復讐鬼(2)

「君達は本当に下衆ですよね?」

 急に背後から掛かった声に、三人は反応して振り返る。そこには下級生らしき少年が佇んでいた。

「何だ、て……、ぐぼぉあっ!」


 誰何すいかしようとした一場は腹部を襲ったとてつもない衝撃に言葉を続けられなくなる。

 信じられない思いで自分の腹部を見ると、間違いなく目の前の少年の拳が突き刺さっていた。その少年は決して大柄ではなく、どちらかと言えば小柄なほうかもしれない。しかし、彼の拳が伝えてくる衝撃は、丸太でもぶつけられたんじゃないかと思うほどだ。


「何しやがる!」

「こいつ!」

「ひっ!」

 最後に悲鳴を上げた鷺原翔子は、初めて後ろに級友たちの姿を認めた。だが、声を掛けてきたのはその向こうに居る、見知らぬ少年だった。

「こちらの事は気にしないで結構です。夜道は危ないから大通りを使って帰ってくださいね?」

「え? あ……、はい」

 注意を受けた少女は戸惑うが、そこに漂う剣呑な雰囲気に押されるように足早にその場を後にする。


「どういうつも……、がっ!」

 河野は鼻っ柱に握り拳大の石でも当たったかのような痛みを感じて、顔を押さえて蹲る。

「何だ、これ……、ひぇっ! がふっ!」

 膝裏に蹴りを食らって仰向けに倒れた草田は腹に落ちてきた踵によって全ての息を強制的に吐き出さされてのた打ち回る。

 既に苦鳴を上げるだけでほぼ戦闘不能になってしまった三人を前に、櫂は口を開いた。

「何だ、君達でも痛いって感じるんですね? 僕は痛みなんて知らないんだと思っていましたよ」

「い、痛いに決まってんだろ? 何だよ、急に殴ってきやがって」

 鼻を押さえた河野が、その手の間からぽたぽたと血を滴らせながら、くぐもった声で抗議してきた。

「だって君達は流堂拓己くんに同じ真似をしてきたじゃないですか? 痛いって解ってたらそんな事出来ないんじゃないかと思ったんですよ。僕が間違っていたみたいですね」

「お……前が警告文あれを送って……きた奴だな」

 やっと腹部への衝撃から立ち直りつつある一場が息も絶え絶えに訊いてくる。勘は悪くないようだと櫂は思う。それ以外は最悪だが。

「ええ、僕は警告しましたからね。君達が後悔をしないで済むように。でも、従わなかった」

「ごえっ!」

 やっと顔を上げられた一場に左フックが炸裂して、また転がされる。今度は顔を押さえて唸り始めた。

「出頭していたら警察が守ってくれた筈なんです、僕のこの拳から。だから今から後悔するんですよ?」


 蹲る河野の脇腹に左足の甲で蹴りを入れる。僅かに湾曲して抵抗を示した後、ゴキッと肋骨が折れる感触が帰ってきた。

「がっふぁぁ!」

 堪らず脇を押さえて横倒しになる河野。

 こめかみ、顎、首回り、鳩尾は狙わない。気絶して楽にさせてしまうからだ。

「止め……、ぎべっ!」

 恐れて尻を突いたまま後退りしている草田の太腿を踏みつけると、スマッシュ気味の低い軌道の拳を顔面に入れる。そのまま後頭部も打って再びのた打ち回る草田。

 一場の髪を掴んで引き上げると、今度は膝を腹にお見舞いする。

「ごはっ! あ、ああああ……」

 髪を離すとそのまま崩れ落ちる。腹部の痛みに目を白黒させている一場に向かって言う。

「そろそろ素直になっていただけるでしょうか?」


「君達は流堂拓己くんに暴力を振るって虐めていましたね?」

 三人ともがまだ唸っているだけだ。肩を蹴って河野を仰向けにすると、胸の中央を踏みつけて少しずつ体重を掛けていく。

「痛えぇ、止めてくれ! 折れてる折れてる! 死んじまうよおぉ……」

「虐めていましたね?」

「そうだよ。それでどうしたよ。お前、関係あんのかよ?」

「あれ? 意外と元気なんですね?」

 さらにグッと力を入れると他にも何本か折れたような音を立てる。

「あああ、くそっ! 何なんだよぉ」

「他の方はどうです?」

「その通りです」

「や、止めて、ごめんなさい! 虐めてました!」

「そうですか。それは認めたとして、あまつさえ金銭まで要求してましたよね?」

「な! 何の事だよ……」

 一場は驚いた素振りを見せるが、後半は声が小さくなっていく。

「僕が何も知らないとでも? 君達は拓己くんの通夜の晩、近くの公園に居たではないですか? 死者に鞭打つように自分達がやっていた事をさも自慢気に話していたじゃないですか?」

「「「!!」」」

「誰も聞いていないと思っていたんですか? 愚かですね」

「ち、違うんだ。あれは一場がそうしろって……」

「手前ぇ、こら!」

「今度は仲間割れですか? 見苦しい。止めて下さい。どう足掻いたところで君達は三人とも同罪なんです。誰一人として許すつもりは無いんですから」

「くああああ!」

 痛みを堪えて一場が殴りかかって来る。簡単に避けた櫂はカウンターで一場の顔面に肘を飛ばす。

「ごぶぅぅ!」

 鼻軟骨が潰れる嫌な感触が肘に伝わって来る。

「まだ解らないんですかね? 君達では僕に敵いません。出来るのは弱い者虐めだけなんですよ」

 一場は鼻から逆流した血で咳き込み、口から血を垂らしている。

「答えてください。暴力を控える代わりに金銭を要求していましたね?」

「そうだよ! そうだよ!」

「聞いてたんなら解ってんだろ?」

「げはっ! ぞうだ、悪いが」

 一場はもう発音が怪しげで、あとの二人はもうヤケクソ気味になっている。

「ここで逆切れですか? それが犯罪だって解ってるんでしょ?」

「…………」

「未成年なら大した罪に問われないとでも?」

「…………」

 沈黙で肯定してくる三人。


「いい加減、馬鹿らしくなってきましたよ」

「じゃ、じゃあもう許してくれよ?」

「何でです?」

 まるで不思議な事を問われたように櫂は返答する。

「拓己くんも許してくれっって言っていたんじゃないですか?」

「……言ってない」

 そう言った草田の胸倉を掴んで立たせると、頭突きを入れる。

「んがっ!」

 額が切れてどくどくと血が流れ始めた。

「嘘を吐いてはいけません。拓己くんはこれと同じくらいの目に遭っていた筈です。警察の検死結果を聞いたんですよ。転落の打撲の他に、拓己くんの全身には無数の痣が認められたそうです。新しいのから古いのまで色々とね。それはどういう事なんですか?」

「お、俺達がやったんだ。認める! 認めるから許して……」

「拓己くんもそう言ったんでしょう?」

「言ってたよ! 何回も! 許してって」

「じゃあ、何で僕だけが君達を許さないといけないんですか?」

 目の前の少年の顔に浮かぶ無情なる笑顔を見て三人は、自分達が敵に回してはいけない相手を敵にしてしまったのだと思い知らされた。そして彼らは終わりを悟る。


「痛い痛い! 止めろぉ!」

「拓己くんも痛いって言ってたんでしょうね?」

 打撃音が幾度も響く。

「ああ、死んじまうよおぉ……」

「拓己くんもそんな思いでいたんでしょうね?」

 何かが折れる音が鳴る。

「止めっ! 止めて下さい、お願いします」

「拓己くんも止めてって懇願していたんでしょうね?」

 もう吐くものが無くなってえずくだけしか出来ない。

「助けて! 誰か!」

「拓己くんも助けを求めていたのに止めなかったんですよね?」

 折れ跳んだ歯が壁に当たって軽い音を立てる。

「こ、殺される」

「拓己くんも苦しくて辛くてどうしようもなかったんですよ?」


「それなのにお前らは拓己くんに屋上から飛べって言ったんだ! その意味が解るか!」

「ひ……、あ……」

「だからあの優しい拓己くんが自ら命を絶ってしまったんだ! 全部お前らが悪いんだ! そうだろ!」

「は、はい。俺達が飛べって言いました。もう、こんな事しません。ごめんなさい」


 彼らはやっと全てを認めたのだった。

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