王の間の追及
城門外の騒動収束後の王の間の中央には、宰相の書記官ナミルニーデ・シュッテルベが引き出されている。壇上の玉座にはザイードの姿がある。しかし、今は失意に項垂れ、見上げる気力も失われているようだった。
「この度は、我が書記官がとんでもない騒動を起こしまして、私としましても任命責任を痛感しております」
後ろ手に縄を打たれて跪く彼女の横に進み出て軽蔑するように見下ろすと、クルファットは反省の言葉を口にするがすぐに論調を変えてくる。
「ですが、今回の問題の根底には、国民の政治に対する不信感が…」
「それは要らない」
王妃は即座に断じる。
「今からやるのは、その娘の処分と真相究明だから」
「それでは根本的解決には届きませんぞ?」
「いいえ、解決するわ」
そこで、涙で化粧が半ば流れてしまったナミルニーデが、顔を上げ訴えてくる。
「陛下、どうか信じてください! わたくしは王子殿下を誘拐などしてはいません! そんな畏れ多いこと…」
「そうですよ。誘拐したのは別の方ですね」
その声が流れてきたのは壇上からではなかった。
「理由までは想像の域を出ませんが、まあ
宰相の横まで歩み出てきた黒瞳の青年がチラリと横を見る。
「差し出す相手は、『
一瞬鋭い視線をカイに向けたクルファットは素知らぬ顔を保つ。
「
「ええ、策略家と名高い人物ですが、敗者相手でも能力が高ければ重用すると有名な方でもあるそうですね?」
その通り名の持ち主の正体に王妃が言及すると、カイは知り得ている
「何のお話ですかな?」
「おや? 心当たりがありませんか? 貴殿の取引先の話なのですが?」
「…幾ら陛下の賓客とは言え、お言葉が過ぎれば問題にさせていただきますぞ?」
暗に口を封じるように仕向けてくるが、その程度で黙るような相手ではない。
「いえいえ、問題なのは貴殿の行いであって僕の言動ではありませんよ?」
「まったく…。陛下、この方を何とかしていただきたい。そもそもこの場にいられる立場ではないのではありませんか?」
「俺はそうは思わんが。間違いなく当事者だろう」
宰相は話にならないという風に、大袈裟に肩を竦めて見せる。
「何を仰せになる。では王妃殿下にお願いする。まず論じるべきは政治不安の解消であって…」
「そう、解消すべきよね、カイ」
「はい。言っておきますが、幾ら時間稼ぎをしたところで国境から急使が来る事はありませんからね?」
カイは念押しをする。
「貴殿が帝国に送り出した使者は、僕が全員捕らえて引き渡してありますから」
アヴィオニスが合図をすると扉が開かれ、拘束された数名の男達が近衛騎士に引き連れられてきた。
「締め上げたら教えてくれたわよ。貴方が帝国へ差し向けた使者だって」
秘書官が盆に乗せて差し出した皮紙の束をヒラヒラとさせる。
「密書のほうも確認させてもらったわ。国内情勢の悪化を事細かに綴ってくれてありがとう。参考になったわ」
強烈な揶揄とともに論拠が示される。
「困りましたな。さて、どなたが私を陥れようとなさっているのでしょうか? 身に覚えがありませんので、再調査をお願いしたい」
「不要です。だって最初から貴殿の陰謀だっていうのは分かっていたのですから」
「最初から?」
訝しげなクルファットに、頷いたカイが説明を始めた。
「僕が初めてこの王の間で紹介された時、皆は驚いていたんですよ?」
周りを指し示しながら言う。
「それもその筈、誰も僕の存在を知らなかったからです。この国の諜報の元締めであるアヴィオニスさんでさえ僕の動向を把握していなかった。それは彼女から聞いています」
戦場からの帰り道で既に確認している。
「どうやら帝国が把握している僕の動きがこの国には全く流れていなかったのです。ところが、貴殿だけは僕の通り名を耳にしても何の反応もしませんでした」
クルファットの前に回り込んだ青年は向かい合ってから告げる。
「それが出来る人間は、帝国から僕の動向を聞いていた人だけ。つまり帝国と繋がっているのが貴殿だという証明です」
「私は常に冷静沈着を旨としている。それを証拠とされても困りますな」
「無理よ」
玉座の横から指摘の声が飛ぶ。
「それは、カイが如何にも拳士然とした武張った男なら冷静な反応だと言えるわ。でも彼は見ての通り、少年と見紛うような
「どうしても私を帝国の手先だとされたいのですな?」
「これだけ状況証拠が出揃ったら仕方ないんじゃない? 認めたくないと言うなら根比べしましょ? どれくらい締め上げたら素直になってくれる?」
往生際の悪い相手に呆れた様子を見せつつアヴィオニスが問い掛けた。
「愚か者どもが…」
囁くような声が漏れる。
「沈む船から逃げ出そうとして何が悪い! 当たり前の事ではないか!」
王の間にクルファットの吠え声が響き渡る。
「皆、分かっているだろう!? この国がどれだけ持ち堪えられると思っている! 勇者王と王妃に縋って成り立っているだけの国が!」
玉座に指を突きつけるという不敬をものともせず、彼は語り続けた。
「どちらかが欠けただけで一瞬にして帝国に飲み込まれてしまうぞ! 一瞬でだ! ロードナック帝国はどれだけの駒が揃っているか分かっていないのか!? 剛腕ホルジアに
「あら、そう?」
長広舌を繰り広げた宰相に、事も無げに応じる王妃。
「剛腕なら何度か当たったけど、うちの人と五分よ。そのザイに打ち勝った人があなたの隣に居るじゃない? ジャルファンダルで
当の黒髪の青年は冷たい視線を送ってきていた。
「魔闘拳士 ―― !」
逆上したクルファットが殴り掛かるが、それはいとも簡単に掴み取られる。そして皮紙をくしゃりと丸めるように握り潰した。
「ひいぃ ―― ぎぃあぁ ―― !」
「騒がしい。ルイーグが負った心の傷はその程度の痛みでは済みませんよ?」
転げ回る宰相の耳には届かないだろう。
屈強な近衛騎士に左右を固められて立たされたクルファットにザイードが告げる。
「民を売ろうとした罪、厳罰に値する。覚悟するがいい」
勇者王の手のひと振りで、彼は王の間からも社会からも退場していった。
◇ ◇ ◇
「ところで小娘、貴女の事なんだけど?」
ナミルニーデはビクリと震える。
跪かされた彼女の横の床はまだ血で濡れ、悲鳴が耳にこびり付いている。次は自分の番なのだと思うと恐怖で弁明の言葉さえ出てこない。
「叛意は明白なんだけど、それがザイでなくあたしに対してっていうのが微妙なのよね」
王への叛意でないとなれば大罪とは言えないかもしれない。
「まあ、あれだけの事を仕出かすくらいに頭は回るし、機転も利くみたいなのよね? ナミルニーデ、
「え?」
間抜けな声を出すと、王妃がニヤリと笑い掛けた。
「飼ってあげる」
「ひいぃ ――――― ! い ―― やぁ ―――――― !」
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