問い掛ける言葉
足音高くやってきたアヴィオニスがどっかりと腰掛ける。続いたザイードも苦笑いで自ら椅子を引いて腰掛けた。
「何なのよ、あの連中は! 人のやる事為す事茶々を入れるしか能がないわけ!? 文句が有るなら対案を出しなさいよ、対案を! そっちのほうが優れているって思ったら丸ごと任せてやるわよ! そうでなくたって、あたしがどれだけの案件を抱えているって思ってんのよ!」
テーブル上の皿に手を伸ばすと、むんずと掴んだケーキを口に運び貪る。
「
「落ち着け、アヴィ。リアが目を丸くしている」
黒瞳の青年の膝の上を占領しているニルベリアが、フォークに刺さったケーキを口に運ぶ途中で固まっていた。
勇者王夫妻は、御前会議を終えて休憩に入ったところだ。子供達が居るテラスには冒険者達四人の姿もある。
夫妻は、特にアヴィオニスはここ
なのに、未だに
ラムレキアの中枢は混乱気味であった。
アヴィオニスが宥めて平静を取り戻したニルベリアが上機嫌でケーキを頬張り始める。
チャムの隣に腰掛けているルイーグも今は落ち着いて父母の様子を窺っていた。
誘拐事件で傷付いた彼は、一時は王宮メイドが近付いただけでも青褪めて後退っていたりしたのだが、自分の中の恐怖に打ち勝てたのかそんな様子もあまり見られなくなってきていた。
「魔闘拳士」
ザイードが思い切ったように告げる。
「お前は残れ」
真摯な表情が、それが考え抜いた末の言葉だと教えている。
「普通の国ではお前は生きられん。最初はもて囃そうがじきに持て余すようになり、いずれ煙たく感じるようになろう」
珍しくも言い聞かせるように滔々と語る。
「危険だと思うものが増えれば居場所を失う。お前はそんな男だ」
「おっしゃる通りですね」
「だが我が民ならお前を受け入れる。英雄の在り方を問わん」
その瞳に浮かぶのは、その血を讃える民への感謝だ。
「責任は求めん。縛りもせん。ここを本拠と思え。それだけでいい」
「有難いお言葉です」
カイを思いやっての提案に、素直に頭を下げる。
「でもホルツレインには、僕の出自も気にせず家族だとしてくれる人々もいるのですよ。チャムと、仲間と、家族が守れればそれで良いんです」
大切な人々と静かに暮らしたい気持ちは伝わってくる。しかし、あざなえる運命は彼を縛ろうとし、危険という形で舞い降りてくる。その危険を家族から遠ざける為にも旅をしていなくてはいけないのだと達観しているのだと分かる。
「いつか、夢見る緩やかな時間の為に、今は走っていられます」
訳も分からず笑み掛けるニルベリアに、静かに微笑みを返す彼に哀れみを感じる。
「業の深いことだ」
「
「それに、関わった事業が完成を見たらしいので、一度戻らないといけませんし」
事も無げに伝えてきた。
「帰るの?」
「ええ、魔境山脈横断街道がまもなく開通しますので」
「聞き捨てならない事を言うのね」
新街道計画の全容がアヴィオニスに伝えられる。
「そんな大事業を進めていたの!?」
「そうですよ」
「じゃあ、ホルツレインはメルクトゥーと直接繋がるの?」
目の色が変わってきた王妃を怪訝に見る。
「あの辺境に向けた街道整備はそんな意味があったんだ。なら、中隔地方との交易は極めて活性化するのね?」
「間違いなく」
「じゃあ、その…、も、モノリコートも?」
輸出向けの生産体制も十分に整って来たであろう事も知らされると、途端に鼻息が荒くなってきた。
「ザイ、西部を必ずこちらに引き込むわよ?」
「それは既定路線か?」
「無理だとか言ったら離婚する」
「そいつは困るな。全力を尽くそう」
アヴィオニスが中隔地方との陸路を望んでいるのは察せられる。そうさせる原因がモノリコートであるのも違えようがない。
無理せずともジャルファンダル経由の海路は確保されているのに、安定した陸路を重視しているのだと分かる。少し呆れるが、ザイードは甲斐性を見せた。
「何て会話をしているんだか」
呆れたのはチャムも同様。
「お願いしたら融通してあげるわよ?」
「もしかして…、持ってる?」
カイがテーブルに差し出した手から、モノリコートの小箱を展開すると彼女は震える手を伸ばした。
「有るだけ売って! お願い!」
以前に無理をして諜報員に持ち帰らせた甘味の味が、王妃は忘れられなかったらしい。彼女を捕らえて放さない味は国策を左右する。
無論、その意図の裏には交易の充実による、景気の浮揚もあるのだろうが。
「本当に蝋燭の匂いだ…」
ザイードはついつい零したようだ。ルイーグもその青い物体をしげしげと眺めて、その先に進めない。
以前入手した時は、味見するだけのつもりが、気付くと全て彼女の胃の中に消えてしまったらしいので、兄妹も初めて口にする。それでも母親が顔を蕩けさせているのを見れば、興味のほうが先に立つ。
「甘い…。香ばしい? ほろ苦い。美味しい」
「ふむぅ、これは確かに美味い」
勇者王には砂糖控え目の一品が差し出されている。
「でしょ? 全部、吐き出しなさい!」
「何で偉そうなのよ! お願いなさい、お願い!」
カイに対する王妃の荒々しい言葉に、チャムは柳眉を逆立てる。
今回の
◇ ◇ ◇
「チャムには分かる?」
木剣を交えながら、ルイーグは尋ねる。
「何が?」
「僕、父上が魔闘拳士に勝てないって思ったんだ。でも理由が分からなくて」
「なるほどね」
彼女はすぐに納得したようだ。でも、王子は妹とリドが戯れているのを見守っている青年からは、そんな感じは受けない。
「お父さんは剣に人生を見ているのが分かるでしょう? 私もそんなとこがあるのよ」
「うん、分かる」
「あの人は違うの」
青年を窺い見る目に少し寂しさがあるように思えた。
「彼は拳に相手の命と自分の覚悟を乗せて戦う。自分の望む未来に向けて人生を切り拓く為に振るうの」
「…?」
クスリと笑われた。
「分かり難いわよね? 合わせて見ればすぐに分かるわ」
キョトンとした少年に青髪の美貌が微笑み掛ける。
「軽く見えるかもしれない、ザイードと違って口数の多いところが。でも彼、拳のほうが饒舌よ?」
剣を交わしている時のほうが意思が伝わってくるとチャムは言う。
「訊いてみなさい。『僕の事、どう思ってるの?』って」
「魔闘拳士。僕にも稽古をつけてください!」
不思議そうに見られるが、嫌がっている感じはしない。
「僕でも良いのかい?」
「はい! お願いします!」
そう言って彼は木剣を正眼に構えてカイと向き合う。
ルイーグは、全ての思いを込めて木剣を振り下ろした。
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