神使の交渉
国土の割譲とは穏便ではない。ホルツレイン首脳陣は身構える。
しかし、青髪の美貌も彼らの視線を敢然と受け止めた。
「そして、使命遂行継続の為にゼプル女王国の守護を命じます!」
「…………」
チャムは指を突き付け、沈黙とともに不穏な空気が流れる。
「ぷっ」
「何よ!」
背後からの吹き出した声に、頬を染めて振り向く。
「それは事実上そうなるってだけの話で、わざわざ告げなくたっていいよ」
「言わないのは不誠実じゃない!」
「それにそんなに居丈高に振る舞わなくたって、きちんと話せば解ってくれるさ。ちょっと庭先を、それも普段は目も向けない辺りを借りるだけなんだから」
理由を並べられるほどに、彼女の顔は赤くなっていく。
「……だって交渉事は最初が肝心って言うじゃない」
「操作しなくても神使の一族の印象は圧倒的に上だよ?」
麗人は視線を落として小さくなる。責任の重さに勇み足をしたと気付いたようだ。
「駆け引きは要らないから、ここからは素直に話しなよ」
彼女はこくんと頷いた。
「それでは、チャム殿は我らがホルツレイン王国内に神使の一族の住まう国を置きたいと申されるのですかな?」
グラウドは笑いの発作を面に表さないようにするのに苦労していた。
「そうです。具体的には、北部密林の一部を求めます」
「そうですね。居城と官舎、住居が数十程度ですから
「たったそれだけ……?」
誰が零した台詞かは分からなかったが、そのひと言がホルツレイン首脳陣の気持ちを代弁していた。
チャムはゼプルの現状を語る。
種族的限界を迎えて、人族社会との交流を求めている事。東方は情勢が悪く、里の維持に不安を抱えていた事。安定した環境下での、一族の今後を模索していきたい事。
「その国の女王にチャム殿が就かれる訳ですな?」
要求の軽さに、麗人を侮る空気が流れる。
「当座は父が差配いたしますが、改めて設ける王位には私が就きます」
「如何にもお若い……」
為政者としては若さというのは与し易さを感じさせる。逆に刹那的な印象も与え、国家間の約定の履行などに不安を覚えるのも仕方がない。
神使の一族を受け入れ、友好関係を築くのは国益に適うだろう。だが、その為に冒す危険性も考慮に入れねばと考えているのは明白だ。
ホルツレイン首脳陣も、壮年や老境に差し掛かった者が多く、人生経験を積んできたからこそ今の自分があると自覚するだけ、若さを青さと受け取ってしまう。
「勘違いなさらないよう」
それが透けて見える台詞にカイは現実を突き付ける。
「ゼプルは長生族です。彼女は陛下の三倍以上は生きています。人族の遣り口など、隅々まで知られていると思ったほうが良いですよ」
「なんと!」
予想外の事実に打ちのめされ、心の内まで黒瞳に見抜かれたと感じた彼らは言葉が継げない。
「陛下、これは出来得る限りの譲歩を行い、適う限りの歓心を買ったほうが我が国の利に沿うかと思われます」
「カイ相手では手管など無駄か」
グラウドの囁きにアルバートは、心のどこかで最初から感じ続けていた諦めに身を委ねた。
「ゼプル女王国に、我が国から意思を伝える窓口は設けていただけるだろうか?」
組んだ手を卓上に置き、国王は真剣に願う。
「それとも人族社会のしがらみなどに関せず、独自の国家運営をされるのだろうか?」
「いえ、開いた国作りを目指すつもりです。ホルツレインはもちろん、フリギアもクナップバーデンも、メルクトゥーを始めとした中隔地方の国々も、希望する国家からは大使を受け入れたく思っています」
チャムは積極的に関わるつもりだと表明する。
「その上でゼプルの持つ工作技術や魔法技術等々、提供していく考えです」
「それは実にありがたい話ではありますが、何の見返りも無しにというのは少々怖ろしくも感じますな?」
グラウドは政治家の目で彼女の意図を読もうとする。
「私達は超国家的活動をしなければなりません。ゼプル当人が動く事は稀でしょうが、我が眷属は大陸中で今も活動を行っています」
「森の民ですか?」
「はい、彼らの活動に公認を与え、阻害する事の無いよう念書をいただきたいと思っています」
あくまで基本は魔王対策に置いた上で、国交の意思を見せているのだと重臣達も理解した。
「いずれ我が国が大陸中で認知されれば活動に協力を求めたくは思います。ですが、私達に私心など無いと理解いただくのは難しいとも思います」
「うむ、協力は惜しまぬと言えど、国家の中枢までというのはご遠慮いただきたい」
「ですので、交流の過程で徐々に神使の一族の在り方をご覧に入れたいと考えています」
国王の苦言にチャムも理解を示した。
小さな吐息にカイが目を向けると、グラウドは(やれやれ)という風に肩を竦める。この緑眼は、人の心の動きを実によく理解していると、改めて感じ入っているのだろう。
「今後は交流を旨とされるのならば、もっと立地の良い場所をご提供出来ると思うが如何に?」
アルバートは大胆な提案を示す。
「北部密林が貴殿らであれば天然の要害となるのは然りであろうが、不便であるのは変わりない。警備上の意図であればそれもこちらで用意させてもらっても構わないが?」
「ご提案には感謝します」
彼の思惑は見える。国内に置くのならいっそ取り込みたいと思うだろう。
城壁内に置けば、神使の一族や森の民に向けられる信奉を国教のように利用する事も可能だ。ホルツレインがさも人類正義の中心に位置すると思わせられる。
ゼプルがまず接触を持った時点でそれは叶っているだけに、これ以上の関係深化は他国に懸念を抱かせてしまう可能性が有るだろう。
「ですが立地には少々条件があって、それに適うのが密林地帯だというのもあるのです」
カイの進言の囁きも受けつつ、チャムは議論を進めていく。
「国際協力の視点に於いても、各国との距離感は必要です。ご理解を」
「いやいや、無理は申しませんぞ。我が国の支援の意思だけは受け取りくだされば」
これはそれ以外の支援の受け入れを狙っての言葉だ。彼も年季が入った為政者、ゼプル女王国第一の支援国の名を欲するならば、これくらいの腹芸は平気でやってくる。
「落ち着くまでは、幾らかお願い事をするかと思います。ホルツレインのご協力をお願いいたします」
「無論ですぞ。どうぞ遠慮なく申し入れくだされ」
少しの譲歩は認めねばならないだろう。
これで当面は、ゼプルを中心とした国際情勢はホルツレインの主導で進む事になるだろうが、それはカイも最初から企図していたものだ。
アルバートやグラウドならば、あまり国益ばかりを求めればその地位も危うくなると解るだろう。その辺りの政治的平衡感覚も信頼に値すると思っている。
「末永く信頼関係が続く事を切に願っています」
チャムの差し出した手をアルバートはしっかりと受ける。
「こちらこそ。神使の一族の方々が心置きなく使命に励まれますよう、願っておりますれば」
「ええ、私のゼプルの騎士が頼みにする国であれば頼りになるものと期待しております」
チャムが黒髪の青年を示して言うと、グラウドの眉がぴくりと跳ねる。
重臣達はざわめく。カイは神使の移転の意図を汲んでホルツレインに関与してきたと思っているようだ。最初から青髪の美貌の騎士として行動していたと誤解している。そう匂わせるような言い方もした。
だが、国王や政務卿は彼の出自を知っている。その意味を別のものと受け取っていた。
つまり、今後の魔闘拳士はゼプルの為に動く、と。
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