王都レンギア

 剣竜ソードリザードの討伐賞金、剣状尾部の買い取り代金、取り出した魔石の売却でしめて20000シーグ百六十万円になった。

 これが冒険者を生業とする者達が夢見る一獲千金の具体例と言っていい。剣竜ソードリザード変異体の討伐賞金が大きいとはいえ、上級冒険者でも上のほうならそんなに稀でもない数字なのだ。

 それが命の対価として適当と見るか安いと見るかは個人の主観の域を超えない。ただ、こういったあぶく銭を得て、それが自らの価値として矜持を満足させ更に精進するか、ほんの一往ひと月豪遊して暮らすかでその後の人の在りようは変わっていくだろう。


 勤勉ではないにしても前者に分類されるはずのカイだが、リンポータを発ったこのはパープルに突っ伏して使い物にならない状態だった。

 今までになく、明らかに眠たげでパープルからずり落ち兼ねない様子を見せる彼に不安を覚える。


「大丈夫? …じゃなさそうね。どうしたのよ?」

「そうだぜ。俺はあの後軽く飲みに行ったがお前は行かなかっただろうが。それとも隠れて痛飲でもしたのか?」

「違うー。これはあれ。魔力切れー」

 力無い声が返ってきた。

「魔力切れ!?」

「夕べ、とある実験をしたらすっからかんになっちゃった。ごめん、今日はサーチ魔法もほぼ役立たずだと思っていてー」

「何やってんだか。たまにはこういう事もあるか。仕方ないわね。寝てなさい」

「お願いー…」

 落ちたようだ。


 そんな状態でも王都へ向かう主幹街道ともなれば人の姿も多いし襲撃などの危険はなく一陽1日が過ぎる。その辺りも織り込み済みの行動なのだろうとチャムは思った。


 彼女の知る黒髪の青年は、軽率とは無縁の存在なのだ。


   ◇      ◇      ◇


 王都レンギアの街門は賑わってはいたが待たされるほどの混み合い方ではなかった。

 ひと晩眠って復活したカイとチャム、トゥリオは冒険者徽章で通行税を徴収される事なく街門をくぐる。冒険者から通行税を取っていたら彼らの商売はあがったりになる為の措置であるが、その代わりに街門内で問題を起こした時の懲罰金はひと際高い。そういう形で犯罪抑止するしかないのだ。


 レンギアは無論フリギア最大の都市であり、ホルムトと変わらない賑わいを見せている。しかし、相違点も幾つか有るのは確かだ。


「すごいなぁ。やっぱり獣人さん、多いね」

「働きに来てる奴らも多いからな。連中もフリギアの一員だぜ」


 それが一番大きな相違点かもしれない。トレバ皇国の皇都ロアジンの事はトゥリオも知らないが、ホルツレイン国内では露骨にではないが獣人に対する差別意識が拭えないでいる。その為、彼らも避ける傾向にある。

 更に最大の理由として、フリギアの北には獣人居留域という彼らの最大の居場所が有るのだ。そこから流入する獣人達は、フリギアでは普通に労働力になっている。


 カイが日本で知人に勧められて触れていたコンテンツでは、獣人と言えば「人間の身体に獣の耳と尻尾」というイメージだったのだが、この世界では違う。

 彼らは全身を毛皮で覆われ、共通して地肌が見えている部分は手の平と足裏、腹側の首下辺りから下腹部にかけての範囲だけだ。

 後は鼻周辺から目の少し上、顎辺りまでの顔面が、個人差で地肌が見えている場合もある。つまり二足歩行しているだけで、まるっきり頭は獣の様相を見せている者と、ちょっと人間に近いかなと思える者が混在しているのだ。


 獣人の特性として身体能力の高さ、高い膂力や強靭な肉体、敏捷性、極めて高い反射神経などが挙げられる。

 単純に肉体労働にも向いていると言えるが、一番の職業適性は荒事を主とするもの、兵士や冒険者となってしまう。それ故、やはり冒険者活動を行って収入を得ている者が主流だろう。

 ただ、彼らは総じて魔力容量が低い傾向にある。身体強化魔法を常駐させるのが限界で、ろくに魔法を扱えないのが多数派マジョリティになる。その為、パーティー編成では前衛アタッカーに配置されるのは拒めない。

 被弾率の高い位置に身を置き続ける彼らを尊敬するか軽侮するかは個々人の主観に頼る結果になる。



 街行く人々のバラエティー性の高さがカイの目を満足させているのは確かで、彼は実に楽しそうにしている。それでもやはり九割以上を占めているのは人族なのだが、ちょっとした隠し味で全体の味が変わるのも世の常だ。

 冒険者ギルドで滞在登録を済ませた彼らは、カイの「市場を見たい」という意見に従って移動中だ。どうせまた新たな食材発掘に励むのだろうが、それは二人にも悪い事ではないので否やは無い。


 街壁内の騎乗は基本的にタブーなので、広い大通りをセネル鳥せねるちょうの手綱を見た目だけ引いて進む。

 傍らを悠然と荷馬車が彼らを追い越していく。その内の一台、少し華美に見える一台の箱馬車がけたたましい掛け声と共に急停止した。


「エントゥリオ様!」

「げ! め、メイネじゃないか。…元気だったか?」

 馬車から駆け下りてきた少女がトゥリオに取り縋る。

「いつまでもお帰りになられずに、こんなところで何をなさっておられるのですか!?」

「いや、す、済まねえ。スタイナー伯爵にも不義理をして悪いとは思っているんだが」

 可愛らしい容姿に似合う可憐なドレスを纏ったその少女は彼を弾劾し続ける。

「御自分のお立場をお考え下さいませ。公爵家の一員ともあろうお方がまだ冒険者の真似事なんて…」

「それはちょっと待ってくれ! こんなところでする話でもないだろう?」

 確かに少し注意を引き始めている。

「解った。場所を変えて話そうじゃないか。連れも居る事だし、お前に付いていくから」


(逃げられねえか?)

 振り返ったトゥリオが二人に小声で告げる。


「逃げられないんじゃないの? 君の不義理が蒔いた種なんでしょ?」

 焦ったトゥリオが「わあ! 馬鹿野郎!」と慌ててカイを黙らせようとするがもう遅い。

「やっぱりお逃げになるおつもりだったんですね?」

「そ、そう怒るな、メイネ。…家に戻ったら何言われるか解んねえから嫌なんだよ」

「お父様に口利きしていただきます。とにかくいらしてください!」

 馬車に連行されるトゥリオに向けて、二人がにこやかに手を振っている。

「頑張ってねー。大変そうだけど骨も拾ってあげられそうにないわー」

「健闘を祈ってるよー」

「馬鹿野郎! お前らの所為なんだからお前らも来い!」


 二人も仕方なく騎乗して馬車に続く。大通りの先に待ち構えていたのは厳粛なる佇まいで周囲を圧倒する城門の姿だ。

 ピタリと閉じられた巨大な門扉が街の喧騒全てを拒むかのように威圧感を放っている。

 箱馬車に気付いた門衛達は開門の準備に入るが、馬車の後方を気にもしている。


「ご苦労様です。お願いしますね」

「了解致しました、メイネシア様。しかし、後ろの方々はどちら様で?」

 明らかに流れ者風の二人を城門内に招くのは拒否感があるようだ。

「デクトラント公爵家のエントゥリオ様のお連れの方です。お通しして差し上げて」

 その言葉に少しは安心したようだったが、胡散臭いものを見る目は消えない。

「お疲れ様です。こういう者なのですが通していただけますでしょうか?」

 カイに少し遅れてチャムも胸元からホルツレインの聖印を取り出す。

「あなた方は!! それ…」

「正式に外交上の立場で来た者ではありませんが、身分の保証くらいにはなるでしょう?」

 門衛はピンときていないようであったが、メイネシアの説明で畏まる。

「失礼致しました! どうぞお通り下さい」


 分断されるのは面白くないし、少し思い付きもあったカイはこうしてフリギア王城へ向かうのだった。

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