斥候士ファルマ

 本人達は眠らず待っていると言っていたが、どの程度時間が掛かるか分からないし、何より美容に良くないと言い聞かせてチャム達を寝かせておいたので、暗い部屋にそっと帰る。

 ファルマにベッドを使うよう伝えてカイはソファーで横になり毛布を被った。


 翌朝、カイは寝かせておいてトゥリオを鍛錬に引っ張り出そうとしたチャムとフィノは、ベッドで目を擦るファルマの姿を見て仰天した。

「あんた、誰?」

「可愛い可愛いファルマちゃんはまだおねむにゃ。そっとしておくにゃ」

 それで収まる訳がない。

「なんだなんだ!?」

「おはよう、チャム。フィノも」

 騒ぎにさすがに飛び起きたトゥリオと未だ半覚醒状態のカイは、柳眉を逆立てたチャムの顔と直面する事となった。


「こいつは何?」

 チャムに後ろ首根っこを掴まれて垂れ下がる猫系獣人と、それを諫めようと狼狽する犬系獣人という図式が出来上がっている。

「何かやったの、ファルマ?」

「眠っていただけだにゃぁ。この扱いは酷いと思うにゃ……」

 すっかり馴染んだファルマに、カイの口調も変化している。その様子もチャムの癇に障る。

「ごめんごめん、チャム、降ろしてあげてくれないかな? 彼女とは昨夜の調査の途中で出会ったんだ」

「詳しく聞かせてちょうだい」

 完全に収まった訳ではないが、とりあえずは事情を聞く態勢になったチャムである。


 昨夜の遭遇を事細かに話すカイ。とは言え、偶然の出会いとかそういう類のものではない。ファルマが勝手に付いてきただけである。


「カイのサーチ魔法を掻い潜って突然現れたですって!?」

 それより関心事は、或る一点に集約する。三人にしてみれば今までの事例を見て、絶対にとは言わなくともまず有り得ない状況である。

「何をどうやればそんな芸当が出来るって言うの?」

「いや、僕にもそれはさっぱり解らないんだよ」

 それならどうしてそんな得体の知れない人物を連れ帰ったのか? いつもの彼なら考えられないくらい慎重さに欠けた行動に思えた。

「何か憎めなくてね」

 当の猫系獣人はカイの横に腰掛けて、まだ眠たげに頭をふらふらさせている。


 まず一番に目を引くのはその瞳であろう。

 向かって左に当たる右目は透き通るような水色をしているのだが、左目は輝くような金色の光を湛えている。

 人族ではごく稀にしか見られない両目の色の違いでも、獣人であればそれほど珍しい訳ではない。それでもそう多いとは言えず、知り合い以外でたまに見かければ、運の良さを感じさせるほどの頻度と言えよう。

 藍色の髪をショートカットにしており、その間からは美しい形の猫耳が生えている。整った形状の耳は灰色の毛皮に覆われて、眠たげな今はへにゃりと倒れかけていた。

 獣相は薄めに感じて、顔の輪郭を象る毛皮も下から覗き込めば灰色の毛が喉元に見える程度だ。

 とは言え、紡錘形の整った両目の下にあるのは茶色のちょこんとした鼻面。更に柔らかげなひげぶくろウィスカーパッドを持つ猫口が続き、まばらに髭が生えている。

 全体的に見れば、本人が言うように「可愛い」ではなく「美しい」に分類される顔立ちだろうと思われる。


「ちょっと! ちゃんと説明しなさいよ!」

 そのまま寝こけてスレンダーな身体をカイにもたげようとするファルマを、チャムは揺すり起こす。

「何の事にゃあ~」

「あんたがこの人のサーチ魔法に引っかからなかった訳よ!」

「そんなの簡単にゃ。闇纏いダークコートを使ったにゃよ」

闇纏いダークコート!?」


(闇魔法!)

 何の気なしに口にしたが、どうやら彼女は変形魔法並みに数の少ない、闇魔法を扱える魔法士らしい。


闇纏いダークコートなら動物が発する色んなものをほとんど外に漏らさないように出来るにゃ。でも、接近したら気付かれたにゃ。そんなのカイのほうがおかしいんだにゃ」

「まあ、こいつの非常識は今に始まった事じゃねえから置いとくとして……」

「置いとくのにゃ!?」

 手厳しい追求にファルマの目も覚めてきたようだ。

「お前さん、何で後をつけた?」

「カイの後をつけた理由にゃ?」


 ファルマは説明を始める。

 彼女の活動時間は主に夜に偏っているそうだ。暗くなってからこの商都クステンクルカの街を嗅ぎ回っているので、ここしばらくはトーミット家の屋敷が監視下に入っているのにも気付いていた。

 そういった隠密活動などクステンクルカほどの都市となればそれほど珍しいものでもない。その一つとして、横目で眺める程度に済ませていたのだが、昨夜は様子が違った。

 監視を監視している人間が居たのだ。俄然、興味を引かれたファルマは、その様子を観察する。すると、対象の監視を離れた一人を追って、監視していたカイも動いた。

 自然と闇纏いダークコートを用いた彼女もカイを追跡。程良いところで何事か声を掛けようとしていたところを察知されてしまったと言う。


「どうして追い払わなかったの? この良く解らない猫を」

 カイの行動がチャムはどうにも納得出来ない。或る程度の情報が掴めるまで動く予定は無かった彼らは、他人の関与は避けるべき状況。それも彼が一番理解していると思っていたのだ。

「だって興味を引かれるじゃん? 僕だって十分に警戒しているつもりだったんだよ?」

「それを簡単に突破されたから気になったと?」

「カイさんらしいですぅ」

 チャム達もいい加減苛立ちよりは呆れに近い雰囲気を漂わせ始めている。


「ファルマ、君は斥候士スカウトだよね?」

 カイはそれしか考えられないかのように問い掛ける。

「そうだにゃ」

「それも相当腕利きなんだろうね?」

「カイ達の感じ方次第にゃ」

 これまでの話の流れで、彼らの評価は決まっているようなものだ。まさか、カイを出し抜けるほどの隠密行動が出来る人物が居るとは皆が思っていなかった。

 世の中は広いと感じると共に、ファルマの斥候士スカウトとしての腕前は疑うべくもない。

「僕らはクステンクルカここの地理にも事情にも疎い。だから、君を雇いたいと考えているんだけど、今はフリーなのかな?」


 ファルマがパーティーに所属していて情報収集を担っているのと、単なる趣味として情報収集に励んでいるのとでは、事情も違えば交渉相手も変わってくる。前者の場合、彼女本人はもちろん、仲間との交渉も必要になってくるのは考えるまでもない。


「ファルマは単独ソロにゃ。気に入った相手じゃないと組みたくないにゃ」

 四人を窺うように見回すファルマ。

 そんな仕草をするといきなり妖艶な雰囲気を漂わせてくる。どうにも全く掴み所のない猫だった。

「でも、カイはとっても良い匂いがするから組んでやるにゃ。恩に着るにゃよ?」

「止めましょ、カイ」

「どうも胡散臭えしな」

「何か偉そうで嫌ですぅ」

 皆の意見を聞いて「うーん」と唸り始めるカイ。

「う、嘘にゃー! ファルマは良い子だからしっかり働くにゃよ!? だから雇うにゃー!」

「冗談だよ」

 あたふたとする猫系獣人は、彼らがニヤニヤとその様子を眺めているのに気付き、ぷくっと膨れる。

「酷いにゃ。とっても辛い職場になりそうにゃ」

「そんな事言わないの。うちはとても好条件のパーティーよ。あんたみたいな猫の扱いは慣れているし」


 チャムは、彼女と同じく語尾に「にゃ」の付く猫系獣人少女の事を思い出す。

 子供口調の抜ける抜けないは、大人になり切れないとかそういう理由ではなく、本人が大人になりたいと意識して抜けてくるものらしい。逆に言えば、それに頓着しなければいつまでも抜けないと言う。


 どうやらファルマも物事に拘らない、大らかな性格ゆえの口調だと彼らには思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る