メイゼ侯爵家再興

 女宰相シャリアは、メイゼ侯爵遺児ラシュアンのその後を聞くにつけ、どうしても理解出来なかったようで首を傾げる。


「なぜそうまで苦しんだ貴殿が陛下に近付く気になったのですか? 偶然とは思えない以上、復讐を意図していたように思えてなりません」

 歯に衣着せぬ物言いに、ラシュアンは苦笑する。

「復讐なんて考えていませんでしたよ。ただ、興味があったんです。父があれほどまでに全てを捧げていた相手はどんな方々なのだろう、と。機会があればひと言なりとも交わせれば良かった」


 その言葉に嘘偽りはないだろう。彼はずっと女王クエンタの傍近くに控えていたのだ。復讐を目論んでいたのなら機は幾らでもあったはず。


「だからその機会に恵まれた時、一も二も無く飛び付いた」


 ラシュアンは述懐する。


   ◇      ◇      ◇


 偽名を名乗るようになった冒険者カシューダは、商隊警護や従軍依頼を中心に受けるようになった。


 天涯孤独となった彼は人恋しかったのだろうと思う。

 それでもパーティーに加わるのははばかられた。過去は問わない暗黙のルールがあるとは言え、あまり距離が近ければいつ身元が露見してしまうかもしれない。

 単独ソロで行動しつつ、短期間でも多くの人々と共にある道を選んだのだ。


 そして国境線近くの戦場でギールと出会う。

 従軍冒険者として恵まれた体格と基本のしっかりとした剣技を備えた彼は、専門家の傭兵団長の目に留まったのだ。

 何時いつどこで果てるやもしれぬ傭兵稼業など、冒険者以上に互いを詮索などしない。ギールに入団打診を受けたカシューダは冒険者徽章を返上し、傭兵として活動するようになった。


 中隔地方を転戦し、時には東方まで足を延ばしたりするバルガシュ傭兵団には独特の雰囲気があった。

 生業は殺伐としている癖に、妙に気易い。家族のように近いと思うのに踏み込んで来ず、程よい距離感を保っている感じが心地良かった。

 誰かが起こす騒ぎに乗じて喚き立てていれば、何もかも忘れられそうに感じる。そんな暮らしが続いていた。


 そして、本拠地のようにしているメルクトゥー滞在時にある依頼が団に入る。

 王女クエンタから領地を巡察したいと申し出があったが、軍は国境防衛で出払い、近衛は国王や王太子の護衛で手いっぱいとなれば、外部に依頼するしかなかったのだそうだ。


 その巡察護衛に志願したカシューダは、長い巡察の間になら王女とひと言くらいなら交わす機会があるだろうと考えていた。普段は馬車の中から出ても来ないだろうが、各地を巡るなら必ず接触機会はある筈だ。

 ところが、それは苦も無く叶う。クエンタ自らが話し掛けてきたからだ。

 無論、特別などではない。大勢の中の一人としてだが、カシューダにとってはそれで十分。


「ご苦労様です。この度はわたくしの我儘にお付き合いくださり、ありがとうございます。不便があれば、何なりと申し出てくださいね?」

 戸惑いの中に決意を秘めたカシューダは、王女に問い掛ける。

「御不興を覚悟で申し上げますが、お守りする上で場合によっては殿下をぞんざいに扱ってしまうかもしれません。お許しいただけますか?」

「もちろんです。わたくしも命が惜しいので危急の際には貴方に従います」

 一瞬の躊躇もなく、クエンタは答えてきた。

「私からもお願いがあります。どうかわたくしの身だけでなく、ご自分の身も大事にしてください。皆で再びこの王都ザウバに戻らなければ意味がないのです」

「我らを使い捨てとはお考えにならないので? 高貴なるお方が?」

「とんでもございません。この地にある限り、あなた方も我が民なのです」

 カシューダは彼女の前に跪いた。

「身命を賭して殿下をお守りすると誓います」


 それに困った顔を返すクエンタを、彼は人生を賭けられる相手だと思った。


 巡察中に幾度も言葉を交わした王女から、私兵にと懇願される事になる。


   ◇      ◇      ◇


「父の心を改めて知る事となりました。懸想するまでになったのは若気の至りとお笑いください」


 聞き終えたシャリアは「なるほど」と呟く。巡察までは同行出来なかったが、当時からクエンタと懇意にしていた彼女は、その後の経緯は把握している。


 そもそもカシューダを疑わしく思い、身元を詳しく調べようと思ったのは、彼のあまりに強い忠義心からだ。単に美形の王女への恋慕では語れない強さを感じた。

 故に、宰相位に着いて人を動かせるようになってから、徹底的に追跡捜査を行わせたのである。

 そして知り得たのが、メイゼ侯爵の遺児であるという事実だった。


「こいつは拾った時からこっち側の人間だって思ってたぜ」

 割り込んできた声の主は、ラシュアンの背中をバンと叩く。

 赤ら顔をしているが、足元は確かなので酔っ払ってはいないのだろう。

「団長」

「お前さん、一緒に騒いでいるように見えて完全には馴染んでいなかったからな。どこか一歩引いてやがって、なのに楽しそうに眺めてる。馬鹿どもが騒いでいるのは面白かったか?」

「そんなんじゃ…」

 ギールの言葉を否定したいようだが、思い当たる節もあるようだ。

「分かってらぁ。俺らと違って、その場が楽しいだけじゃいられなかったんだよ、お前は。その血は何か信じるもんがなきゃ生きていられない奴の血だ。だから王女さんから声が掛かった時、蹴り出してやったんだ」

「御恩は生涯忘れません、団長」

「そんな1ガテ十円にもならねえもんは要らんから、仕事を寄越せ。偉くなるんならな」

 下品な茶々で誤魔化そうとするが、ギールが面倒見の良い人間である事に変わりはない。目礼には深い心がこもっているように見えた。


 彼はシャリアに向き直って真剣な目を向けてきた。

「私の決心は変わりません。爵位を継ぐ代わりに職を辞さねばならないのなら、お返ししたく存じます」

 あくまで親衛隊長でいるのが望みらしい。

「いえ、辞められては困るのです。貴殿には相応の役職に就いていただかないといけませんので」

「それはどういう…?」

「ですから」

 呑み込めない風のラシュアンに、彼女が描いた今後を説く。


 シャリアの構想では、今後多様化する女王の公務に対応する為に軍とは別個の護衛部隊を立ち上げる事になっている。それは王家の護衛を主たる任務とし、女王直下の部隊となる。つまり軍の指揮系統とは別に、クエンタの命令だけで動く戦力だ。

 女王の下に指揮官を置いて統制し、その役職を親衛長官とする。その下に複数の親衛隊長を置き、状況に応じて必要箇所に投入展開する部隊である。


「その初代長官は、新たなメイゼ侯爵にお願いするつもりです」

 シャリアの言葉に、現親衛隊長は顔を綻ばせる。

「ありがとうございます!」

「少々お気が早い。素案はありますが法整備には時間をいただきます」

「は!」

 彼は姿勢を正して応じる。

「その敬礼は陛下に。私は忙しいのです。貴殿の領地の返還手続きと、クラファナル侯爵領の大部分もメイゼ領にする手続きが必要です」

 元はメイゼ領だった領地も多いが、旧領よりは広くなるだろう。

「派遣する代官や領務官の選定は任せてもらいます。それから婚姻の話も進めなくてはなりません。進めても良いのですね?」

「え? あ、はい!」

 畳み掛けるように言われ、クエンタは勢いで返事をしてしまう。

 すぐに気付いて慌てた様子を見せるが、後の祭りだ。


「これで万事解決です」

 宰相は、肩の荷が下りたというようにひと息吐く。

「ただし!」

 彼女は未来の王婿おうせいを見据える。

「王子殿下をお二人以上授かるよう励んでいただかねば、メイゼ侯爵家はまた絶えてしまいますからね?」

 下世話な揶揄にラシュアンは息を飲み、クエンタは真っ赤になって叫ぶ。


「シャリア ────── !!」

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