復讐鬼(3)

「これ、何だと思います?」

 櫂は胸元から手の平サイズの機器を取り出すと示して見せる。三人の少年は痛みに耐えながらも、その言葉に従って注目する。そうしないと次は何をされるか解らない。そんな強迫観念に捕われていたからだ。

小型動画撮影装置ハンディームービーカメラというのが正式な呼称みたいです。最近のはこんなに小さいんですね」

 彼が何を言いたいのかは薄々感じているが、言葉は出て来ない。

「もちろんスマホでも動画は撮れるしお手軽で便利なんですが、こっちのほうがブレ補正機能が充実しているみたいなんで、これで撮っていました。一部始終を」


 櫂が告げた事実に少年たちは冷や汗が止まらなくなる。先ほどまで櫂に誘導されるように自らの罪状を証言し続けていたのだから。


「帰ったら僕はこの映像をマスコミ各社に送ります。と同時に大手動画サイトにもアップします」

 三人にとってそれは最悪の事態だ。全てが露見してしまう。

「止めてくれ……、ください……」

「そんな心配する事はありません。こんな自白を強要するような動画に証拠能力なんて欠片も有りませんから」

 彼らが加えられていた暴行も映っているのだから櫂の言う事には納得出来、少し胸を撫で下ろす。

「メディアも取り上げる時には君達の声や顔に加工をしてくれるのは間違いないでしょう」

 今までの例を鑑みれば、未成年である自分達の扱いには十分以上の配慮が為されるのは既定事実だと言っても過言ではない。


「ただ、動画サイトはどうでしょうか?」

 問題はそこだ。

「無論、僕は加工無しでアップしますよ。あっという間に拡散されるでしょうね? そして至る所に保存されて消す事など叶わなくなる。報道番組で取り上げられればどんどん拡散していきます。君達の顔も声も、そして何をやったのかも」

 三人の動揺は今や隠しようがない。最悪、名前や住所まで調べ上げられ晒されるかもしれない。

「これからの進学にも就職にもこの事実はずっと着いて回りますよ。忘れてはいけません。君達は拓己くんを殺したんです」

 これは死刑宣告だ。自分達の身の破滅を指し示している。

「僕が君達を殺すのは簡単なんです。でも、それをやると親兄弟に掛かる迷惑が無視出来ないレベルになってしまうんです」

 彼らは自分の事は棚に上げて、櫂の事を自分勝手だとなじりたい思いが込み上げる。だが、その前に最後の決定的な事実が告げられてしまった。

「だから、社会的に死んでください」


 三人の少年は全身の痛みに満足に身動きも取れないまま呻いている。

「酷ぇ。酷ぇよぅ。何で俺らがこんな目に……」


(この人達はまだ自分が被害者だと思ってるんですね)


 理不尽を平気で行う人間というのは度し難いと櫂は思うのだった。


   ◇      ◇      ◇


『始まりました。ニューストゥルータイムの時間です。ご案内は私、沖田です。

 今日も皆さんに真実をお届けする時間がやって参りました。


 今日取り上げるのはこのニュースからです。

 まずはこの衝撃映像をご覧ください。』


 櫂がアップした動画の内、残酷過ぎない部分と一場達の証言部分に編集され、顔や声が加工された物が流される。


『これが只今、ネットを賑わせ、一部で大炎上している暴行動画です。

 こちらは編集加工を行われておりますが、元画像は匿名希望で当社に送られてきた物です。

 <彼らの罪状>とタイトルの付けられたこの動画は、おそらくこの声だけ聞こえる撮影者、

 つまり暴行を行っている何者かによって送られてきたものだという事でしょう。


 問題はそれだけではありません。

 暴行されている側の証言がそれです。

 この三人の少年たちは自ら虐めを行っていた事実を認めております。

 番組のほうで調べましたところ、確かに虐めを示唆した遺書を残した中学生の自殺の事実が有りました。

 その少年の通っていた中学校にカメラが到着しています。

 現地の下村アナウンサー!』

『はい、こちら下村です。

 私の後ろに有るのがその中学校です。

 先ほどお話に有りました中学生の自殺が確認されたのは十日前。

 その後、警察からの要請で中学校並びに県教育委員会が調査を行っていましたが、

 事実関係は未だ明らかにされていませんでした。

 そこに飛び込んできたのが例の動画です。

 現在、中学校及び教育委員会は対応に追われているようですが、

 記者会見の予定などは発表されておりません。

 警察側も現状を重く見、再捜査を行う動きを見せております。

 現場からは以上です。』

『はい、現地からのリポートでした。

 本日のコメンテーターは政治評論家で教育問題にも詳しい鉢山さんです。

 鉢山さん、複雑な状況となってきておりますが、この問題をどう思われますか?』

『どこから話すべきでしょう?

 まず、匿名希望の動画投稿者の存在からでしょうか?

 声の感じからは彼も少年であるかと思われます。

 動画の内容からして明らかな暴行の事実が有りますので、早晩警察によって拘束されるでしょう。』

『はい』

『次に暴行を受けていた三人の少年についてですが、

 こちらもおそらく警察による事情聴取の対象になるのではないかと思われます。』

『確かに』

『ただ、この暴行動画の証拠能力となると皆無としか言わざるを得ません。

 これは暴行少年による強要自白と受け取れるでしょう』

『そうですね』

『本人達が認めるか、新たな目撃証言でも出ない限りは、

 暴行事実による逮捕には至らないかと思われます。』

『中学校の対応に関してはどう思われますか?』

『暴行少年の行動は何らかの確証が有っての事と予想されます。

 つまり、そういう事実関係を容易に掴める状況にありながら、

 学校側が何の事実も掴めていないとは思えません。

 これはおそらく事実を掴んでおきながら、隠蔽したままの収束を

 考えていたのではないかと推測されます。』

『学校側はあくまで虐めなど無かったと主張したいわけですね』

『そうです。

 こういった隠蔽体質が虐めの助長の一因になっていると、

 学校は認識すべきなのです。

 それが出来ないのでいつまでたっても虐めの芽を摘み取ることが出来ません。

 私は学校機関にそれを求めたいと考えております。』

『解ります。確かにそうですね。

 では、次のニュースに移らせていただきます。』


   ◇      ◇      ◇


 全国版の報道番組で取り上げられた事で動画のカウンターは回りっ放しになる。

 そこに集められる意見は多岐に上るが、概ねこんな感じだ。

「酷い。何て残酷な」

「鬼だー鬼が出たぞーww」

「酷いのこいつらじゃね?」

「そうそう、虐め殺したんだろ?」

「こいつ、強っ!」

「痛そうで見てらんない」

「じゃ見んなよww」

「ぼこぼこぼっこwww」

「おー、逆らう逆らう でも返り討ちw」

「流堂拓己って誰?」

「誰か、探偵さーん」

「調査完了→URL」

「地方版ニュース?」

「あのなー、スマッシュってのはもっとこう下から打ち上げるように」

「誰も聞いてねーwwww」

「屋上から大ジャンプ!?w」

「おい死んでんだぞ(怒)」

「うわ、えぐ」

「ケロケロ~」

「やっぱ本物光んねーしw」

「二次元の住人ww」

「ちょ! 何か飛んだ」

「歯」

「すげ こいつとことん痛めつけるつもり」

「どゆこと?」

「気絶したり命に関わるとこ避けてる」

「でもこれ子供じゃん」

「殴り慣れてる 将来不安」

「容赦ねー」

「誰これ?」

「こいつかも?→URL」

「探偵さん再登場ww」

「がっつり関係者!?」

「従兄弟じゃん」

「空手有段者? クビになってんじゃん」

「三人半殺しの刑再びwww」

「でもこれ仇討ちだろ?」

「英雄登場!?」

「でも酷過ぎ」

「じゃダークヒーロー?」

「アメコミww」

「ニューヒーローこうりーん!」

 これ以降、櫂の行為を讃える方向に傾いていく。


 しかし、彼の行為が公の場で讃えられる事など有り得ないのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る