『倉庫』

「ったく、冗談じゃないわ。プレスガンを虫が刺したくらいにしか感じない奴ら相手に戦うなんて」

「だがよ、皆が納得して行ったんじゃねえか。今更文句言われてもよ」

「上級冒険者向きって言っても、あんなもん、完全に力任せに叩き潰すタイプの人間向きじゃないのよ。そんな筋肉ダルマ連中と私達を一緒にしないでくれる?」

 上級冒険者だと、力自慢が多いのも事実。

「う、否めねえな」

「まあまあ、プレスガンに関しては改良の余地を感じたから何とかするよ。それより、そろそろ良さそうだから、この辺りで始めていいかな?」


 結論から言うと、あの巨大剣竜ソードリザードは何とかカイの『倉庫』に納まったので、あの剣竜ソードリザードの巣みたいなところで周囲を警戒しつつ解体作業に入らないで済んだ。

 それでも、あのサイズになると『倉庫』を圧迫しているのは事実なので、さっさと展開したいと彼も望んでいる。


 この『倉庫』というものをカイは、通説のように容量が決まっているとは考えていない。

 それは魔獣の死体そのものを格納した時より解体して部分部分に分けたほうが、同じ容量でも圧迫具合が軽いからだ。

 おそらくは、死体そのもの複雑な情報体の時より筋肉だったり骨だったり皮だったりといった単純な情報体のほうが情報量が少ないからだろうと思う。


 カイは『倉庫』に関してはさらに大胆な解釈をしている。

『倉庫』は一般に言われるように個々人が別々の格納用特殊空間を有しているわけではない。皆が同じ空間、彼が便宜的に『魔法空間』名付けている空間に格納していると理解している。

 『倉庫』という魔法は、この世界空間から物体を魔法空間に転移させ、常時情報接続する形、つまり紐付けする形で出し入れしていると考えているのだ。

『倉庫持ち』が『倉庫』の容量と感じているそれは、個々人が『倉庫』魔法に割り振っている情報処理量だと仮定している。


 カイの仮説では、おそらくその魔法空間という場所は時間・・存在・・している。時間が流れている・・・・・のではなく存在・・しているのだ。

 だから、魔法空間に格納された物品は、時間・・に直接触れ・・なければ時間・・の影響を受けないのだ。

 これはもう概念的な考え方なので、実際に時間・・触れ・・られる形で本当に存在・・しているかどうかなんて正しく理解できている自信は彼にもない。


 ただそう考えたほうがしっくりくると思っている程度の話だ。


   ◇      ◇      ◇


 巨大剣竜ソードリザードを湿地帯から離れた草原で展開する事が出来たカイはホッとしている。やっと落ち着いて解体作業が出来るのだ。

 湿地帯で倒した剣竜ソードリザードの討伐証明部位である尻尾を切り取って回っている間も、その情報量的重さには辟易していた。

 正直、これは何の修行なんだろうと思うくらいに。


 ともあれ気を取り直して解体作業だ。

 普段使っている解体ナイフは明らかに刃が立たないのでもう光刃ナイフに頼るしかない。背中の上まで登って刃を振るい始める。

 ふもとで期待に目を輝かせている羽根の生えた仲間達が居るので、ひと口目を速やかに切り取ってやらねばならないだろう。


 チャムの剣でも歯が立たなかった皮膚とはいえ、さすがに光刃ナイフには抗すべくもなく、刃がスッと入る。

 大きく皮を切り開き、剥がしていく。その下から覗いている肉は白身でプリプリとしていて、如何にも美味しそうだ。

 8メック10cm角ほどに切り取って次々に投げてやるとセネル鳥せねるちょう達は器用に受け取り咀嚼している。そこまではいつも通りだったのだが、急に彼らが騒ぎ出した。

 翼をバタバタとさせながら動き回り、(もっともっと)アピールが激しい。そうなれば反応するのは我がパーティーの天使達だ。彼女らはセネル鳥が美味しいと感じる肉が、人間や風鼬ウインドフェレットも美味しく感じると正しく理解しているからだ。


「トゥリオ、早く石を拾ってきて竈を組みなさい。最優先で」

「何だよ、やぶからぼうに」

「解らないの、あのブルー達の様子を見て? これは大当たりの予感しかしないわ」

「解ったよ」

 何かブツブツ言いながらもトゥリオは石拾いに行く。


 新たに加わった、目がキラキラ組がカイに両手を差し出してくる。

「早く美味しそうなところをちょうだい♡」

「いや、僕そんなに器用じゃないし」


 さすがに彼も見た目だけで肉質の差までは解らない。

 背骨付近の固そうな所を避けてあばらに付いている肉を渡しておく。ホクホク顔でいそいそと切り分けに持って行った。一生懸命作業している自分が肉に露骨に負けたような気がして目から光が失われていくカイだった。


 焼き上がったところでちゃんと声が掛かったので何とか持ち直す。これで自分を余所に盛り上がろうものなら立ち直れなかったかもしれない。

「おお…、これは美味しすぎる…! あんな剣も通らない体しといてトロトロじゃないのよう…」

「ちゅ…、ちゅうぅぅ ── …」

 美味が一線を通り越して大きな声も出ない様子でチャムが言う。

 セネル鳥の味覚センサーは正確無比だ。

「本当だ。意外と柔らかくて脂も乗ってるね」

「マジで美味ぇな、これ」


 あの後、かなり大きめに切り取ったブロックをパープル達の真ん中に置いて自由にさせたので、今は満足気にべちゃりと地面に伸びている。なので、こっちはこっちで盛り上がらせてもらう事にする。


「そんなに焦って食べなくたって、あそこにまだ読んで字のごとく小山のように肉が有るんだからね?」

「ちゅい!」

 まさに猛然と、という勢いで齧り付いているリドに注意する。まあ、彼女の場合は動けなくなったところで如何ようにも動かせるので構わないが。

 肉の量で言えばもうコルテ単位なので好きなだけ食べてもらおう。


「これはどうかな?」

「何々、次は?」

「頬肉取ってきてみたんだけど」

「偉い! 愛してるわ、カイ」


(それはきっと「肉を」だよね)

 そう思う彼はぬか喜びしないよう自制する。


 ただ、彼も頬肉を切り取りに行ったときに、剣竜ソードリザードの頬の皮が他の部位に比べて事のほか弾力が有って柔軟性に富んでいたのに気付いていた。

 一つの名案が浮かんで上機嫌になっていなければ、あらぬ誤解を抱いていたかもしれない。


(これはきっとアレに使えるはず)


 カイの頭には一つの作戦が浮かんでいたのだった。

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