理の外側に佇む者
神秘との遭遇
ラムレキア王国の王都ガレンシーから南西に進むと、田園地帯と草原が交互に続く。
方向を頼りに進んでいるので街道を無視しており、そんな状態になるのも仕方ないと言えよう。東方南部のように荒野がか多ければ夜は冷え込んで難儀するのだが、暖かい北部では夜営も苦にならない。潤沢に食料を仕入れてからの旅路は極めて呑気なものだった。
或る程度進むと、チャムが先頭を走るようになって目的地が近い事が察せられた。
(もう隠すつもりもねえのかよ)
そう思ったのはトゥリオだが、カイもフィノも口には出さずとも思いは同じ。目指すはあの石室である。
宿場町レスキレートの北にある、
半
カイが広域サーチを使わずとも、そのままチャムの先導で木立を縫っていく。ところが、彼女が皆を連れてきたのは、その中央付近にある泉だった。
湧き水の泉は驚くほど澄んだ水を湛えており、旅人達はまず喉を潤す。
「私達、あっちで水浴びしてくるから」
そう告げた女性陣は、連れ立って小川が流れ出すほうへ向かってしまった。
「おい、良いのか? 水浴びしに来たんじゃねえだろ?」
「心配しなくたって連れて行ってくれると思うよ。その前に身綺麗にするくらい構わないんじゃないかな?」
「まあな」
チャムがここに一晩夜営してから移動するつもりかどうかは分からないが、今更誤魔化すつもりもないであろうと思う。
とりあえずは、かなり低いであろう湧き水の水温に凍えた彼女達が身体を温めるお茶を魔法具コンロで沸かし始めた。
その後はやはり夜営の準備が始まり、男性陣も汗を流してから就寝した。
翌朝、再び
解錠して中に入ると、分岐から全ての転移魔法陣を巡っていく。座標部分の記述をカイが記録して、どの辺りに繋がっているのか分析する為だ。
ここには五つの魔法陣が敷いてあって、大きめの中継点に設定されていると分かる。
石室は大陸各地に設けられているようだが、全てが繋がっているのではなさそうだ。しかし、幾つかの石室を経由すれば必ず目的地に接続できる仕組みになっているのだろうとカイは思っている。目的地を目指すのに、石室の間を旅する必要は無いよう作られているはず。
その転移魔方陣が五つも敷いてあるという事は、ここは各地の中継点に設定されているのではないかと彼は推測した。
座標の記録は終わったので、ホルツレイン北東部の魔境山脈山中の石室に繋がる魔法陣に向かう。座標の分析は後回し。家に帰ってから、やっと完成しつつある世界地図と合わせて整合性を取ればいい。
「忘れ物はない?」
カイが問うと三様に応えがあり、出発準備は整っていると確認された。
「帰りましょ」
「うん」
皆があのゆったりと出来る我が家に思いを巡らせていた。
◇ ◇ ◇
(ここ…、は…?)
チャムの目の前には草原が広がっていた。
転移先は似たような構造の石室の中でなくてはならないのに、そこは外にしか見えない。ただ、外にしては違和感が強い。
見上げれば遠く広がる雲一つない青空。見渡せば地平線まで続く遥かなる草原。ありふれたようでいて有り得ないその光景。あまりに何も無さ過ぎるのだ。
わずかにカイやトゥリオ、フィノの全員を視界に収められたのが救いだと言えよう。
「おいおい、外に出ちまったぞ? どうなっちまってるんだ? 誤動作か?」
トゥリオは違和感に気付いていないようだ。ただ、以前と状況が違う事だけを気にしている。
「ち、違いますぅ。ここは…、どこですかぁ?」
「参ったな。こんなとこで仕掛けられるとはね?」
フィノは何かを感じている。それが何かとは分からないようだが。
「リドもいない。取り込まれたのは僕達だけみたいだね」
(取り込まれた!?)
カイの表現に怖気が上がってくる。
一緒に転移した筈のセネル鳥達もいない。ここに転移したのは人間だけという事になる。
『用があるのは人間だけだ』
その声がどこから聞こえてきたのか分からなかった。
全ての方向から聞こえてきたかのようにも感じるし、どこからも聞こえず頭の中に直接響いてきたかのようにも感じる。ただ、声だと認識出来る。それだけだった。
「僕には用は有りません。迷惑なんで止めてもらえませんか?」
黒髪の青年の鼻頭には皺が寄っている。露骨な警戒感を表していた。
『そなたの都合など聞いてはいない、
彼の視線の先には女性の姿があった。
『我はアトル。そなたに告げにきた』
「慈愛神!」
悲鳴のような声が出てしまった。それほどにチャムは驚いたのだ。
その存在は、地に着こうかというほどの長く青い髪を垂らし、まさにこの世のものとも思えない美貌を向けてきている。金色の瞳は何もかもを見透かすような光を湛えていた。
ゆったりとした白い衣には何の装飾もなく、ただ便宜上身体を覆い隠すだけのよう。なのに清浄な印象が、その美しさを際立たせていた。
「お、御神よ、何ゆえこのような仕儀を?」
一拍置いて、多少は落ち着きを取り戻したチャムが問い掛ける。
『巫女よ。そなたもそなたじゃ。どうしてこの者の好きにさせている? これが何をやっているかはその目で見てきたであろう?』
「彼の行いが御心に障るほどでありましょうか?」
恐る恐る尋ねた。
カイは不快感を露わにしているが、トゥリオは震えるだけで身動きが取れそうになく、フィノは腰から落ちてへたり込んで言葉もない。状況的に少しでも場慣れしているのはチャムだけなのだ。
『何を言う。これは人の世の理を乱す悪しき存在。取り除くは適わないまでも、人を導き滅ぼすべきは明白ではないか?』
「しかし…」
「なるほど。遠回しな干渉では飽き足らず、実力行使に来たという訳ですね?」
カイは不敵な笑いで慈愛神の糾弾を受け切った。
『告げるまでもないと申すか? ならばすぐさま人の世との関りを絶て。早々に世界より立ち去るがよい』
その声からは何の感情も感じ取れない。その重さだけが彼に圧力のように覆い被さってくる。
「言いたい放題ですね。僕が人間社会を乱していると言いますか? 自分達の箱庭に異物が入り込んできたから排除したいだけはありませんか?」
『ほざけ。そなたの行いで条理が乱されているではないか? 使命を失った勇者は行き所を失い、人の世は怯えを孕んだまま、心の不安が大乱を導こうとしている。人はそなたの玩具ではない』
「言うに事欠いてそれですか?」
青年は、神なる存在を前にして嘲笑を浴びせる。
「全ては人の所業です。その流れを作っているのはあなたでも僕でもない。生物としての人の欲望が形として現れているだけの話です。しかも、その暴走を制するだけの心の成熟が為されていない。それは誰の所為なんでしょうね?」
カイは指を振りつつ指摘する。
「まあ、それは良いでしょう。だいたい、人を玩具にするなと言うのならあなたは何なんですか? あの時、神聖騎士とやらに干渉して操り人形にしたでしょう? 一番、人間を玩具のように扱っているのはあなたなんじゃないですか?」
鋭い視線が、金色の瞳を射抜く。
『おこがましいわ』
一喝とともに、アトルはその手を横に払うような動作をする。
その瞬間、カイの腰から上の上半身は跡形もなく失われていた。
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