辣腕の神使

 西方に派遣されていた森の民エルフィンの内数十名がホルムトに集結したところで、チャム達は北部密林に旅立つ。


 短い滞在の上、慌ただしい旅立ちにレスキリは不満げだがしばらくは行き来が激しくなり、自宅で泊まる事が多くなると告げるとにこやかに見送ってくれる。

 実際にこの転移魔法陣も、居城が出来上がり次第、そこに配置するものに跳び先を書き換える予定になっている。今後はゼプル女王国を介しての移動になるので、ホルムトとの関係性を考えれば自宅を休養場所に使う事が増えるだろうと思われた。


 各地へ向けた転移魔法陣の配置箇所となる築山、彼らが『門』と呼ぶものの内、魔境山脈の中にあるホルツレイン門に到着する。石扉をくぐって外に出ると周囲はいつになく踏み荒らされている。相当の人数が利用したと分かる。


 魔境山脈が近過ぎてまず人気が見られない辺りの草原まで降りると、そこには多数の天幕と立ち働くエルフィン、そしておびただしい数のセネル鳥せねるちょうの群れが見える。彼らが近付くと伝令に走る姿が確認でき、しばらくするとドゥウィムが迎えに出てきた。


「お帰りなさいまし、あなた」

 旅疲れの影が多少は見えながらも、朗らかに迎える。

「ああ、戻った。大事ないか?」

「ええ、皆慣れない旅にも頑張ってくれておりますわ」

「滞りなく事は運んでいる。今しばらくの難儀で我らも安住の地を得られよう」


 移転準備に転移と野宿。隠れ里に暮らしていた彼らには大事業のようだ。

 現実には、里の廃棄作業はエルフィン達が残って今もやっている筈なのだが、そこへ意識が向かないのもゼプルらしいと思える。彼らは使命という大局に心を砕き、細々としたことはエルフィン任せにしてきたのだ。


「お待ちしておりました」

 ドゥウィムの後ろに控えていた一人のゼプルが進み出て一礼する。

「ご苦労だった。お前の意見も聞かずに話を進めて悪かったな」

「いえ、ラークリフト様がお決めになったのであれば異存はございません」

「しばらくは騒がしくなる。頼むぞ?」

 頷くと肩口で切り揃えた青髪が揺れる。男性でも長髪の多いゼプルにしては珍しく活動的に見える。

「承知しております。……姫様もお元気そうで」

「ええ、見ての通りよ。ヘクセンベルテの視察に行っていたそうじゃない?」


 カイは初めて見る顔だと思ったら、里を訪問していた時には外に出ていた人物らしい。

 行き先がヘクセンベルテという事は、暗黒点に関わる調査に出ていたのだろう。青年が出向いて次元壁の穴の封鎖に関与して時間が経っている。もう完全に正常化している頃だろうか。


「姫様には昔から困らされてきましたが、今回ばかりはとびきりですな?」

 平板な顔で辛辣な事を言ってくる。チャムが普通に応じているところを見ると、普段からそうなのだろう。

「お陰で右往左往していますよ」

「あなたは忙しいくらいが好きでしょう?」

「ご冗談を。わたしとて優雅にカップを傾ける陽々ひびを過ごしたいと思っております」

 麗人が口元に手を添えて「嘘おっしゃい」とおどけた後、振り返って仲間に紹介する。

「彼は総局長のムルダレシエンよ。父の下で全体の差配をしてくれているの」

「よろしくお願いいたします」

 難しそうな人物に見えるので、あまり出しゃばらないよう様子を窺う。ラークリフトの下という事は、彼に次ぐゼプルの権力者だと思われる。

ヘクセンベルテあれは姫様の仕業ですかな?」

「まさか。私にそこまでの力が無いのは知っているでしょう? この人が修復してくれたのよ」

「神ほふる者。なるほど」

 ムルダレシエンは眼光鋭くカイを見ている。

「控えなさい。彼は『力持つ意思』よ。世界の大いなる意思に逆らうべきじゃないわ」

「侮ってなどおりません。ただ、わたしには彼がゼプルをどうしようとしているのか見えないのですよ」


 移転に関する経緯はドゥウィムに聞いていると言う。その意図するところに異議は無いのだが、彼にはこの方法が最善とは思えないのだと断言する。


「ゼプルの真実を人族社会に知らしめるのは、あまりにリスクが多過ぎる。長生であるだけでも妬みの対象となり得るのに、様々な技術を誇示すれば反感を買いかねない」

 抽象的ながら問題点を上げてくる。

「或る程度のリスクは必要よ。あなたはただ滅びを受け入れるのも……」

「確かに全てを知らしめるのは危険です」

 反論しようとするチャムを遮ってカイが発言する。

「これからの事となりますが、選別作業をしようと考えています」

「方向性をお聞かせ願いたい」

「まず第一に情報局の存在を伏せなくてはなりません」


 冒険者ギルドを介して大陸中の情報を集めているのは、各国に不快感を与えるだろうと説明する。

 守秘が担保されているからこそ、首脳部は国際機関である冒険者ギルドとも情報の遣り取りをして、諸問題の対策を立てたりもする。例えば、出兵論に傾きが出た時点で、ギルドには人員確保の第一報が送られたりもするのだ。

 それが漏れるとなると、協力体制は崩壊すると思っていい。最悪は冒険者ギルドを排斥して、独自の機関を立ち上げる国が出てくるかもしれない。

 そうなればランク制度も崩壊、冒険者は移動が難しくなり、衰退の可能性も低くない。


「なので彼らにはこれからも裏方でいてもらわなくてはなりません。心苦しいのですが、居城の奥深くで活動してもらう事になるでしょう」

 遺憾を表すように頭を掻く。本流である筈の人々を隠さねばならないのは本意ではない。

「花形になるのは魔法局や技法局になります。彼らには逆に目立つ場所で働いてもらいたいと考えています」

「そちらを大々的に披露する事で、情報局の活動を機密にしようと考えているのだな?」

「その通りです」


 情報局の存在そのものを秘すつもりは無いと説明する。それではゼプルの情報源が不明となり、逆に疑わしく感じられてしまうだろう。

 その活動はエルフィンの情報収集を元にしていて、集積・分析する事で全体の把握に努めているように見せ掛けたいとカイは説いた。公には、その部署が情報局だとすると。


「なるほど。むしろ、その為に各国からの大使を入れるべきと強く推したか」

 黒髪の青年の主張を聞いているうちに、だんだんと口元に薄い笑みを掃くムルダレシエン。

「見せたいものが有るなら、見せる相手を入れなくてはいけませんからね」

「確かに、な。貴公の計画、わたしが姫様に勧めようとしていた考えに沿っている。それで問題無いだろう」

「あら、ムルダレシエンが他人の考えを認めるなんて珍しいじゃない?」

 チャムの美貌に浮かんでいるのは冷笑に近い表情だ。いつもやり込められている相手が、反論の余地もなく同意しているのが愉快なのだろう。

「考え違いは止していただきましょう。わたしは正しいものは正しいと認めます」


 その上で、カイの懸念を否定した。

 使命の継続の為ならば、情報局の局員が不満を抱く心配は無いと告げる。それがゼプルという種族だと理解するように説いた。

 理を持って接すれば、彼らから不平が上がる事は無いのだそうだ。それをよく理解しているからこそ、彼の言説や行動は皆に冷淡に見えているのだろう。


「姫様にしては大手柄です」

 総局長は意味ありげな笑いを含んでいる。

「そのまま篭絡しておいていただきたい」

「な! 何を言うのよ!」

「無理しなくても僕は姫に夢中ですよ」

 そこへカイは乗っかる。

「もう! いい加減にして!」


 それが彼流の冗句なのだろうと青年は思った。

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