都市ラダルフィーで冒険者グループ『久遠の牙』を立ち上げたのは六十近く前。彼が二十歳過ぎの頃だった。


 多くのパーティーが所属したそのグループは、ラダルフィーが中隔地方の丁度中央辺りに位置していた事も助けになって、人がどんどん集まり始め、拡大の一途を辿る。組織が大きくなればなるほどに、その制御はガルハイト一人の言葉だけでは足らず、困難になっていく。それを解消する為に、彼は意見を募ってグループ内規律を作り上げて組織の体裁を整える努力を欠かさなかった。


 兼ねてより、冒険者が見下されてしまう風潮に心を痛めていたガルハイトは、多数の優秀な高ランク冒険者を有し各国からの要請が自分に寄せられる状況を利用し、都市ラダルフィーの独立を認めさせるに至る。

 冒険者自由都市となったラダルフィーは、グループ内規律を下敷きにして法整備を行い、一国と呼べる組織に変わっていった。


 そして十、周囲を固める幹部達の勧めでガルハイトはラダルフィー王国の建国を宣言し、自らが王に即位した。

 一躍、冒険者が統べる強国となったラダルフィー王国は、魔獣の脅威から守ってくれるであろうと考える周囲の都市や農村の帰服を受け入れ、各国と交渉してその領土を拡大させていく。国王ガルハイト自身は大きな領土的野心は持たなかったものの、幹部連は安定した国家運営を望み、食料自給を高める為に更なる都市・農村の帰服を求めた。

 それは北方三国やメルクトゥー王国の反感を買う事となったが、多くの冒険者がその権威の高いラダルフィー王国に流出してしまった各国は、強い態度に出られず臍を噛む。


 他国と肩を並べるほどの国土を持つに至ったラダルフィー王国は、国家制度の整備の為に拡大政策を止め、人員の育成確保に注力し始める。

 建国の経緯から、絶対的な文官不足に悩まされ続ける王国には、それしか選択肢が無かったと言っても良い。それから三十、一応は国家の体を成してきたと思えた頃に、国王ガルハイトが崩御する。


 新王の座に着いたのはガルハイトの長男だったハイハダルである。彼は王太子としての人生を歩んできた訳ではなかった。

 冒険者の国でその頂点に立つ事を約束されているハイハダルは、幹部連や多くの国民である冒険者の支持を得なければならないと考え、父王と同じように冒険者として己が身体を鍛える事を第一として成長してきた。

 それは正解であり、失敗でもあった。


 ブラックメダルを有するに至った彼は多くの冒険者の支持を受けて、誰一人として反対意見も無く玉座に着くことが出来たが、国家運営を学ぶ時間も取らず帝王学を修めている訳でもないハイハダルは、父の姿そのままに王としての道を知らずにその座に在る。

 即位から十、冒険者の心以外を知らない王はただ豊かさの意味を履き違えたまま、再びの拡大政策に舵を切った。


 更に十の時を経て、ハイハダルは学ぶべき事から目を逸らした過誤の代償をその身で払わなければならないと知る。

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