キハ村(2)
その
空気の澄んだ暖かい夜だった。マーウェイ達は外の竈に金網を持ち出して三人を歓迎する準備をする。取って置きの食材で心ばかりの宴を開いてくれ、そこにフィノが持っている魔獣の肉を出して更に盛り上がる。
「こんな時に彼が居ると張り切っちゃうんでしょうけどね」
「え、魔闘拳士様は料理も得意なの?」
「とりわけ調理技術が優れている訳じゃないのよ。発想力と情熱がすごいからかしらね」
「会ってみたかったわぁ」
「あいつも何だかんだと忙しい身だからな。その内機会も有るだろ」
凱旋の余韻が冷めぬこの時期では、どこに行こうが騒ぎになってしまうだろうとカイが遠慮したのをチャムは知っている。一気に盛り上がったホルムト内なら民衆も落ち着きを取り戻しているので動き回れるが、地方はまだそうもいかないと思っているのだろう。
トゥリオはフィノに預けてある酒精を出してもらってマーウェイと乾杯する。チャムはご相伴に与かってちびちびと舐めているが、何くれとなく働くサボンを手伝う為にフィノは手を付けていない。
授乳を終えて赤ん坊籠に戻されたフェリオはしばらく「あうあう」と騒いでいたが、ブラックとイエローが籠の前後を咥えて持ち上げ、ゆらゆらと揺らすと「キャッキャ」と笑い声に代わり、次第にそれも治まって寝入ってしまった。
男達は昔語りに花を咲かす。出会った頃の話から、様々な場所での狩りの話、苦戦した依頼の話など話題は尽きない。巨大
「へえ、獣人居留地は今そんな事になっているのか。じゃあフリギアは変わってしまうな」
マーウェイは生まれも育ちもフリギアのサボンを気遣う素振りを見せる。
「それは変わるに決まっているわ。そうじゃなくたってトレバが無くなっちゃったんだし、国境も動いたんだから変わらないと変でしょ? でもそれは良い変化だって思いたいじゃない」
「サボンの言う通りよ。心配したって仕方ない事」
「そうか。君がそう思うならそれで良いんだが」
食卓に落ち着いた雰囲気が流れ始めたのとは逆に、遠くよりさざめくように騒ぎ声が聞こえてきた。追い掛けるように馬蹄の音が近付いてくる。
「すまん、マーウェイ、サボン!
「解った! すぐ行く!」
馬を飛ばしてきた村人が言うには、被害の出ていた果樹園を見回りしていた持ち主が
そこで村の戦力としては虎の子である元冒険者の二人に救援を願いに来た。
「あなたはダメよ。家で待ってなさい」
チャムが当然のようにサボンに言い放つ。
「でも!」
「ダメなものはダメ」
「そうです。身体を労わってください。赤ちゃんの為に」
二人はサボンが身重なのだと言う。
「何だって!?」
「解るのか。確かにその通りだ」
「何となくね。雰囲気で」
「匂いですぐに分かりますぅ」
気付いたチャムはこっそりフィノに確認を取っていた。
「これだけ頭数揃ってるんだから安心なさい」
「ごめんなさい、お客様にこんな事」
「気にしないで。そんな手間じゃないわ」
駆けだしてすぐにトゥリオが不平そうに言ってくる。
「水臭いな、マーウェイ。教えておいてくれよ」
「後で言うつもりだったんだ。驚かせようと思って」
「今は止めておきなさい。彼女が心配しないようさっさと終わらせるわよ」
「おう!」
「俺だ! 開けてくれ!」
包囲の輪の中からは唸り声が聞こえてくるが、マーウェイの声に、自警団員の顔に僅かな安堵の色が浮かぶ。
開けられた包囲陣の穴にはすぐさま大盾を取り出したトゥリオが入る。そこに飛び込もうと地面を前脚で掻いた
「誘導して!」
横を駆け抜け様にフィノに指示を出したチャムは、トゥリオの背を駆け上がり輪の中に舞い降りる。
華麗に着地した彼女は悠然と
「どうするんだ!?」
「まあ見てろ」
後ろではもう魔法を編む気配が漂ってきている。すぐに戦いは始まる筈だ。
「
赤熱の矢が
包囲を敷く皆が息を飲む。チャムは速度を変えず歩み進んでいる。激突すると皆が思った瞬間、銀閃が文様を描いて空を薙ぎ払った。いつの間に体をずらしたのか、チャムは横を通り抜けている。
駆け抜けたと見えた
チャムは通り抜け様に
手をこまねいていた自警団員はよく解らないままにその絶技に感嘆の声を上げ、見えてしまったマーウェイは開いた口が塞がらない。しばらく口をパクパクさせていたが、やっと声を絞り出す。
「……強過ぎる」
◇ ◇ ◇
朝食から丸パンに
昨夜の内に解体された
昨夜は興奮冷めやらぬマーウェイに捲し立てられて困り果てたサボンだったが、今は状況を知っていた。
「そうなんだ。チャムはブラックメダルだったんだ。強いのねえ」
「まあそれなりにはね」
謙遜ではない。身近に全く敵わない相手は居るし、狼頭の狩人には負けているし、
「魔闘拳士ってチャムより強いの?」
「強いわ。それは間違いなく」
「何だか想像も付かなくなってきちゃう。あたしの頭の中にはトゥリオよりも大きくて筋骨隆々のとんでもない巨漢が浮かんでいるんだけど」
チャムとフィノはプッと吹き出し、トゥリオも苦い顔をしている。
「何よ、そのリアクション!」
「だってかけ離れ過ぎていてね。本物はそんなに大きくないから。フィノと同じくらいで細身の人」
「はい、童顔で物腰も柔らかくって、とても拳士には見えませんですぅ」
サボンは一生懸命想像しているが上手くいかないらしい。
「余計に解んない」
「想像し辛いかもね」
チャムは外見では読み切れないその人の事を思い浮かべる。
「人に幻滅しているのに人が大好きで、人の世を深く理解しているのに大きな夢が捨てられなくて、辛い現実を知っているのに暖かい未来を掴もうと一生懸命で、苛烈なのに少年のように純粋で優しくて、驚くほど
サボンの頭の中は疑問符で一杯になる。
しかしそれはチャムの本心からの言葉なのだった。
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