密林建築
敷地の整備には
それもゼプルの高度な魔法技術の結果である。圧倒的に起動は遅いものの、汎用性では数歩は秀でていると誰もが認めるだろう。
伐採した樹木は木材にされ仮置きされている。これから家屋や官舎などの低層建造物の建材として利用される。土魔法建築よりは木造建築を好む傾向にある彼らには貴重な資源だ。
しかし、高層建築となる城本体はそうもいかない。
隠れ里の高層建築は、土魔法の骨組みと床面の上に木造外装を組み付ける形になっていたが、今回建てる城は外郭を土魔法で作り、内装にふんだんに木材を用いる形にする計画。どちらかと言えば人族よりの建造物になる予定だ。
これは気候に起因する。
さすがに城の材料となるほどの土量を周辺から調達しようとすれば環境が荒れる。ここに到着するまでに、丘を一つ拝借して倉庫に格納してきていた。
その土素材が『倉庫』から展開されて小山を作っている。
「ここをこうして、どちらかと言えば小部屋が多い形にしたいのよ」
チャムが懸命に城のイメージを伝えようとしているのはフィノだ。
「そう、外交的には御大層な謁見みたいな形式よりは、各国の事情を鑑みた密談形式のほうが多くなる筈だから、そういう来賓室を備えておきたいわけ」
「でもぉ、どこの国でも謁見の間や王の間は壮麗なものを備えていましたよぅ? 国の威厳を保つにはそれなりの設備も必要だっていう事じゃないのですかぁ?」
「だから中央には一応の謁見の間を作るけど、規模は小さめにする予定」
その意図から、小さめの広間に美麗な装飾で補うのだと伝える。
「居並ぶ重臣なんかゼプルには居ないんだし」
「そんなに卑下しちゃダメですよぅ!」
表情がすすける麗人をフォローする。
「二階は普通に執務室関係ね。中規模の部屋がずらりと並んでいる感じ」
部屋の配置、廊下のレイアウトなどを地面に描いている。
「これだと二階のほうがずいぶん重くなっちゃいますねぇ。お城ってどうやって重量の問題を解決しているんでしょう? 考えた事も無かったですぅ」
「だんだん床面積を小さくして支えているみたいだけど、今回はあまり気にしなくていいよ。主要な箇所には、支保工として僕が変成した石柱を入れるから」
黒髪の青年は、チャムが描いた絵の数ヶ所をトントンと指で差して言っている。
「三階より上は建前上私室にしている事にするわ。他国の人は立ち入りを遠慮してもらう事にして、四階に大部屋を作って情報局室にしようと思うの」
「じゃあ、そこにも多めに柱を入れないとダメですねぇ」
「うん、石柱に変成すると体積が搾れるから、まずは太めに成形しておいてくれる? あとは変形で対応するから」
四階より上にも私室が並ぶ事を考えると強度が必要だ。
「それでまず上物を仕上げちゃおう。床面の強度を確保してから地下室に手を付けるから」
打ち合わせが済んだところでカイはそう提案する。
「はい!」
「ええ、そんな感じかしらね。地下室分の掘削土も上物に使うのかと思っていたけど」
「それは後、川のほうまで運んで仮置きしておくから問題無し。ちょっとやりたい事あるから」
また何か企んでいる風の青年に、チャムは「あら、そう?」と流し目を送ってから、幾つかの思い付きをフィノに伝えた。
カイはマルチガントレットを展開すると
更にフィノは
「
犬耳娘の声が高らかに建造開始を宣言した。
傍らで技法局員の指示の下、ずっとエルフィン達が土魔法でセメントを混ぜ込んでいた建材土が立ち上がり、居城の上部から形成を始める。一階ずつ盛り上がるように上に伸びていく様は、急速に成長する巨木のようであった。
ロッドを構える獣人娘は涼しい顔でイメージ通りに土を固化する制御を続け、巨大な建造物をただ一人で作り上げていく。膨大な魔力によるイメージ構成の思念波を新たなロッドは容易に受け止め、奇跡のような光景を現実にしていった。
「ありがとう。本当に見事だわ。やっぱり私が知る中で最高の魔法士よ、あなたは」
「そんな。素晴らしい魔法研究の歴史を持つゼプルの方々に誇れるような魔法じゃ……」
「謙遜もほどほどにね。ほら、見なさい」
青髪の魔法熟練者達が目を丸くして口々に賞賛を送っている。
「音声魔法がこの先どんな発達を見せるかは解らないけど、彼女は魔法士として一つの集大成だと言えるんじゃないかな?」
「ですから、このカイさんが生み出した刻印がなければフィノだってこんな離れ業は無理ですよぅ」
「違うわ。確かに
カイも頷いている。
「誇れるものは誇れって事だ。フィノの魔法で切り抜けてきたのだって一度や二度じゃねえだろうが?」
「トゥリオさんが守るに値する魔法士でいられるように頑張りますぅ」
「ううん、既にこいつにはもったいないくらいなんだけど?」
突如矛先が変わって大男は「え?」と振り向く。
「そうだねぇ。重装騎士団で守るくらいの価値があるからね」
「おい、俺は用無しかよ!」
起こった笑いに、青髪の神使達はきょとんとした顔をしていた。
いつ来るか分からない
こうしておけば後はゼプルの技術が生きてくる。近くの川に掛かっている不朽橋。あれに用いている刻印を施せば風化には滅法強くなるだろう。
次に青年が手を入れたのは謁見の間。元から決して広くない設計で作られたが、それだけでは物寂しい。
なので、セメントの材料にしている石灰岩を大量に提供してもらう。大理石に変成すると、切り出し材のように石板状にする。それを床面に敷き詰め玉座への壇も作り上げた。
更に変成した石柱に被せるように変形させると、隠れ里で見た優美な草木彫刻を模した装飾を絡ませた、典雅な大理石柱に見せ掛ける作業までした。
そこまですると見栄えは格段に良くなる。
「ああ、これはすごいわ。ちょっとした儀式めいた事に使えればいいと思っていたのに、大国のそれにも見劣りしないじゃない」
大理石の床にカツカツとブーツの踵を鳴らせながら歩く麗人は、見惚れるように視線を彷徨わせている。
「多少は体裁くらい整えたいと思っていたけど、ちょっとやり過ぎ?」
「ううん、私がこの場所に相応しくなれるよう頑張らないと」
「心配しなくても、冒険者装備の今でさえ一服の絵のようだよ?」
チャムは照れ隠しのように黒髪の青年の胸を人差し指でぐいぐいと突く。
「姫様!」
そんな中、出来たての謁見の間に喚起の声が響き渡る。
「ご注意ください! 何か近付いてきます!」
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