レザースーツ

「チャムさん、一つお願いがあります」

「何なの、改まって」

「僕のほうから抱きつくと性的悪戯セクハラになるので、抱きついてもらえませんか?」

「そうすると私が性的悪戯セクハラに問われるんじゃないかしら」

「いえ、それは主観として、気持ちい…、快か…、…不快かどうかの問題なので」

「誤魔化しきれてないけど、理由を教えてもらってもいい?」


 昨夜は結局、皆が満腹で動けないほどになってしまったので、その場で夜営と相成った。

一夜明けて、尻尾と全身の肉が回収され、頭部と骨だけになった巨大剣竜ソードリザードをその場に残して騎乗する。近くの村落まで移動し、宿屋の確保が出来、清潔を保てる環境と暖かい寝床が保証されたところでカイが言い出した。


 彼曰く、今後、冒険者ギルドのある街まで移動しつつ、剣竜ソードリザードの皮を利用して身体防具の制作に掛かりたいらしい。そうなれば詳細とまではいかなくても、寸法と云うものが必要になってくるそうだ。

 しかし、女性の身体にペタペタと触るのは論外だろうし、抱きついて全身で確認するのも前述のように支障が出てしまう。ならば、最後の手段として受動的に体感するのなら譲歩が貰えるのではないかとの結論に達したらしい。


「測ればいいじゃない」

「何ですと!?」

「それほど正当な理由が有るなら測っても良いわよ。出来るだけの装備品を要求したのは私だし」

「ペタペタ触る許可が出たら出たで気後れが…」

 赤いのか青いのか分からない顔色で答える。

「そこで触る一択なのが不安を煽るでしょ? 普通に紐とか使って測りなさいよ」

「その手があったか」

「お前ら、なんで笑い芸コントやってんだよ」

 収拾が付かなくなりそうな雰囲気に止めて欲しいのかと思って突っ込むトゥリオ。


「後にしてね。身体を拭きたいから。昨陽きのうの大汗のままじゃ嫌よ。乙女心を理解しなさいね」

「それはそれで男心をくすぐっている自覚は無いのかな?」

 一言残して部屋を出たチャムの台詞に溜息が出る。

「あれを素でやるのが女って生き物なんだぜ。魔闘拳士様は案外ウブなんだな」

「何とでも言ってよ。事実だから」


 その後に彼女の身体を測らせてもらった。


 少なくない密接な接触にカイは少なからず幸せになった。

 そんな様子を見て(仕方ないわねえ)と思うチャム。


 続いてトゥリオの採寸もする。

「何で僕が男の寸法なんか…」


「ブツブツ言うなら要らねえよ!」


   ◇      ◇      ◇


 それから大きめの街までのんびりと進んで三陽三日間、カイは夜作業して昼間はパープルに突っ伏して眠る陽々ひびが続く。それなのにサーチ魔法で危険距離まで何かが近付けば飛び起きる彼を見ていると、それはそれで因果な魔法だとトゥリオは思う。


 明陽あすには街に到着といったところで昼食後にカイが宣言する。

「今から試着会と最終調整を行いたいと思います」

「…拍手するとこ?」

「いいんじゃね?」

「……」

 目から感情が失われる。

「うそうそ。待ってましたー、わーい」

「おお、やっとこのが来たか!」

「泣くよ…?」

 チャムに(まあまあ)と宥められながら、もそもそと装備品を取り出す。各人別れて着替えの時間になった。


「ちょっと、これ…」


 カイが準備したのはレザースーツだった。

 弾力と伸縮性の高い剣竜ソードリザードの皮を利用して身体にピッタリとしたスーツになっている。剣竜ソードリザードの体色は灰色だったのに、皮をなめしたらほぼ白くなったので、そのまま地の色を生かしている。


 トゥリオの分はそのまま鎧下みたいな作りで上に今まで着けていた胸甲ブレストプレートが着けられるようになっていて、付属で水撃亀ジェットトータスの背甲製の肩甲ショルダーガード


 カイのそれはレザースーツの胸部にミスリルプレートが貼り付けられていて、同じく肩甲ショルダーガードが付いている。


 そしてチャムの分は、肩甲ショルダーガードが付いているのは同じだが、それ以外はレザースーツのままだ。つまり身体の線がそのまま出ている。


「これはどういう事かしら?」

「将来性に極限まで配慮してみました」

 胸部の拡張性に言及する。

返答レスが早い時のあなたは嘘を吐いているのよね」

「あの…、防刃性能、耐魔法性能ともに十分なので軽さを追求…」

「本当は?」

 半目で問われる。

「…綺麗なものはずっと見ていたいと思いました」

「それを隠さず言うところがあなたを憎めないとこなのよ。注文を付けなかった私が悪かったわ」

「どんな要求をされても結果は同じだったよ?」

 最後の一言は余分だったのか、拳骨を落とされた。


 更に数点、カイはチャムに手渡した。

 これはあの特に伸縮性の高かった頬の皮を利用したショートパンツ。更にミスリル板製の膝甲ニーガードもある。


「これは良いじゃない。気に入ったわ」


 どうやら短いスカートは本人的には不満が残っていたようだ。

 見た目がスカートというのは、大胆な動きに躊躇いがあるらしい。下に見えても良いものを履いていてもだ。


「街中に滞在する時はスカートが良いです。お願いです」

「解った。解りましたから。もう、何でそんなところに拘るのかしら」


(なぜそこに拘らないんだろう。可愛いのに)

 カイは首を捻った。


   ◇      ◇      ◇


 リンポータの街はフリギアの中では中規模の街だ。

 それでも施設は充実し人の流れも多い。それはひとえに王都までの距離が影響しており、王都入りする前に一息つく街といった役割になっている所為だろう。


「今日はここでしっかり身体を休めるとして、まず冒険者ギルドね」

「貯まり過ぎだよな、討伐部位。『倉庫持ち』いないパーティなんてどうしてるんだか」

 トゥリオの元パーティー仲間では、マーウェイが『倉庫持ち』だった。

「基本的に地付きよね。狩りは帰りからいいとこ二泊じゃない?」

「それだけ行動範囲が制限されちゃうと辛いね。僕には解らないや」

「そりゃ、あなたには解らないでしょ。一陽いちにち何ルッツ走ってたのよ? 昔の話聞いてた時、耳を疑っちゃったわよ」

 彼のホルムトからの移動範囲は異常と言えた。

「最大で50ルッツ60kmくらいまでだよ?」

「それを往復じゃないの」

「うん」

「正気じゃねえな」


 そんな話をしている内に冒険者ギルドに到着。

 ずいぶんと繁盛していたので、空きテーブルで一休みしてカウンターに向かう。

「すみません、剣竜ソードリザードの討伐証明部位があるんでちょっとここでは」

「あ、そうですね。では裏で受け付けさせていただきます。ファタム、お願い」

「はーい、こちらにどうぞー」

 どうやら裏は別担当らしい。

「ファタムです、こんにちは。先に徽章をお預かりしていいですか?」

 それぞれに差し出した徽章を回収した後に続ける。

「ではそちらにどうぞ」


 完全に収納庫みたいな場所だが空きはそこそこある。

「ちょっと避けといてくださいね?」

「はい?」

 重々しい音とともに巨大剣竜ソードリザードの剣状尾部を落とす。半ルステン強6m強はある代物だ。

「な、なんですか、これ!」

「変異体だったみたいよ」

「生きた気がしなかったぜ」

「死にそうになったのは僕ですけど」

「……」

 無言できびすを返して駆け去ったファタム。

 遠く「しょちょー!しょちょー!」と聞こえる。処理能力オーバーだったようだ。


「こんなものが居たのかね?」

「見ての通りよ」

 尾部の大きさから全体の想像は容易い。

「よく生きて戻られたね」

「所長、そちらの方がリミットブレイカーなので」

「それは…、まあそうね」

 途中で後ろから突かれたので誤魔化した。

 確かに、変に説明していたら辻褄が合わなくなるだろう。

「こちらで引き取らせてもらっていいのかな? これは素材というより研究材料になりそうだ」

「どうぞどうぞ。こんなにおっきいもの扱いに困るから」

「普通のサイズの物だけ何本か持ち帰りますので、確認お願いします」

「承りました。精算に少々お時間下さいね」

「お手間様です」


 リンポータの街から王都までは二陽ふつか


 フリギア王国王都レンギアはもう目の前だ。

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