繋がる東西
クルファットを含む罪人が王の間から消え、ぎゃあぎゃあと騒ぐナミルニーデが連れ出されると、床も清められて落ち着きを取り戻す。
だが、宮廷人の耳には冷たい声音が残っており、頭の上に薄茶色の小動物を乗せた青年が本当に魔闘拳士なのだと再認識されていた。
ひと仕事終えたとばかりに大きく息を吐くアヴィオニスを窺いながら、カイは切り出した。
「では、次はこれからのお話にしませんか?」
その口調が軽かった為に、ザイードは不用意に応じる。
「これから? 何だ?」
「これです」
カイが差し出した手に、紡錘形の見慣れない物体が展開された。
彼は手慣れた風に操作をすると、それを耳に当てる。
「ああ、侯爵様、僕です。そちらはまだ朝ですか?」
一拍の間に、呆然とした顔のアヴィオニスを盗み見る。
「ええ、まだラムレキアなんですよ。…はい、分かってます。それで、お話してもらおうかと思いまして。…じゃあ、代わります」
言葉を紡ぎつつ壇上に上がっていたカイは、それを王妃に差し出した。
「これ…、もしかして、遠話器?」
「そうです。これは貴女に差し上げる分ですので遠慮なくどうぞ」
「ふぇっ! あのっ!」
途端にあたふたし始める。耳敏い彼女の事、その存在は耳に入れていたのだろう。
「く、くれるの?」
「ええ、それはともかく、相手が有ることなので、まず使ってください」
少し青ざめた彼女は、震える手で受け取った。
「あの…、アヴィオニスです」
迷った挙げ句にとりあえず名乗る。
【初めましてではございますが、声だけにて失礼致します、殿下。私はグラウド・アセッドゴーンと申す者。ホルツレイン王国にて政務大臣を務めさせていただいております】
「存じ上げております! あた…、わたくし、アヴィオニス・ムルキアス、及ばずながらラムレキアで王妃をしております」
【ええ、実に聡明なお方だとお聞きしておりますよ? お話し出来て光栄に存じます】
アヴィオニスは口をぱくぱくさせて、涙ぐんでさえいる。
「そんな! わたくしの事など…! お耳汚しをお詫びします、閣下。英明なる貴殿の施策にいつも感服している次第でございます」
【おや? そちらまで私の名が?】
「いえ、その…、個人的に閣下の施策を参考にさせていただいておりますので…、申し訳ございません」
見えてもいない相手に恐縮して、ぺこぺこと頭を下げる王妃。
【そうでしたか。では、お互い様ということで、お話しを続けさせていただいても?】
「はいっ! ちょっ…、少々お待ちくださいませ!」
遠話器を耳から離した彼女はカイを睨み付けた。
「どうして前もって言ってくれないの!? 何でもそんなに唐突じゃ、女にモテないわよ!?」
照れ隠しも含んだ文句の言葉に、青年がひどく傷付いた顔をしているのに気付いた。
「あ!」
「止めなさいよ! この人、すごく
「いや、止めを刺すの止めてやれよ!」
トゥリオのツッコミは時すでに遅し。カイはしゃがみ込んで床を突つき、獣人少女と小動物に慰められていた。
助言を得る機会を失ったのを察したアヴィオニスが仕方なく遠話器を耳に当て直すと、紳士の大笑の声が響いてきていた。
【いや、失礼。あれに振り回されましたかな。なかなかの曲者でお困りでしょう?】
「曲者どころではありません。この
【申し訳ない。癖のある男だが、上手に付き合えば役に立つ】
共感を覚えた彼女は、つい溜息を吐く。
「それも思い知りましたわ」
【ついでにと言っては何だが、私ともお付き合いいただけますかな?】
「はい! もちろんです! 宜しくお願い致したいですわ」
すぐに政治家の顔に変わっていた。
【我が国としては東方の情勢変動は好ましくはないのです。カイが何と言ったかは知りませんが、ラムレキアには健闘をお願いしたい】
グラウドにしては忌憚のない意見だと言えよう。
「閣下のご期待に添いたいのはやまやまなのですが、相手はあの大国。いささか難渋しております」
【状況を思えば、ごもっとも。さすれば、内々に支援を考えているのですが、さすがに人的支援は距離的にも情勢的にも難しいところがありまして】
距離の事は言わずもがなだが、国際情勢的には違う意味を持つ。派兵ともなれば、あからさまに敵対意思を示す結果になる。ホルツレインがロードナック帝国に宣戦布告するのと同義だ。
状況次第で将来的には軍事力行使も選択肢の一つだろうが、現状では表向き非干渉の姿勢を変えないでおきたいという意思を伝えてきている。
「理解しているつもりです。
ラムレキアとしては支援が欲しいのは間違いないのだが、相手にとってほとんど益の無い同盟を迫るのは欲が過ぎるだろう。対価として提示出来る材料がない。好況に沸くホルツレイン相手に金銭補償もない。
【物的支援も限度がある以上、お手伝い出来るとすれば技術供与となります】
「お気遣い感謝致しますわ」
【私が持つ
アヴィオニスはゾクリと震える。
それは破格の申し出と言っていい。
魔獣の少ない東方では、魔石の価格も高騰気味なのは致し方ない。しかし、魔法も軍事力の一つと数えられる以上、魔力補充手段の有り無しは大きく影響する。
軍では高価な魔石を買い集めて補充手段としているが、それでは足りずにホルツレイン産製品の細々とした輸入にも頼っている。その
「素晴らしい! 咄嗟には思い付きませんが、いずれ正式にお礼をさせていただきたく思います」
弾む声を隠し切れずに感謝を返す。
【当面は成果を期待します。それともう一つ…】
「そんなに甘えさせていただいても宜しいのですか?」
【お気になさらず。こちらは少々期間を要するのですが、王孫殿下が編み出した属性セネル生産技術を】
王妃は一瞬、理解が遅れる。
「はい? 何とおっしゃられましたか?」
【
「それは…」
属性セネルを騎鳥とする騎士団を運用するという事は、単独で魔法戦と白兵戦を挑める戦闘部隊の完成を意味する。それが戦場でどれほど活躍するか、今や属性セネルの虜となっているアヴィオニスには容易に想像出来る。
それを手にした時の戦略の幅を問えば、今の比ではなくなるだろう。それこそ戦争が変わりかねないほどだ。その切り札と言える技術を委ねてくれるという事は、ラムレキアへの期待のほどが窺えるというものだった。
冒険者ギルドを通じて、それらの技術書類と何台かの植物繊維紙製造器の贈呈が約束されて、通話は終了した。
「ずいぶんしおらしかったじゃないの? 何? グラウド様の信奉者なわけ?」
ほぅ、と大きく息を吐いた王妃をチャムが茶化す。
「そうよ! 悪い? 次々と画期的な政策を湯水のように生み出す方よ! 尊敬するに決まっているでしょ!」
「別に悪いとは言わないけど、旦那を横にして他の男に見せる顔じゃなかったかしら?」
すぐに顔を覆い、そおっとザイードを盗み見ると仏頂面と目が合った。
「べ、別に男性として憧れている訳じゃないから」
「好きにしろ」
臍を曲げた勇者王に弁明をする王妃の姿は、宮廷人にとっても新鮮に感じる。
嫉妬するくらいには想い合っているのだと、チャムとフィノはほくそ笑んだ。
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