閉ざされた道

「私ね、お婆ちゃんなのよ、あなた達から見れば」

 僅かに見せた醜態を照れくさそうにしていたチャムが、少し辛そうな表情に変わる。

「こんななりで二百歳越えているとか気持ち悪いでしょう?」

「そんな事、全然無いですよぅ!」

 フィノが大きく手を振って違うと意思表示する。いつもは垂れている耳がピンと立ち上がっている辺りが必死さを表していた。

「気持ち悪いなんて欠片も思っていませんですぅ!」

「だよな? 見た目なんて最初から人間離れしてるんだから気にする必要はねえぞ?」

「それって褒めてんの? 貶してんの?」

 半目になった青髪の美貌にトゥリオは逃げ腰になり、笑いを誘う。


「あれって、そういう意味だったんですねぇ」

 犬耳娘は感慨深げに続ける。

「何?」

「カイさんが気持ちを口にした時、チャムさんが置いていってしまうって言った話ですよぅ」


 西方から旅立つ少し前、フィノに促されたカイが、チャムに対する恋心を明らかにした事があった。

 その時に彼女は、青年の恋心には応えられないと、はっきりと口にする。彼を置いていってしまうという理由で。

 それは彼女が老いずにカイが先に逝き、一人だけ人生を先に進んでしまうという意味だったのだ。

 後にカイは、異世界との時間差で代謝時間が遅く、千くらいは生きるだろうと判明する。それを聞いたチャムは爆笑した。

 彼の奇妙な事情に呆れた笑いではない。憎からず想っている相手が、彼女と同じ時を生きるのだと感じて、嬉しくて仕方ない気持ち表れだった。


「僕は君の美貌に翳りさえ見えないのは喜ばしい事だと思っていたし、そんな素振りも見せていたから長生族なんじゃないかと思ってた」

 メルクトゥー女王クエンタは、彼女と旧知であるような様子を見せていた。それを不審がっている様子も。

「でも、そんなのはどうでもいいんだ。僕が君を看取る事になろうが、君が僕を置いていってしまう事になろうが、ともに時間を過ごせるなら全部些事だってずっと感じていたから。大切な君との一緒の時間は他にかけがえの無いものなんだから、その為なら何でもする」

 カイの告白が麗人の胸を打つ。


「もう! もうもう! あなたって人はもう!」

 地団駄を踏んだチャムは顔を背ける。

「むふふー、チャムさん、顔真っ赤ですよぅ」

「何だよ。今更なに照れてんだ? こいつのこれはいつもの事だろうが?」

 エルフェンの男女、アコーガとクララナは呆然としている。そんな様子を見せるゼプルを見た事が無かったので意外だったのだ。

「それにずっと若くて綺麗でいられるなんて、すごく羨ましいですぅ!」

「何言ってんのよ、フィノ。いつまでも子供みたいな顔付きをしているあなたに言われたくないわ」

「あっ! 言わないでくださいよぅ! 気にしているんですからぁ!」

 膨れっ面を見せる犬系獣人に、三人は爆笑した。



 チャムが「案内するわ」と先に立って歩き出す。

 フィノは、この一族の後継者である青髪の美貌が帰還したにも関わらず、行き交う人々がほとんど興味を示さないのが不思議だった。これまでの話で、彼らが活力を失っているのは分かるが、それにしても異常だ。

 聞いた範囲では、チャムはもう百五十も戻っていないはずである。もう少し歓迎の意を示す者がいなければおかしい。これは活力を失っているどころではない気がしてきた。


「カイさんはさっき何に気付いたのですかぁ?」

 使命以外に興味を示せなくなっているのかと思い、その疑問の答えを持っているのかと質問してみる。

「大きく分ければ二つあるね。一つは年齢層の事。フィノはみんな若いって言っただろう? ここには子供や老人はおろか、壮年らしき人物もいない。明らかにおかしい。でも、それはさっき聞いたみたいに、成人以降は不老であるという種族特性で説明出来る」

「何人も見掛けたが、あれん中には若いのも若くねえのも相当年食ったのも混じってるって事だな?」

「そう。子供が見えないのはどこかに集められているとか、そういう理由だろうね?」

 チャムは頷く。

 確かに子供達は教育施設に集められているのだ。

「もう一つは警戒心の無さ。こうして隠れ里のような場所を作っているのに、余所者である僕らの姿を見ても、逃げも隠れもしなければ追い出そうともしない。この矛盾は何? あまりの無気力さは、自らの存続の事さえ拘らないほどに枯れてきているのかもしれないと思わせるよね」

「そうですよねぇ。何か虚ろで、目に映るものに興味を示さず、ただ機械的に使命に殉じようとしているように見えてしまいますぅ。少し気持ち悪くてぇ……、ごめんなさい!」

 麗人のほうを窺い見て謝罪を口にする。

「構わないわ。外を知っている私が見てもそう思うもの」

「もしかしたら、こうやって秘密を維持し続けていられるのは、彼らの働き有っての事なんじゃないのかな?」

 カイの視線の先にはアコーガ達の姿が有る。森の民エルフェンがゼプルの存続に一役買っているのではないかと言っているのだ。

「はい……。我らにはまだ増える力が有ります。ゼプルの眷属として千余の長寿を定められた我々ですが、外を知っているので情というものにも通じています」

「でも、ゼプルにはもう生活能力さえ怪しいと考えている?」

「優秀な方々なのです! それは間違いありません! ただ、長い時を生きる意味を使命にしか見出せず、生きる事に無頓着なので……」


 クララナは声を荒げて主張する。だが、すぐに恥じるように声をひそめた。

 それが彼らが未だ揺れ動いていると知らせる。ゼプルと同じ状況に陥りそうになりながらも、まだその胸の奥には情熱の炎の種火が灯り続けているのだ。


 それに気付いたカイは麗人に視線を送る。受け取ったチャムは頷き返した。

 彼女は里を後にする前から感じていたのだ。同じ使命を背負いながらも、エルフェンは違う道も持っているのだと。

 それは彼らが存在を隠しながらも人族社会を観察しているから生まれた差だろうと推測する。だから彼女は人族社会に身を置く事でゼプルの未来を変えられるのではないかと考えたのだ。自らが先駆者として。


「何とかなるんじゃねえのか? だってよ、ここの連中と比べてお前は別人に見えるぜ。って事は、神使の一族ゼプルにも希望があんじゃねえのか?」

 結構失礼な物言いだが、チャムを励まそうという気持ちは伝わってくる。

「それはいかにも短絡的かしらね?」

「そんなに容易な話じゃないと思うよ?」

「大変だと思いますよぅ?」

 口を揃えて反論される。


 言うなれば、チャムは軽症だった。

 最初から神使の一族ゼプルを変えたいと考えていたし、そう考えられるだけの活力を持っていたのだ。その彼女が人族社会に百五十余りも触れていて、やっと普通に振る舞えるくらいになっている。

 元々異端視されるほどの彼女が、人の情熱を傍らで見続けていてようやくその片鱗に手を掛けていられる。ずっと人々の喜びや悲しみ、怒り、絶望、愛情といった激情を貪るように浴びてきて、ようやくその一端を理解出来るようになっている。

 それを、重症である里の人々に植え付けようと思えば、どれほどの労力が必要か? 想像を絶するだろうと三人は考えたのだ。


「じゃあどうすんだよ? 諦めんのか?」

 降参とばかりに肩を竦めたトゥリオが尋ねてくる。

「諦められない。私一人で何とかなると思えたならカイを連れて来ようなんて思わなかった。だから、お願い、カイ。私は失敗したの。でも、何かヒントにならないかしら?」


 黒髪の青年もさすがに難しい顔で腕組みした。

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