諸国の反応

 神使の一族の声明という形で、ゼプル女王国の建国を報せる使者が大陸中の国々へ放たれた。


 突如としてその存在を明らかにした森の民エルフェンの訪問を受けた国々は奇異に感じつつも、それが神使の一族からの使者だと知れば驚きとともに受け入れざるを得ない。

 チャム・ナトロエンの署名で送られた親書を受け取った各国首脳の中には困惑を禁じられない者も多数居た。一部の者は遠話で経緯を訊く事も出来たが、ほとんどは首を捻る。

 ともあれ、の一族からの親書となれば無視など出来ようもなく、即座に討議に入るのだった。



【やはり事実なんだな?】

 柔らかいながらも真剣な声音は、フリギア政務大臣バルトロである。

「ああ、間違いねえぞ。もう、話は結構進んでる」

【くっ、また出遅れたのか! 今回ばかりは出し抜かれては堪らない。森の民に帰途に関しても保証してくれると確認した。私が出向くぞ】

「おいおい、無理すんなよ。陛下が困るだろうが」

 トゥリオは諫めようとするが、聞く耳持たない。

【せっかく立地的にも優位にあるのに、後塵を拝するのはあまりに業腹だ。そんなの耐えられるか!】

「まあ、頑張ってみろや」

【おい! 口添えしてくれよ!】

 珍しく不満混じりだ。

「チャムの後ろにゃあいつが居るんだぜ? 俺に期待すんな」

【むぅ、こうなったらナーツェンを大使に立てるか?】

「無茶すんな!」

 旧友同士は軽口で終えた。


【ちょ、ちょっと待ってね、チャム……、じゃない! 女王陛下!】

 泡を食って連絡して来たのはラムレキア王妃アヴィオニスである。

「チャムで良いわよ」

【そう? じゃ、そうさせてもらうけど。すぐに専任大使を選定して行かせるから、勝手に話を始めないでね!】

「そんなに焦らなくても良いから。どうせ反応の遅い国も出てくるし、こっちもこれから準備に入るの」

 そうと聞いて少しは落ち着いたようだが、彼女らしく意志は強い。

【こんな一大事、絶対に外される訳にはいかないの! 必ずしっかりとした者を送るからそれからにしてよね】

「はいはい」

 鼻息荒く念押ししてきた。


【時間的ゆとりは有りますのね?】

 確認してきたのはメルクトゥー女王クエンタ。

「ええ。そちらはまだ慢性的な人材不足でしょうから、とりあえず臨時大使でも構いませんよ?」

【では、これから調整して向かいますので】

「まさか貴女が来ると言うとつもりではありませんよね?」

 耳を疑う台詞が聞こえた気がする。

【わたくしではいけませんの?】

「そんなに度々国を空けるのは決して褒められたものではありませんよ?」

【せっかくお会いできると思ったのに】

 更に聞こえてはいけない台詞が。

「……何をおっしゃっているんです。メイゼ候と婚約したばかりでしょうに」

【貴方の信奉者であるのに変わりありませんわ】

「ほどほどになさってください」

 婚約者のラシュアンが哀れに思えてきた。


   ◇      ◇      ◇


 黒狼獣人の少年アキュアルに軽く稽古をつけたので、それを眺めるだけしか出来なかった王妃ニケアは極めて不機嫌だった。

 だが、こう人目の有るところで彼女に剣を持たせる訳にはいかなかったので我慢してもらう。仕方なく、蒸留酒シロップ漬けのカームテの在庫を取り出して渡し、ご機嫌取りに走る。


「で、どうだった?」

 カイ自身は菓子職人が丹精込めて作ってくれたケーキに顔を綻ばせている。グラウドの質問にもフォークを持つ手は休めていない。

「あまり良くないです。帝国内での権力構図は複雑に入り組んでいるようで、誰が誰の思惑で動いているか掴むのは容易ではありません」

「あれほどの巨体だ。言うまでもあるまい」

「国土の広さ的にはそう劣るものではありませんよ?」

 今や西の勇に躍り出たホルツレインは国土面積で肩を並べるほどになっている。

「環境が違う。人口では比になるまい。兵力でもな」

「それは否めません」

「当然であろう。他局面侵攻をこなせるだけの力を土台として大きくなってきた国だ。そなたのように真っ正面から挑むほうがどうかしておるぞ?」

 国王の苦言に青年は黒瞳を細める。

「外から見ても一向に見えて来ないので、いっそ飛び込んでみようと思ったのですが、やはり一筋縄ではいかない。まあ、威力偵察というところです」

「何が威力偵察か? 抗議文が届いたぞ。第二皇子殺害は貴国の意図するところか、とな?」

「適当にあしらっておいてください」

 どこ吹く風のカイにグラウドは苦笑いするのが精々。

「質問状を送り返しておいたがな。我が国の名誉騎士を一方的に攻撃するとは何事かと」

「舌戦で済んでいる内は心配ないでしょう」

「何を言っているんです! 無茶もほどほどにしてください!」


 声を荒げたのはベイスンである。

 カイがトレバ戦役の折に地方都市で苦難の渦中から拾ってきた少年だが、今はもう背も伸びて青年の気配を漂わせている。それに伴って実力も付けてきているようで、グラウドの片腕としての顔も広まって、陳情が彼のところへ届くようになったらしい。

 まだ政務官見習いの地位に在るが、既に一目置かれる存在として名が売れつつある。


「心配してくれてありがとう」

 彼に多大なる恩義を感じているベイスンの、心からの忠告を受け取る。

「でも、行動する時はちゃんと余力も計算に入れているから大丈夫だよ?」

「僕は武芸の事は分かりませんので、その言葉を信じますけど……」

「心配すんな。カイ兄ちゃんがやられる訳無いって。一筋でも傷を付けられる奴が居たら御見それするぜ」


 この二人も知り合って長い。もう親友と言って差し支えないだろう。

 情の深いアキュアルは交友関係が広いし、誠実なベイスンは人に好かれる。獣人との付き合いに戸惑いを覚えたベイスンも、今ではこの友人を頼もしく感じているようだ。

 得意分野が両極端な二人は、悩み事があればお互いに相談する仲になり、とても良い関係を築いているように見える。


「将来的に君達が苦労するような羽目にならないよう努力するさ」

 この親友同士は、ともに彼に救われた同志。信頼は厚い。

「ええ、期待して待っています」

「また武勇伝を聞かせてくれよな」

「土産話だよ」

 ホルツレインの未来を託すべき若者達の期待には応えたいものだとカイは思う。


「帝国はどう動くと思う?」

 グラウドが改めて問うとなると使者の事だろう。

「五分五分ですね。無視するか、乱しに来るか。彼女が帝国に向かわせる者には注意するよう命じていたので、あまり深入りする事はないと思いますけど」

隠剣おんけんを除いた事で、剛腕と刃主ブレードマスターの対立が深まるなら、どちらかがこちら寄りの選択肢を選ぶ可能性もあるか」

「いえ、難しいでしょう。まだ、皇帝の権威は大きい。表立って国策に関わる部分にまで干渉出来る発言力は無いように思えました。レンデベル皇帝の思惑が働くならば、その裏にはあの組織の意図が含まれていると考えるべきです。こちらに靡くとは思えません」


 皇子達とて、状況を利用したいと考えても、国策に沿わないとなれば反意を疑われかねない。そんな無謀な賭けは出来ないと思っている。

 動くとすれば、公式ではなく裏取引の形で接触してくるだろう。


「どちらにせよ、こうも思惑が錯綜していると対応に困ります」

 別個に対処しようとすれば難易度は跳ね上がる。

「掛け違いから思わぬ失策に繋がりかねんからな」

「なので少し整理しようと思っています」


 同じ方向を向いてくれているほうが処し易い。それには大きな流れをぶつけるのが早い。

 材料に不足は無い。ラムレキア、コウトギ、そして北部。どこに助力しても逆風を作り上げるのは可能だ。


 ホルムトの要人達は、黒瞳の深淵に怖気を震わせた。

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