キハ村(1)

 キハ村は収穫期を迎えている。余程天候不順でない限り、に二回は結実するモノリコ。今輪ことしも二度目の収穫になる。

 北の高温多雨の地方では三度結実する所も有るらしいが、そんな場所でモノリコ栽培なんてやったらとても剪定や摘果の手が回らず、出荷出来るような実を作れないとマーウェイは思う。この収穫期もまだサボンが動けるから身内だけで済ませられるが、次の収穫期はギルドに依頼を出さないといけないだろう。


「あおーああぅ!」

 耳に飛び込んできた人語とは思えぬ奇声にマーウェイは反応する。

「おーい、サボン! フェリオが何か言ってるぞ」

「大丈夫よー! チョウチョが飛んでいるだけだから」

 赤ん坊籠にかろうじて収まっている幼子は昼寝から目覚めて、目の前をヒラヒラと飛んでいる蝶に手を伸ばしている。


 ところがその蝶は急に現れた巨大な嘴の中に消えてしまった。

「いや、なんでそこで食っちまうんだよ、ブラック」

「え?」

「よお、元気そうだな、サボン」

「トゥリオ!!」

「何だって!?」


 聞き慣れた懐かしい声に同時に振り向いた夫婦は、良く知った顔を見つけて歓喜の声を上げる。

 蹴倒すように脚立から降りた二人は、意中の巨漢を目指して駆け寄る。サボンはまっしぐらに抱き付き、マーウェイは夢じゃないのを確かめるようにその身体にペタペタと触れる。


「会えた。また会えた……。嬉しい……」

「言ったろ? お互いに生きてりゃまた会えるって」

 感涙にむせぶサボンの背中を摩りながら、マーウェイとがっちり握手する。

「でも……、でも、ホルツレインは遠いから」

「そうでもないだろ、フリギアは隣の国になったんだ」

「そうだな。嬉しいよ、トゥリオ」

「ああ、俺もな」


「あー、あうー」

「キュ……、キュウゥ」

 幼子にグイグイと嘴を引っ張られて困惑の声を漏らすブラック。

「あは、セネル鳥せねるちょう、懐かしい。おっきい子ね」

「こいつは特にな。お陰で助かっている。仲間を紹介するよ」

 サボンはトゥリオの背後に居る二人の存在にようやく気付く。

「ごめんなさい! あたし、トゥリオの昔のパーティー仲間でサボンって言います」

「私はチャムよ」

「フィノですぅ」

「俺は元魔法士のマーウェイだよく来てくれた。歓迎する」

 二人の姿を見て、マーウェイは何とも言えない顔をする。

「何だトゥリオ、両手に花か? まあ、解らないでもないが。お前、モテてたもんな」

「違うって。本当はもう一人居るんだが、ちょっと都合が付かなくってな」

「なんだ。そうか」

 そう言われても微妙な空気は漂ったままだ。正直、マーウェイはチャムの美貌に腰が引けている。

「獣人族の子も居るのね。最近はホルツレインでも多いの? こんな小さな村じゃ世情に疎くって」

「いや、ほとんど居ねえな。その辺はやっぱそう簡単には変わらん」

「仕方ないかぁ。良い子が多いのにね」

「ああ、フィノも珍しがられて時には見世物みたいになっているのに文句一つ言わん。よく我慢しているもんだ」

 それはカイやチャムが目を光らせているからであって、この美丈夫には細かい配慮は出来ていない。

「この子はあなた達の子?」

「そう。フェリオっていうんだ」

 ブラックを救出してやったチャムは、代わりに自分の手を掴み取られながら訊く。

「何となく名付けの理由に想像が付くわ」

「ああ、トゥリオから貰ったんだ」

「マジかよ。恥ずかしいから止めてくれよ」

 満更でも無さそうな顔をして言っても説得力は無い。

「良いだろ? 世話になった恩人から名前を貰うなんて普通な事だし」

「そりゃそうだがよ」


(悪いとこまで似なきゃ良いけどね)

 そんな事を思いながらも、雰囲気からして口にする訳にもいかずチャムは言葉を飲み込む。


「あなた達は虫でも食べてらっしゃい」

「キュイ!」

 許可を貰ったセネル鳥達は喜び勇んで樹間に飛び込んでいく。

「気にしなくても大丈夫だぜ。あいつら属性セネルだからよ」

「すごいな。そんな高級品、手に入れたのか?」

 駆けていくブルー達に心配げなマーウェイを宥めるように言うと、常識的な意見が返ってきた。

「いや、あいつら天然物だったらしい。俺も乗せてもらってるようなもんだからな」

「いや、そりゃもっとすごい話だぞ。俺も細かくは知らないが、天然の属性セネルが主人に選ぶって相当なものな筈だぞ。それこそ英雄伝説級の……」

「そうでしょうね。あの子達が本当に主人だと仰いでいるのはあの人だけだわ。ブルーなんか私の騎士気取りよ」

「ねえねえ、それってもう一人のパーティー仲間の事でしょ? どんな人?」


 可愛らしい女性だと思う。とても子供一人産んで育てているようには見えない若々しさだ。悪く言えば落ち着きが無いともいうが。マーウェイとしては、そういうのが好みなのだろう。妻の様子を目を細めて見ているのだから。


「それを説明するのは簡単ね。だってこの辺りじゃ魔闘拳士って言えばそれで通るもの」

「「ええ ── !!」」


 寄って集って説明を求められてしどろもどろになるトゥリオを、救援してやってざっくりと経緯を聞かせると、チャムの建設的な提案で収穫作業を続けながら話をする。


「ホルムトに戻ってきているとは噂に聞いていたが、まさかトゥリオと一緒だとは思わなかった。君達は戦争をしてきたんだな。相当な活躍をしたらしいと聞いているが」

「あいつは一人で戦争を始めて一人で大局を決めてしまいやがった」

「まさに英雄なんだろうな。俺達には想像もつかないような」

「そうでもないわ。普通の人よ」

 事も無げに告げる。

「あれを普通だって言えるのはチャムくらいのもんだろ? 最近はちっとはマシになってきたが、俺なんか本当に子供扱いだったぜ」

「あ……」

「それは……」

 良く知っている筈の元仲間が醸し出す何とも言えない雰囲気に、トゥリオは慄きを隠せない。

「まさか……、お前ら?」

「あー、まあな。頼りにはなるんだが、まあ、いつまでも少年みたいな奴だとは思っていたかな」

「うん……、何て言うかその、いたずら小僧がそのまま大きくなったような人だって思っていたけど」

「くっ!」


 トゥリオは衝撃の事実に地に伏すしかない。パーティーとしては変な打算も無く、仲良くやっていたほうだと思うし、申し分ない関係だったと思う。それなのに、まさかそんな目で見られていたとは思っていなかった。

 別れ際に、散々気に掛けているような台詞を聞かされたのは、本当の意味で心配もされていたのかと思うといたたまれない気分になってきた。

 チャムには高らかに笑われている。フィノは大丈夫と言わんばかりに背中に手を置いてくれているが、その情けは違う所に刺さってしまい余計に立ち直れない。


「俺の人生っていったい何だったんだ」

「世を儚んだような台詞を吐くんじゃないわよ。今更じゃない?」

「そうですよ。トゥリオさんは成長した筈です。その姿をお二人に見ていただいてください」

「フィノ、それは止めになるかもしれないわ」

 それはフィノも少なからず似たような感想を抱いていたという意味で、彼の心を抉ってしまう。トゥリオはもう五体投地の状態で大地に涙の跡を刻んでいた。


 旧知との喜ばしい再会が、こんなに過酷な展開を迎えるとは思ってもいなかったトゥリオだった。

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