安住の地へ

 選定地点はエレインごう近くの密林になった。

 ゼプルの皆が驚いたのは、祈りの間に必要な大樹の候補になる樹木がそこかしこに見られた事だという。手つかずの密林は、悠久の時の流れに立派な巨木を育んでいた。


「あれ! あれが良いのです!」

 遠目に一つ抜けた高さを誇る巨木を指差し、情報局長ウェズレンが宣う。

「そうなの? 樹高でいくとまだ高いものがあったじゃない?」

「枝振りが艶かしくてそそるのです!」

「さ、移動するわよ!」

 きっぱりと無視する。

「嘘です! うーそーでーすー! 幹が真っ直ぐなのが良いのですよー!」

「まったく、素直に言いなさい、素直に! 面倒臭い子ね」

「まあまあ。疲れで空気がぎすぎすしてきたから和ませたかったんだろ?」

 赤毛の美丈夫がフォローすると、彼女の反応は顕著だった。

「優しい! しかも色男! 結婚して! ふひぃっ!」

「何かおっしゃいましたかぁ?」

 喉元に鋭利なロッドの先が突き付けられている。

「いーえー! きっと気の所為です!」

「それなら良かったですぅ」


 苦笑しつつカイは魔獣除け魔方陣の布を取り出すと、除外用の従魔法陣を幾つか追加する。そうしないと一行の属性セネルまで遠ざけてしまうからだ。パープル達と違って彼らのセネル鳥は除外護符を身に着けていない。


「器用なものだな?」

 指に塗料を付けてなぞっただけで複雑な魔方陣を描き出す青年に、ムルダレシエンは感心したように声を掛けた。

「特殊な変形魔法ですよ。使い勝手の良い人間でしょう?」

「ああ、これは仕事が早そうだ」

「失礼な事言わないで。彼は道具じゃないわ」

 チャムはそんな風に考えている節があるゼプル副長を咎める。


 魔力は溝のような小さな断面を走る性質がある。それを利用して魔法文字を刻印する事で記述や魔法陣を起動させるのだが、それが適用出来るのは或る程度固い物体に限られる。

 布などに記述や魔法陣を描く時は、金属粉末や水晶粉末を混ぜた塗料を用いる。以前は製造量が少なくて、多少高価だった水晶粉末入り記述塗料も、蓄魔器マジカルバッテリー製造時の副産物として発生する粉末を利用するようになって値崩れを起こし、量も潤沢に出回るようになって入手し易くなった。

 カイも最近は自前で作らずに、ホルムトで大量購入してストックするようになった。


「この人が色々なものの代償に得た能力なの! 馬鹿にしない!」

 専用の筆も使わずに魔法陣のような精緻な記述をこなすのが便利に使えると勘繰ったのだ。

「いえ、わたしもこれほど高い能力を示す人族に初めて会ったので、純粋に敬意を抱いているのですよ?」

「本当でしょうね? 舐めて掛かるなら承知しないわよ?」


 この二人、そりが合わない訳では無いのだろう。ただ、お互いに噛み付いてくるような人間が周りに居ないので、口喧嘩を楽しんでいるように思える。

 チャムから見れば、ムルダレシエンは口うるさい兄のような存在なのかもしれないとカイは思った。


 魔法陣を起動させると密林はざわめき、鳴き声とともに逃げていく気配がある。それが落ち着くのを待って一行は分け入っていった。

 目的の巨木付近も鬱蒼と茂っており、切り拓かなくてはならない。まずは複数の調査隊を編成して敷地の調査をさせると同時に巨木を中心に伐採作業に掛かる。

 移転を開始するまでに東方で集結したエルフィンは九百名超。彼らは隠密行動が得意な上に、個々でも精強な兵として働ける。並行作業でも人員は足りていた。


「さて、と。じゃあ、始めますか」

 魔法で切り倒された一抱え以上は有りそうな切り株に、固定の魔獣除け魔法陣を描き出す。

「どうぞ」

「ありがとう。おそらく問題無いからのんびりとしてるといいよ」

 お茶を運んで来てくれたフィノに礼を言う。

「はい、お邪魔しないように警護に徹しますぅ」


 陣頭指揮を執るチャムは警護班の先頭に立つ。その脇にトゥリオとフィノも控えているのだが、手持無沙汰なのだろう。

 百名で二百五十強のゼプルを警護し、その世話に当たる者も百五十名は置かれている。彼らの出番など無いはず。なのでお茶でもとカイの手伝いに来てくれたのだった。


「泉? 悪くないわね。周囲の伐採は最低限にしてそのままにしておきなさい」

 調査隊から入る報告に麗人は都度指示を与える。それをラークリフトとドゥウィムは頼もしげに眺めている。

「その分、予定地は拡大して構わないわ。それくらいのゆとりは計算の内……、何? 侵入者!?」

「あっ! いけませんですぅ!」

 フィノは自分の役目に戻ろうとする。

「うん、たぶん問題無いかな」

「そうなのですかぁ?」


 その言葉はすぐに証明される。エルフィンに囲まれてやってきたのは、まだ年若い獣人の六人組だった。

 一様におどおどした様子で連れられてくる。彼らにしてみれば、密林内にこんなに大勢が居るなど思ってもいなかっただろう。


「こっちこっち!」

 カイは彼らに手招きする。

「あああっ!」

「驚かせてごめんね。君達はエレイン郷の子だね?」

「はいっ!」

 猫系獣人、犬系獣人入り混じっての狩人グループだ。

「え、誰……?」

「バカ! 前に話しただろうが! カイさんだ、カイさん!」

「忘れんな! 獣人郷の救世主だぞ!?」


 猫系獣人の少年は彼を見知っているようだ。最初の移住組の子だろう。知らなかった犬系獣人は、エレイン郷に新たに加わった衛星集落の子だと思われる。

 今やエレイン郷は西方屈指の大集落と化している。元となった集落を中心に通路とナーフス園を挟んで丸い集落が繋がっていく姿は、まるで巨大魔法陣のような形に発展をしていっていた。

 そこへ更に北辺爵が執務する北辺府が置かれ、巨大化の一途を辿っていっていると聞いている。数十もの郷が集まっている姿は、もう都市と言っていいかもしれない。

 そんな状況下であれば、彼らのような気の合う相手と郷を跨いでの狩人グループを組むのもそう珍しい事ではなくなっているのだろうと思われた。


「君達はいつもこんな深くまで入っているのかい?」

 密林の際からは1ルッツ1.2km以上は入り込んでいる。この辺りはまだ、そこまで入り込まなくても十分に獲物がいる筈なのだ。

「ごめんなさい! なんか変な音がするし、魔獣が全然いなかったんでどんどん進んでいたらいつの間にか……」

「謝らなくていいよ。でも、今度から気を付けようね?」

 彼らも気配には敏感なのだろうが、エルフィン達の隠術には及ばなかったようだ。


「天幕の固定、急ぎなさい! 豪雨スコールが来るわよ!」

 勝手知ったる北部密林地帯である。チャムも空模様に目を走らせると指示を飛ばす。

「伝令! 調査隊は樹下で待機させなさい! 無理しないように!」

「さあ、僕らも天幕に入ろうか?」

 歩いている内に、最初の一滴が地面に染みを作った。


 フィノが配ったお茶を手に狩りグループの子達は雨に煙る外を眺める。いつもなら木の下に避難するのが精々だが、今陽きょうは濡れずに済んで幸運だろう。

「近々、レレムには挨拶に行く予定だったんだ。遠話を入れておけば良かったね」

 青年は肩を竦めながらも朗らかに笑っている。それで獣人少年少女は緊張せずに済んでいる。

「えっと……、これはどういう事なのでしょう?」

「この人達? 引っ越してきたんだよ。これからはお隣さんになるから良くしてあげてね?」

「引っ越し? こんなところに?」

 戸惑いを隠せていない。わざわざ人族が密林などに住むとは彼らの常識外。致し方あるまい。

「そうだよ。ここにお城を建てるのさ」


「お城!?」

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