帝都への誘い

 ファルマとの雇用契約の話が纏まったところで、「それで首尾は?」とチャムが水を向けてくる。


「やはりジーナさんに対して何らかの陰謀が動いているようだったよ。あの屋敷の主が誰かは調べないと分からないけど」

 調査に関してはまだ鳥羽口だ。彼らはこの商都の事に関しては全く明るくない。

「ムダルシルトの屋敷にゃ」

「ありがとう。あの屋敷の事も知っているんだね?」

 距離が詰まっても礼を忘れないカイに、大きな笑みに表情を染めたファルマは頭を彼の肩に擦り付けて甘える。

「知ってるにゃ。カイがそんなに知りたいにゃら教えてあげるにゃ」

「何者なの?」

 チャムもこのあたりになると、この猫系獣人がそんな性格なのだと掴み始めているので放置している。

「クステンクルカでも三指に入る豪商にゃ。最近はとみに力を増してきて、帝都の御用商人とも繋がりが有るって自慢してるにゃ」

「商人が輝きの聖女に何の用があるってんだ?」

「教会との関係なら意味は分かりますけど、司祭様に個人的に興味を示す意味は解りませんですぅ」

 二人はしきりに首を捻っている。


 ジギリスタ教会はロードナック帝国の国教である以上、その教会の勢力は帝国全土に及んでいるので、情報網には当然商業的な価値がある。しかし、その情報が集約される中央の司祭ならともかく、こんな地方の教会の司祭にどれだけの価値があるかは考えものだ。


「ジーナは美人よ。そういう意味で食指を動かしているのかしら?」

 チャムが他人を美人と評するのは、同席する誰もが苦笑せざるを得ないのだが、本人に何のてらいも無いのでは指摘するのも憚られる。

「彼女の容姿の評価が低くないのも確かだろうけど、違う意味での評価のほうが高そうだね。だって『帝都で高く売れる』っていう主旨の発言があったからね」

「高く売るだと? 世界的に禁じている人身売買に手を染めてやがんのか?」


 この世界ではどの地域でも人身売買と奴隷制度が固く禁じられている。それは戦争に明け暮れている帝国に於いても同じ事だ。

 それは過去に大きな魔法戦争が起こったからだと言われている。

 なぜ伝聞なのかと問われれば、その記録が残っていないからだ。全ての記録が失われるほどの熾烈を極める戦争であったとされている。その所為でかなりの文明と魔法技術も失われており、人類はその時にやり直しを余儀なくされるほどのダメージを受けたらしい。

 その原因になったのが人身売買と奴隷制度だ。それ故に人類は固く戒め、蛮国と呼ばれるような国でもその二つが許されている事はない。


「いや、それは比喩的表現だと思う。絶大な力を持つ美人回復魔法士。これほど大きな国の首脳部に居る人間でも傍に置きたいと思うんじゃないかな? それこそ皇族でも。御用商人とも繋がりがあるって豪語しているなら、売り込む伝手もあるのだろうし」

 カイの表情から感情が抜けかけている。これは本人が納得いかなくても現実はそうだと考えている時の癖だ。

「そっちの『売る』かよ。それなら分からねえことはねえな」

「分かりたくも無いけど、現実はそうよね」

 口を揃えて言う二人は納得顔。

「そういう働き掛けが有るのか確認したほうが良いと思いますぅ」

「フィノの言う通りだね。これ以上の接触で完全に警戒されるのは間違いないだろうけど」

「あう! ごめんなさい、考え無しでした!」

「いや、深入りする以上、それは避けて通れない道だから気にしなくていいよ」


 消沈したフィノを慰めたカイだが、これには皆に覚悟を促す意図もある。これからは警戒される事を念頭に置いて、行動に気を付けて欲しいと言っているのだ。


「ところでムダルシルト商会で良いのかな? そこは主に何を商っているのかファルマは知ってる?」

 彼らの討議を興味深げに眺めていた猫系獣人に問い掛ける。

「正確には『ムダルシルト大商会』にゃ」

「ずいぶんと尊大な看板を掲げているものだね?」

「帝国ではそういうのも少なくないにゃ。はったりを利かせるのも商売人の肝の太さだって思っているからにゃよ」

 この国では自己主張も一つの力と見做されるらしい。

「ファルマも何を扱っているかまでは知らないにゃ。調べておくにゃ」

「任せるわ」

 挑戦的な表情でチャムが言う。


 働きで力を示せという意味なのだろうとファルマは受け取った。


   ◇      ◇      ◇


 ラエラルジーネとの面談が容易に叶うほどその身分は軽くなかった。

 しかし、このは彼女が奉仕活動を行うであり、教会前には癒しの力を求めて長蛇の列が出来てしまっている。普通なら一を掛けてその列を捌くのである。無論、休憩を挟んだり魔石による魔力補給を行いながらであるが、その奉仕活動を彼女は望んでやっている。

 教会側もラエラルジーネの奉仕活動は広告塔としての役目に繋がるので、協力は惜しまない。助祭達が案内や列整理、病状の聞き取りなどに走り回っていた。

 そんな状況下で話があると言ったところで、重要人物でも無い彼らの要望が通る訳がない。仕方なくチャムは提案をする。


「手伝うわ。席を用意して」

 いきなりのその提案に声を掛けられた男性助祭は目を白黒させる。

「何をおっしゃいますので?」

「フィノ……、そっちの獣人の娘と私は治癒キュアが使えるの。だから症状の軽い人はこっちに回しなさい」

 助祭は戸惑うばかりだったが、皆が回復魔法を求めて集まっているのだと押し切られる形となる。

「あなたはダメ」

 そっと手を挙げたカイは、チャムにひと睨みで却下された。


 それもそうだ。輝きの聖女の横でより優れた魔法を披露する訳にはいかない。それが分かっていたので彼も控え目にしていたのであろう。

 仕方なく彼は、にこやかな笑顔で老人や子供の案内に奔走し始めた。

 ラエラルジーネは忙しくしながらもその動きに気付いているらしい。彼女はチャム見せる光述魔法に目を丸くして非常に興味を引かれたようだ。


「チャム様、それは?」

「こういう系統もあるのだと理解しておきなさい」

 淡々と治療に専念する彼女は一言の元に跳ね付ける。


 列を成した男性治療希望者達は、新たな超絶美人と可憐な獣人の出現に色めき立つ。だが、彼女らの後ろには赤毛の大男が睨みを利かせており、余計な発言や時間を費やす行為は封殺されている。その為、待機列は速やかに解消していった。


本陽ほんじつはお手伝いいただきありがとうございます。非常に助かりましたし、いつもより多くの方に癒しの力をお分け出来て喜んでいただけました」

 二人の助力で、午後の二の刻二時半にはそのの奉仕活動は受付分まで消化された。

「気にしないでいいわ。私達が訊きたい事が有っただけだから」

「あら、何でございましょう? わたくしもチャム様方とはまたお話しいたしたいと思っておりました。先ほど見せていただいた魔法の事もお伺いしたいですし」

「そう?」

 彼女の一族に伝わる古代魔法で、起動に時間が掛かり過ぎる手法であると説明する。

「ねぇ、あなた、ムダルシルト大商会って知ってるかしら?」

「はい、存じ上げております。大店を抱えるご立派な方で、ご主人には良くご寄付いただいてますのよ」

「それだけの関係?」

 にこやかに話すところを見ると、特に無理を言われたりはしていないようだ。

「過分なお話をいただいてはおりますが」

「何て?」

「もしその気があるのなら、帝都ラドゥリウスに出向いて皇帝陛下にお目通り叶えるとの事です」

「なるほどね」

「はぁ、それが何か……」

 言い掛けて息を飲む。


 その時、教会の大扉を抜けて、十名以上のいかつい男共が入り込んで来たのだった。

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